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憧れの人
惑わさないで
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あの声で私の名を何度も呼んでくれた。子供の頃から幾度となく叱り、褒め、笑いかけてくれた。たった一人の理解者、私の家族。
「光、おいで」
ふるふると首を振る。
「泣いてるのね、一人にしてごめんね」
あなたはお母さんじゃない。
だから、呼ばないでほしい。
その大好きな声で私の名を呼んで、惑わさないでほしい。
「おいで、一緒に遊ぼう」
その声に吸い込まれるように意識が遠くなる。呼ばれるまま、ふらふらと足が扉に向かっていく。あそこに行けば、お母さんと会える。そして、あの明るい笑顔で私を癒してくれるんだ、そう信じて。
「待ちなさい!」
私の手を掴んで止めたのは九条さんと伊藤さんだった。必死に私の行く手を阻み、押さえつけてくれる。
「あれはあなたのお母様ではない、分かっているはずです!」
「光ちゃんしっかりして、君のお母さんは今光ちゃんを呼んだりしないよ!」
二人の声は聞こえている、でも脳まで届いてこない。体が自分のものではなくなったように、私は力無くそのまま歩こうとする。
「おかあ、さ」
「行ってはいけない!」
厳しい九条さんの声に重なり、影山さんが低い声で何かを唱え始めた。それが酷く耳障りだと思った。
二人の手を振り払いながら進もうとする私を、ついに伊藤さんが床に押し倒した。馬乗りにされ体の自由が奪われる。
「ごめんね、今だけ!」
自分の腹部に感じる重みが邪魔で仕方がなかった。未だ扉の向こうで母の声がする。
「光おいで」
「光ケーキ食べよう」
「光と話したい」
「おいで光、どうして来ないの?」
自分の生気が、どんどん奪われていくようだった。
自由にならない体を必死に動かして起きあがろうとする。それを伊藤さんは決して許さなかった。離れたところで聞こえる影山さんの声は一段と大きくなっている。
頭がぐちゃぐちゃでおかしくなりそうだった。自分の中にたくさんの人格がいるみたい。九条さんたちを認識している私、向こうに行きたい私、それを止めたい私。
一体、どれが本当の自分なのか。
混乱しつつ暴れる私の耳に、追い討ちをかけるような言葉が届いた。
「光、来てくれないの?」
幻滅するような響き。母のそんな冷たい言葉にハッとした。
瞬時に影山さんが叫ぶ。
「耳を貸してはならない!」
けれど、そんな大きな声よりも、囁くような母の冷たい声の方が、はっきりと脳に届いてくる。まるで直接脳に語りかけるかのように。
「来てくれないのね冷たい」
「私は一人で寂しい、あなたのせいで一人になった」
「こんなに呼んでるのに来てくれないなんて」
「あなたはいらない子」
「死ね」
「光、おいで」
ふるふると首を振る。
「泣いてるのね、一人にしてごめんね」
あなたはお母さんじゃない。
だから、呼ばないでほしい。
その大好きな声で私の名を呼んで、惑わさないでほしい。
「おいで、一緒に遊ぼう」
その声に吸い込まれるように意識が遠くなる。呼ばれるまま、ふらふらと足が扉に向かっていく。あそこに行けば、お母さんと会える。そして、あの明るい笑顔で私を癒してくれるんだ、そう信じて。
「待ちなさい!」
私の手を掴んで止めたのは九条さんと伊藤さんだった。必死に私の行く手を阻み、押さえつけてくれる。
「あれはあなたのお母様ではない、分かっているはずです!」
「光ちゃんしっかりして、君のお母さんは今光ちゃんを呼んだりしないよ!」
二人の声は聞こえている、でも脳まで届いてこない。体が自分のものではなくなったように、私は力無くそのまま歩こうとする。
「おかあ、さ」
「行ってはいけない!」
厳しい九条さんの声に重なり、影山さんが低い声で何かを唱え始めた。それが酷く耳障りだと思った。
二人の手を振り払いながら進もうとする私を、ついに伊藤さんが床に押し倒した。馬乗りにされ体の自由が奪われる。
「ごめんね、今だけ!」
自分の腹部に感じる重みが邪魔で仕方がなかった。未だ扉の向こうで母の声がする。
「光おいで」
「光ケーキ食べよう」
「光と話したい」
「おいで光、どうして来ないの?」
自分の生気が、どんどん奪われていくようだった。
自由にならない体を必死に動かして起きあがろうとする。それを伊藤さんは決して許さなかった。離れたところで聞こえる影山さんの声は一段と大きくなっている。
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瞬時に影山さんが叫ぶ。
「耳を貸してはならない!」
けれど、そんな大きな声よりも、囁くような母の冷たい声の方が、はっきりと脳に届いてくる。まるで直接脳に語りかけるかのように。
「来てくれないのね冷たい」
「私は一人で寂しい、あなたのせいで一人になった」
「こんなに呼んでるのに来てくれないなんて」
「あなたはいらない子」
「死ね」
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