視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

文字の大きさ
上 下
369 / 449
憧れの人

しおりを挟む
 言葉も出ない私の前に、伊藤さんと九条さんが庇うように立ちはだかった。影山さんは扉正面に一人で立ち、じっと睨みつけている。

 そのまま誰も言葉を発さず静寂が流れる。緊迫感が増し、自分の耳も研ぎ澄まされていく。

 廊下から、誰かの足音が聞こえてくる。

 ゆっくりとした歩調だった。一歩一歩噛み締めるようにこちらへ近づいてくる。その時点ですでにおかしいのだ、普段事務所の前に誰かが通っても、こんなに足音が聞こえることはない。

 影山さんが数珠を握りしめながら言った。

「鏡の準備はまだ途中です、今除霊は待ってほしい。追い払うだけ追い払いましょう」

 そう言った彼の顔は、額に汗をかき、手が若干震えていた。前回除霊しようとしたとき、彼の腕を包丁で傷つけてなんとか追い払った。その緊張感が蘇り、影山さんですら不安があるのかもしれない。

 九条さんは立ったまま拳を強く握った。伊藤さんは、持っていたお守りを無言で私のそばに置いてくれる。

 足音はどんどん近づいてきている。

 私は何ができるわけもない。ただ、負けないと目を閉じながら強く思った。相手が誰だか分かったんだ、今までよりこっちが有利になっているはず。大丈夫、大丈夫だから。手のひらだって、これじゃ首が絞められない。

 扉の前で、ピタリと足音が止まる。全員がごくりと固唾を飲む。一体相手がどう出てくるか。

 しばらくそのまま動かなかった。固まる私たちをよそに、向こう側から聞こえて来た声は、明るいものだった。

「ねえ? ここ、開けてくれない?」

 高い声色、聴き慣れた口調。それが誰のものかなんて、口に出さなくても分かっていた。

「せっかく来たのよ、なんでここ閉まってるの? いるんでしょ?」

 バクバクと心が震えてくる。あなたはここにいないはずだ、いないはずなの。

 麗香さんはまだ、入院中なんだから。

 震える体を止めたくて、布で巻かれた手先で腕をさする。こちらを騙しにきているんだ、知っている声を利用して、私を油断させようとしてる。

 返事はもちろん返さなかった。相手も黙り込み、また沈黙が流れる。

「お姉ちゃん?」

 やや幼い女性の声に変わる。またもや息を呑んだ。まるで、聡美がすぐそこにいるかのような……。

「お姉ちゃん、今までごめんね。今からちょっと遊ばない? 色々話したいな」

 不思議だ、と思う。

 相手は間違いなく麗香さんでも聡美でもない。それは明確な事実で、間違えようがない。それなのに、頭では分かっていても心が揺れる。なぜこんな簡単な揺さぶりで焦るのか。

 私が飢えているからか。人付き合いが上手くなくていつも不器用で悩んでいた。だから、心の隙間に入ろうとするのか。

 一人で表情を歪めて声を飲み込む。返事をしてはいけないことは、言われなくても分かっていた。

 このままいなくなってほしい、これ以上私を揺さぶらないで。



「光」



 はっとする。

 もうここずっと聞くことが出来なかった、温かな声だった。

「光、元気にしてる? ちゃんとご飯食べているの?」

 九条さんと伊藤さんが、ゆっくりと私を振り返った。私は瞬きもできず、ただドアをじっと見つめる。

「一人にしてごめんね、寂しい? おいで、ゆっくり話したい」

 柔らかな話し方、ちょっとお喋りな人。私にとっては唯一無二の、大事な人。

 二度とその声を聞くことはないと思っていた。だから、耳に入ってきた瞬間、それが本物ではないと分かっていても、自分の目から涙が出るのが止まらなくなった。

(お母さん……)

 懐かしき、母の声。

しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

【完結】『霧原村』~少女達の遊戯が幽の地に潜む怪異を招く~

潮ノ海月
ホラー
五月の中旬、昼休中に清水莉子と幸村葵が『こっくりさん』で遊び始めた。俺、月森和也、野風雄二、転校生の神代渉の三人が雑談していると、女子達のキャーという悲鳴が。その翌日から莉子は休み続け、学校中に『こっくりさん』の呪いや祟りの噂が広まる。そのことで和也、斉藤凪紗、雄二、葵、渉の五人が莉子の家を訪れると、彼女の母親は憔悴し、私室いた莉子は憑依された姿になっていた。莉子の家から葵を送り届け、暗い路地を歩く渉は不気味な怪異に遭遇する。それから恐怖の怪奇現象が頻発し、ついに女子達が犠牲に。そして怪異に翻弄されながらも、和也と渉の二人は一つの仮説を立て、思ってもみない結末へ導かれていく。【2025/3/11 完結】

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。