368 / 449
憧れの人
来る
しおりを挟む
私は一つ大きく息を吐く。伊藤さんを安心させるように明るく言った。
「大丈夫ですよ、今はそれどころじゃないですし。生きるか死ぬかの問題ですから、失恋ぐらいね。時が解決してくれるって分かってます」
伊藤さんは無言のままサンドイッチの封を開けていく。
「九条さんも少しは伊藤さんの気配りできるところ、見習ってほしいですね!」
「はは、まーあの人は天然だからねえ」
「ですよねえ。見てる分には面白いんですけど」
「それは言えるね。あんな面白い人見たことないよ僕」
「同感です。でもそれを言うなら、私伊藤さんみたいにスーパーコミュ力の人も見たことないですよ!」
「ええ、そうかなあ? 別に普通だと思うけど」
「スーパーです! しかも優しいし! 神ですから!」
私が力んで言うと、伊藤さんがふっとこちらをみる。
普段浮かべているエクボを無くして、低い声で言った。
「僕結構腹黒いよ。失恋で弱ってる子には、ここぞとばかりに攻めるしね」
いつもの彼とは違った表情な気がして、止まった。
「モテるだなんて光ちゃんは言うけど、好きな子にモテないと意味ないよね」
ほんの数秒、沈黙が流れる。たったそれだけなのに、やたら長く感じてしまった。
固まっている私を見て、伊藤さんはにっこり笑った。いつものように人懐っこい、犬みたいな顔。
「はい、どうぞ」
サンドイッチを差し出してくる。
脳みそが現実に追いついていない私は、素直に口を開けるしかなかった。パンの柔らかさとレタスのシャキッとした食感が伝わってくる。でも、味はちっともわからないのですが……。
「戻りました」
タイミングよく、九条さんが帰ってくる。伊藤さんは何事もなかったように話し出した。
「色々買ってきました、影山さんはまだ声かけない方が良さそうですよね。お先に選ばせてもらって食べちゃいましょう、九条さんポッキーの前に食事を取ってからですよ」
「……はい」
「光ちゃんプリンとゼリー買ってきた、どっちがいい?」
「あ、では、プリンで……」
「オッケー。サンドイッチ色々種類買ってきたから食べようねー」
いつもの伊藤さんだ。テキパキ手際よく仕切ってくれる。私と九条さんはされるがまま。
さっきのはなんか聞き間違いだったかな。それとも深い意味なく言ったのかも。うん、そうだそうだ、私のことを話していたわけじゃないだろう。
気を取り直して、サンドイッチを食べていく。もはや食べさせられるのには慣れてきた、こんな状況だからしょうがないだろうっていう開き直りだ。案外自分は適応力が高いのかもしれない。
穏やかに食事が続けられていく。無音のテレビは未だついたままだ。今は誰もみる人がおらず、事務所内に少し明かりを灯してくれているだけ。
いくらかサンドイッチを食べたところで、お腹が膨れてくる。ちょうどいい量かも、あとプリンかな。
そんなことを考えている時、突如静電気のような感覚が私の頬に当てられた。
ピリッと電流が走るような、小さな痛み。今まで感じたことのない不思議な感覚。
一瞬だけ顔を歪めるも、すぐに元に戻った。誰も触れていないのに、一体なんだったんだろう。
そう思い顔を上げてみると、九条さんが無言で事務所の入り口を見ていた。怪訝そうに眉を顰めて。
私もそれに釣られて扉をみる。なんの変哲もない、いつもどおりの扉だ。
すると突然、仮眠室にいた影山さんがそこから飛び出してきた。厳しい形相で、手には数珠を持っている。それを目にした途端、私たちは何も言われなくても立ち上がった。一気に緊迫感に満ちる。
……何、もしかして?
「大丈夫ですよ、今はそれどころじゃないですし。生きるか死ぬかの問題ですから、失恋ぐらいね。時が解決してくれるって分かってます」
伊藤さんは無言のままサンドイッチの封を開けていく。
「九条さんも少しは伊藤さんの気配りできるところ、見習ってほしいですね!」
「はは、まーあの人は天然だからねえ」
「ですよねえ。見てる分には面白いんですけど」
「それは言えるね。あんな面白い人見たことないよ僕」
「同感です。でもそれを言うなら、私伊藤さんみたいにスーパーコミュ力の人も見たことないですよ!」
「ええ、そうかなあ? 別に普通だと思うけど」
「スーパーです! しかも優しいし! 神ですから!」
私が力んで言うと、伊藤さんがふっとこちらをみる。
普段浮かべているエクボを無くして、低い声で言った。
「僕結構腹黒いよ。失恋で弱ってる子には、ここぞとばかりに攻めるしね」
いつもの彼とは違った表情な気がして、止まった。
「モテるだなんて光ちゃんは言うけど、好きな子にモテないと意味ないよね」
ほんの数秒、沈黙が流れる。たったそれだけなのに、やたら長く感じてしまった。
固まっている私を見て、伊藤さんはにっこり笑った。いつものように人懐っこい、犬みたいな顔。
「はい、どうぞ」
サンドイッチを差し出してくる。
脳みそが現実に追いついていない私は、素直に口を開けるしかなかった。パンの柔らかさとレタスのシャキッとした食感が伝わってくる。でも、味はちっともわからないのですが……。
「戻りました」
タイミングよく、九条さんが帰ってくる。伊藤さんは何事もなかったように話し出した。
「色々買ってきました、影山さんはまだ声かけない方が良さそうですよね。お先に選ばせてもらって食べちゃいましょう、九条さんポッキーの前に食事を取ってからですよ」
「……はい」
「光ちゃんプリンとゼリー買ってきた、どっちがいい?」
「あ、では、プリンで……」
「オッケー。サンドイッチ色々種類買ってきたから食べようねー」
いつもの伊藤さんだ。テキパキ手際よく仕切ってくれる。私と九条さんはされるがまま。
さっきのはなんか聞き間違いだったかな。それとも深い意味なく言ったのかも。うん、そうだそうだ、私のことを話していたわけじゃないだろう。
気を取り直して、サンドイッチを食べていく。もはや食べさせられるのには慣れてきた、こんな状況だからしょうがないだろうっていう開き直りだ。案外自分は適応力が高いのかもしれない。
穏やかに食事が続けられていく。無音のテレビは未だついたままだ。今は誰もみる人がおらず、事務所内に少し明かりを灯してくれているだけ。
いくらかサンドイッチを食べたところで、お腹が膨れてくる。ちょうどいい量かも、あとプリンかな。
そんなことを考えている時、突如静電気のような感覚が私の頬に当てられた。
ピリッと電流が走るような、小さな痛み。今まで感じたことのない不思議な感覚。
一瞬だけ顔を歪めるも、すぐに元に戻った。誰も触れていないのに、一体なんだったんだろう。
そう思い顔を上げてみると、九条さんが無言で事務所の入り口を見ていた。怪訝そうに眉を顰めて。
私もそれに釣られて扉をみる。なんの変哲もない、いつもどおりの扉だ。
すると突然、仮眠室にいた影山さんがそこから飛び出してきた。厳しい形相で、手には数珠を持っている。それを目にした途端、私たちは何も言われなくても立ち上がった。一気に緊迫感に満ちる。
……何、もしかして?
36
お気に入りに追加
546
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
【完結】『霧原村』~少女達の遊戯が幽の地に潜む怪異を招く~
潮ノ海月
ホラー
五月の中旬、昼休中に清水莉子と幸村葵が『こっくりさん』で遊び始めた。俺、月森和也、野風雄二、転校生の神代渉の三人が雑談していると、女子達のキャーという悲鳴が。その翌日から莉子は休み続け、学校中に『こっくりさん』の呪いや祟りの噂が広まる。そのことで和也、斉藤凪紗、雄二、葵、渉の五人が莉子の家を訪れると、彼女の母親は憔悴し、私室いた莉子は憑依された姿になっていた。莉子の家から葵を送り届け、暗い路地を歩く渉は不気味な怪異に遭遇する。それから恐怖の怪奇現象が頻発し、ついに女子達が犠牲に。そして怪異に翻弄されながらも、和也と渉の二人は一つの仮説を立て、思ってもみない結末へ導かれていく。【2025/3/11 完結】

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。