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憧れの人

優しい手

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 影山さんは首を傾げながら言う。

「この霊はあまりに強い。かなり前からいて長く彷徨っている霊なのか……相手がどんな存在かというだけでも知れたらいいのだが」

 それを聞いていた九条さんがハッとする。そして立ち上がり、近くに置いてあるノートパソコンを操作した。それを手に持ち、私に向ける。

「光さん。あなたの出番です」

「え?」

「今入られて見てきた踏切がどの踏切なのか、探し当ててもらいたい」

 彼が持っているパソコンには、踏切の写真がずらっと並んでいた。

 伊藤さんが私の髪を拭きながら言う。

「そうか! もしかしたら、なんか霊に関係ある場所かもしれないですよね!? いつも現れる時には踏切の音がするんだし……た、ただ、日本に踏切って何万か所あるのかって話ですけど」

 不憫そうに私をみる。首を振って答えた。

「いいえ、大丈夫です。頑張って探します」

 言い切った私に九条さんは少し微笑みかけ、画像を見ながら言った。

「私と伊藤さんも手伝って、条件に合いそうなものだけ見てもらいましょう。背景は都会ではないのですよね。それだけでもだいぶ減ると思います」

 聞いていた影山さんが唸った。

「さすがです。私は除霊はしますがこうやって相手を調べたことはあまりないので、あなた方の進め方は非常に勉強になります。私も手伝いましょう。鏡は手配済みですし、これからは少しでも黒島さんの近くにいます。入られた時出せれるように」

 その提案にホッとした。気を張っていても入られてしまった今、もはや入られた後どうするかの問題になってくる。影山さんがいてくれると心強い。

 伊藤さんと九条さんも安心したように表情を緩めた。

「では影山さんもよろしくお願いします。光さん、調べ物の前にまずはその髪や服をなんとかした方がいいのでは。真冬に髪が濡れているなんて」

「九条さんにだけは言われたくないんですけど」

「私は短いですから。あなたは長いので風邪ひきます」

「長さの問題なんだ……」

「体調でも崩せば大変です。隙を見せることになりますよ。着替えて髪を乾かしましょう、あなたドライヤー持っているでしょう」

 頷いた。調査で泊まり込みをするときのために、キャリーケースの中に入っている。伊藤さんが私の手を持って言った。

「流石に着替えは手伝えないから、急いで終えて帰ってきてね。また首もオイル塗っておくから。髪はこっちでやろう」

「はい、わかりました」

 私は言われた通り、手先の布を取ってもらった後はすぐさま着替えを済ませた。今更ぶるっと寒さが襲ってくる。随分派手に水責めされたようで、髪も水滴が落ちてくるほどだった。私、ここの事務所に来てから何回水浴びした?

 でも入浴がわりになったかも、なんてプラス思考なことを考えて、すぐに戻る。伊藤さんが床に撒かれた水を掃除してくれているところだった。私に気づくと、笑顔で迎えてくれる。

「おかえり、すぐに布を巻こう! はい、ドライヤーは預かるね」

「すみません……」

「座って。手を出して」

 素直にソファに腰掛ける。伊藤さんは早速両手を布で巻き始めた。仕方のないことだけど、指が使えないって本当に不便で苛立つものなのだ。

 まだしばらくこの生活か、とため息をついた時、九条さんが動いた。テーブルの上に置いてあるドライヤーを手に取ると、コンセントを入れて背後から私の髪を乾かし始めたのだ。

 彼の手が私の髪に触れた瞬間、予想外のことに驚きすぎて体が硬直した。心臓が口から飛び出したかと思った。

「あ、ええっと、九条さん?」

「熱かったら言ってください」

 いやそういうことでもなくて。自分の髪すら乾かさない人が、急にこんなことをして驚いてしまう。どうしよう、今日シャンプーできてないんですけど!!

 伊藤さんがちらりと私の背後に視線をやった。両手をしっかり巻いたあと、にこやかに立ち上がる。

「九条さん、僕がかわります」

 九条さんからドライヤーを取ろうと手を伸ばす。が、それをひらりと九条さんは交わした。そのまま熱風を私にかけながら、平然として言う。

「調べ物は伊藤さんの方が得意なので、踏切についてお願いできますか。ここは私が」

 伊藤さんは何か言いかけたけれど、そのままパソコンへ向かった。私は馬鹿みたいに背筋を伸ばして姿勢良く座っていることしかできない。今振り返る勇気は持ち合わせていなかった。

 壊れ物を扱うような、優しい手が意外だと思った。どこか戸惑っているのが伝わってくるような動き。多分、この人人の髪なんて乾かしたことがないんだ。

 私は何ができるわけもなく、ただ黙って任せていた。痛いほどに鳴る心には、気づかないふりをして。



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