視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

文字の大きさ
上 下
341 / 449
憧れの人

しおりを挟む
 上半身を垂らして私の顔を覗き込む男。薄汚い白い服を着ていた。背が高く細身で、恐らくそこそこ若い人なんだろうと思わせる。伸びて手入れが全くされていないだろうボサボサの黒髪。男はただ無言で、私の顔を覗き込んでいる。


 男に顔がなかった。


 まるでクレヨンで塗りつぶしたように、顔の部分だけが真っ黒だ。鼻の位置や口すら分からない。それでもなぜか、奴が嬉しそうに笑っていることが私には分かった。



「顔を見せろと言ってる!」

 影山さんの焦ったような声が聞こえる。それは怯えたり戸惑うことなく、ただ嬉しそうに私の顔を覗き込んでいる。

 すると突然、甲高い無機質な音が聞こえてきた。

 踏切だ。

 耳が痛くなるほどの音量だ。耳を塞いでしまいたいのを堪え、私はひたすらお守りを握りしめる。祈りながら、シワシワになりそうなほど力を入れた。

(顔を見せろ……顔を見せろ……影山さんに……)

 あれだけ怒鳴っているのだから、きっと影山さんにとって相手の顔をみることは重要なのだ。なぜ男の顔が真っ黒なのかは分からないが、その黒が剥がれて素顔を見せてほしい。

 と、自分の手の中に異変を感じた。

「…………え?」

 手を開いて赤いお守りをみる。無惨にも形が崩れているそれが、何かおかしい。

 右端の角だ。虫が蠢くようにウネウネと赤い布が動いている。

 赤が、黒に染まっていく。

 じわじわと赤い布が変貌していくのだ。これさえ持っていれば、と信じていた自分にその光景は絶望そのものだった。ついに、私の喉から悲鳴が上がる。それでも手放してはいけないだろうと僅かな理性が働き、私は手を震わせながらお守りを見つめた。

「光さん!」

 そう背後から声がして、九条さんが何かを差し出した。影山さんが九条さんに渡したもう一つのお守りだった。赤い布を見て一瞬落ち着きを取り戻したかと思ったが、そのお守りすら、すぐに黒く染まり出した。

 手元に残ったのは炭のような二つのお守り。

「馬鹿な!!」

 そう叫んだのは影山さんだ。こちらを振り向いて驚愕の顔をしている。私はどうしていいか分からず、呼吸すらうまくできている自信がなかった。

 あれはまだ私を覗き込んでいる。嘲笑いながら。

 踏切の音がうるさくて頭がおかしくなりそうだった。ついにお守りを手から落とし、両手が耳を塞ごうと動く。

 しかし自分の腕は自分ではなかった。動いた先は耳ではなく首だった。私は自分の首をしっかり握りしめ、驚くほどの力を込めた。

「やめなさい!」

「光ちゃん!」

 二人の声が聞こえて私の両腕をそれぞれ止めにかかる。男性二人に引っ張られているというのに、私の腕はびくともしなかった。自分の体が自分のものではない。

 皮膚に食い込む私の指の感触を感じた。一気に息苦しさを感じる。酸素が行き渡らなくなった脳が、それでも必死に回転していた。しかしこの状況を切り抜けるいい案が浮かばない。

 不思議と、苦しさが心地よさに変わっていた。自分で首を絞めるのが楽しいと思ったのだ。必死に腕を引く九条さんたちを鬱陶しいと感じるほど。息苦しい、でも楽しい。楽しくて、面白くて、最高だと思った。

 声が出せない自分の代わりに笑う人がいた。あの黒い顔の男だ。私の気持ちを代弁するかのように、男は高笑いを始めた。顔は見えないが、肩と頭を揺らし非常に楽しそうにしているのがわかる。鏡の中の男は止めようとしている九条さんたちを、馬鹿にしたように見下していた。

 もはや踏切の音と、男の笑い声しか聞こえなくなっていた。九条さんたちが何かを叫んでいるのに、音声を消した映画のように無音で動いているだけ。目の前もぼやけて、顔すらよく見えなくなってきてる。じんわりと目に涙が浮いてきた。

 ああ、意識が飛びそう。でも腕の力だけは緩まない。

 体がふわりと倒れた。手以外の体はもう力が入らないのだ。もう終わりかも、そう心の中で諦めが勝ってくる。
しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

視える僕らのルームシェア

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

みえる彼らと浄化係

橘しづき
ホラー
 井上遥は、勤めていた会社が倒産し、現在失職中。生まれつき幸運体質だったので、人生で初めて躓いている。  そんな遥の隣の部屋には男性が住んでいるようだが、ある日見かけた彼を、真っ黒なモヤが包んでいるのに気がついた。遥は幸運体質だけではなく、不思議なものを見る力もあったのだ。  驚き見て見ぬふりをしてしまった遥だが、後日、お隣さんが友人に抱えられ帰宅するのを発見し、ついに声をかけてしまう。 そこで「手を握って欲しい」とわけのわからないお願いをされて…?

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし

響ぴあの
ホラー
【1分読書】 意味が分かるとこわいおとぎ話。 意外な事実や知らなかった裏話。 浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。 どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
よくよく考えると ん? となるようなお話を書いてゆくつもりです 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。