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憧れの人

黒い

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 覗き込んでいると、突如スマホの画面が消えて真っ暗になる。九条さんに電話を掛けようといくらか触れるもまるで反応しない。電源ボタンを長押しする。

「何? なんで……! 九条さん!」

 焦ってそう声を漏らした時、ピシッと画面に新たにヒビが入ったのだ。つい動きを止めて注視する。

 何も触れていないのに、画面にゆっくり線が増えていく。

 それはまるでこのガラスの下で何かが蠢いているように。生き物のように。怯える私を嘲笑うかのように、割れていく。

 叫びながらスマホを床に捨てた。その途端、破裂したかのように画面が粉々になりガラス片が飛び散る。恐怖から息が乱れる。それでも麗香さんを置いてここから去れるわけもなく、私は動けずにいた。

 踏切の音がうるさい。鼓膜が破れそう。

 手で耳を塞ぐも何も意味はない。ああ、私の脳に直接音が届いているんだ、と思った。

「九条さん! 九条さん!」

 そう呼びながら出入り口のドアに目をやった。するとそこに、何かがいたのだ。


 黒い。


 真っ黒な塊だった。白いドアの目の前に、影のようにゆらゆら動いている黒い塊。それがゆっくりこちらに迫ってきていることを瞬時に理解した。

 来るな、来るな、来るな。

 叫びたいのに声が出ない。ゾクゾクとした寒気や恐ろしさでおかしくなりそうだった。目の前の黒い物体が、とんでもなくヤバい相手であることを本能的に感じ取ったからだ。

 このままではダメだ、このままでは……!

 その時、手元に可愛らしいガラスの香水瓶があることを思い出す。私は瞬時にそれを手に取り、いつだったか麗香さんがやったように思い切り投げつけた。迷いはなかった。

 ガラス製のそれは見事黒い塊に直撃する。高い音を立てて瓶が割れた。すると、まるで虫たちが散らばっていくように一瞬で見えなくなったのだ。同時にずっと聞こえていた踏切の音も消えてなくなる。

 残るのは静寂だけ。自分の情けない乱れた息。

「あ……あ、消えた……?」

 部屋の奥には、香水瓶が割れて散らばっていた。中に入っていた水が撒き散らかっている。ガラス片が太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。

 いなくなった……多分、今立ち去っただけだけど、麗香さんの塩水、私でも少しは効いたんだ……。

 安心感からガクッとその場に崩れ落ちる。息を整えるように深呼吸を繰り返した。

 さっきのはなんだったの。踏切の音と、表現し難いほどの恐ろしい黒い塊。相手が男なのか女なのか、いや人間なのかさえ私には分からなかった。影山さんが結界を張ってくれたという病室で、なぜこんなことが起きたのかもよく分からない。

 ただ、とんでもなく恐ろしい相手ということしか……

 そう呆然と考えている私の耳元で、低い低い声がした。



「こ こ だ よ」




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