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待ち合わせ
初めて付き合った人
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「う、うん」
信也の言葉を聞いた聡美は、何も言わずにすーっとどこかへいなくなった。突然二人になり気まずさが増す。九条さんがエンジンをかけたのか、車のランプが光った。
いざ正面から向かい合うと、信也は私から目を逸らすことなく言った。
「ほんと、色々ごめん。光が仕事を辞めた理由も知らず、無神経なことばかりしてた」
「それはもう謝ってもらったから、いいよ」
「俺たちやり直せないかな?」
突然の提案に全身を固まらせた。思っても見ないセリフが飛び出してきたけど、聞き間違いだろうか、今なんて言ったの?
信也の真剣な顔を見るに、聞き間違いじゃない。彼の視線は恥ずかしいぐらい真っ直ぐ私を見ていた。
「え……」
「今度は絶対、光を信じるから。悲しませない。だから、もう一回やり直せないかな。俺にチャンスを与えてほしい」
嘘偽りない信也の言葉は、自分の心を震えさせた。ドキドキという高鳴りは、懐かしさを覚える。彼が私がいなくなった後、もう一度話そうと探してくれていたことはさっき聞いた。もしかして、一年前にもこう言ってくれるつもりだったんだろうか。
ぶわっと今までの思い出が蘇る。
最後が悲しかったから、思いだすことがなくなっていた。でも、彼と過ごした二年は確かに宝物だった。
初めて私に好きだと言ってくれた人。
人付き合いが苦手な私を、みんなの輪に入れてくれた。お腹が痛くなるほど面白い話で笑った。
初めてのデート、初めての旅行。手を繋いで歩いた街並み、祝いあったイベント。あの時はきっとこれから先も、隣にいるのは信也だけなんだと思っていた。
私は本当に、全力で彼のことが好きだった。
「ありがとう……気持ちは嬉しいよ」
「じゃあ」
「でも、私にとってはもう過去のこと。過去のことなんだよ。他に好きな人がいる。気持ちは戻らない」
人間は進むものだ。どんな状況でも、少しずつ成長し変わっていく。
私の心はこの一年で彼から離れてしまった。
信也との別れは辛くて辛くて、でもそんな時支えてくれたのは新しい恋だった。報われそうにない無謀なものだけど、大事にしたいと思っている。
信也は驚かなかった。私をじっと見つめている。
その表情があの頃と変わってなくて、懐かしくて。ついぽろりと涙が溢れた。胸が苦しくてたまらない、不思議な痛み。
過去に愛した人と決別するというのは、なぜこんなにも辛いのか。
「でも私、信也が本当に好きだったよ。二年、楽しかった。素敵な思い出をたくさんありがとう」
私の言葉に、信也は俯いて目を閉じた。私と彼しか知らない時間、それを噛み締めているようにみえた。
「……うん、分かった。俺こそありがとう、そしてごめん。光には幸せになってほしい」
「信也こそ。いつかまた会うことがあったら、笑って話せるといいね」
それだけ言うと、私は彼に背を向けた。助手席に走り、車に乗り込む。待っていた九条さんは、泣いている私をちらりとだけ見たけど、特に何も言わなかった。
シートベルトを締めながらミラーを見ると、信也と聡美が並んでこちらを見ていた。二人が同時に頭を下げる。
「いいですか」
「はい、出してください」
返事を聞いて、九条さんは車を出発させた。私たちの姿が見えなくなるまで、信也たちは頭を下げていた。
信也の言葉を聞いた聡美は、何も言わずにすーっとどこかへいなくなった。突然二人になり気まずさが増す。九条さんがエンジンをかけたのか、車のランプが光った。
いざ正面から向かい合うと、信也は私から目を逸らすことなく言った。
「ほんと、色々ごめん。光が仕事を辞めた理由も知らず、無神経なことばかりしてた」
「それはもう謝ってもらったから、いいよ」
「俺たちやり直せないかな?」
突然の提案に全身を固まらせた。思っても見ないセリフが飛び出してきたけど、聞き間違いだろうか、今なんて言ったの?
信也の真剣な顔を見るに、聞き間違いじゃない。彼の視線は恥ずかしいぐらい真っ直ぐ私を見ていた。
「え……」
「今度は絶対、光を信じるから。悲しませない。だから、もう一回やり直せないかな。俺にチャンスを与えてほしい」
嘘偽りない信也の言葉は、自分の心を震えさせた。ドキドキという高鳴りは、懐かしさを覚える。彼が私がいなくなった後、もう一度話そうと探してくれていたことはさっき聞いた。もしかして、一年前にもこう言ってくれるつもりだったんだろうか。
ぶわっと今までの思い出が蘇る。
最後が悲しかったから、思いだすことがなくなっていた。でも、彼と過ごした二年は確かに宝物だった。
初めて私に好きだと言ってくれた人。
人付き合いが苦手な私を、みんなの輪に入れてくれた。お腹が痛くなるほど面白い話で笑った。
初めてのデート、初めての旅行。手を繋いで歩いた街並み、祝いあったイベント。あの時はきっとこれから先も、隣にいるのは信也だけなんだと思っていた。
私は本当に、全力で彼のことが好きだった。
「ありがとう……気持ちは嬉しいよ」
「じゃあ」
「でも、私にとってはもう過去のこと。過去のことなんだよ。他に好きな人がいる。気持ちは戻らない」
人間は進むものだ。どんな状況でも、少しずつ成長し変わっていく。
私の心はこの一年で彼から離れてしまった。
信也との別れは辛くて辛くて、でもそんな時支えてくれたのは新しい恋だった。報われそうにない無謀なものだけど、大事にしたいと思っている。
信也は驚かなかった。私をじっと見つめている。
その表情があの頃と変わってなくて、懐かしくて。ついぽろりと涙が溢れた。胸が苦しくてたまらない、不思議な痛み。
過去に愛した人と決別するというのは、なぜこんなにも辛いのか。
「でも私、信也が本当に好きだったよ。二年、楽しかった。素敵な思い出をたくさんありがとう」
私の言葉に、信也は俯いて目を閉じた。私と彼しか知らない時間、それを噛み締めているようにみえた。
「……うん、分かった。俺こそありがとう、そしてごめん。光には幸せになってほしい」
「信也こそ。いつかまた会うことがあったら、笑って話せるといいね」
それだけ言うと、私は彼に背を向けた。助手席に走り、車に乗り込む。待っていた九条さんは、泣いている私をちらりとだけ見たけど、特に何も言わなかった。
シートベルトを締めながらミラーを見ると、信也と聡美が並んでこちらを見ていた。二人が同時に頭を下げる。
「いいですか」
「はい、出してください」
返事を聞いて、九条さんは車を出発させた。私たちの姿が見えなくなるまで、信也たちは頭を下げていた。
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