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待ち合わせ
普通ではないこと
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でも、もし。もし、視えなければ……。
そんな思いがぐるぐると頭を回る。そうすれば普通の家庭に育ち、普通の結婚をしていたんだろうか。こんなに苦しむことなく、私は普通の子として生きてこれたんだろうか。恋愛も、友達付き合いも、全部。
「視えると言うことは確かに『普通』ではない」
私の心の声が聞こえたかのように、突然九条さんが言った。その声の方を見る。彼は凛とした表情で、俯いている聡美と信也を見ている。
「ですが何が『普通』で何が『普通ではない』のですか。誰にだって人には言えない自分だけの何かを持っている。
大事なのは相手の何を受け入れられるかです。歩み寄れないこともあるでしょう。それでも、相手を否定することだけはしてはならない」
力強く言うその横顔を見て、暗く沈んだ気持ちがすうっと上がった。
視えなければ、と思った。でもそうしたら、
私は九条さんや伊藤さんと出会えていないのだ。
今まで生きてきて、母と同じように私を受け入れてくれた大切な人たち。挫折も味わったけれど、それがあって今がある。
「……確かに、あの時は死んじゃいたい、って思った。でも、あれがなくちゃ今の私はいない」
聡美が顔を上げた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったその顔は、幼い彼女を思い出させた。まだ仲良く遊んでいたあの思い出たちだ。
私は二人を見て微笑む。
「視えなければなんて、何度考えたか分からない。でもこの仕事をして、私にしかできない手助けがあるんだって分かった。飛鳥ちゃんや、明穂さんみたいな人たちが笑って眠れる手助けができている。
だから私は今、この力があってよかったと思ってる。多分、一年前よりずっと強くなれたよ、こんな自分が結構好き。
今、私は幸せだよ。二人の気持ちが聞けてよかった。私も傷つけてごめん」
そういうと、聡美と信也は再び何度も謝罪した。二人の小さな声だけが、何度も繰り返される。
「二人とも、言ってくれてありがとう。私はもう、恨んでないよ。そんなに謝らないで」
どこかで何かが違ったら、すれ違わなくて済んだかもしれない。それはやっぱり悔しいけど、今更どうこう言ってもしょうがない。
今、生きている喜びを感じよう。
隣を見てみると、九条さんが少しだけ口角を上げて私を見ていた。
全員で機材を車に運んでいた。
外はもうすっかり暗い。満月が顔を出して私たちを見下ろしていた。寒さに震えながら歩く。
重いモニターなどは男たちが、私と聡美はコード類や荷物などを持っていた。
なんとなく聡美と並びながらゆっくり歩く。目を真っ赤にさせながら無言で進む聡美に、声をかけることもなく沈黙を流していた。
それを破ったのは、聡美の方だった。
「あの、お姉ちゃん。もし、もしよかったらなんだけど。今度……お母さんのお墓参り、一緒に行かない?」
ポツンと、おそるおそる言われた。隣を見ると、眉を垂らして私を見ている彼女がいた。泣いたせいで化粧は禿げ、目の下も黒くなっている。
ふっと微笑む。
「うん、行こう」
「それで、帰りに、ついでにご飯でも……」
「うん、行こう!」
私が返事をすると、聡美はほっとしたように笑った。そして気まずそうに言う。
「もう嘘はつかないから。絶対」
「うん、ちゃんと話そうね」
そう言った時、あっと思いだす。私は慌てて聡美に告げた。
「そうだ! そういえば、私も一個嘘ついてた」
「え?」
「九条さん、付き合ってなんかないから。私の立場を考えて、九条さんが気を遣ってそういう設定にしてくれてただけ」
「そうなの?」
いけない、その設定を解くのを忘れそうだった。聡美はふうんと頷いた後、考えるようにして言う。
「じゃあ私九条さん狙おうかなー」
「えっ!!!」
つい大きな声で反応すると、聡美はすぐに声を上げて笑った。悪戯っぽく笑って見せる。
「ウソウソ。私には手に負えません、お姉ちゃんのがお似合いだよー」
「ちょ、ちょ」
「私伊藤さんの方がタイプなんだけどなあ。全然脈ないことはよくわかった。まあ、私がお姉ちゃんにした仕打ち知ってたらそりゃそうだよね」
伊藤さんにやたら懐いてると思っていたが、どうやら本当にタイプだったらしい。まあ、彼は確かにモテるタイプであることは間違いない。でも伊藤さん塩対応だったしなあ。
聡美はふふっと笑って言う。
「あんなイケメンに囲まれて仕事できるのが羨ましいっていうのは変わらない本音だよー」
「ま、まあ、いい人たちだよ」
「よく分かったよ。二人ともお姉ちゃんの味方っていうことがね」
歩きながら、見慣れた車に近づいていく。九条さんと信也がモニターを乗せているところだった。私と聡美は持っている荷物を押し込む。手が空いたところで、聡美が言った。
「あ、お姉ちゃん連絡先!」
「そうだった」
私は慌ててカバンからスマホを取り出す。そんな私をよそに、九条さんは『では先に乗ってます』なんて言ってすぐに運転席に乗り込む。
急いで聡美と連絡先を交換し、お互い確認した。数少ない私の連絡先、まさか聡美が入る日がくるなんて、想像していなかった。
「よし、じゃあ今度送るからね!」
そう言い終えた時、そばに立っていた信也が私に声をかけた。
「光」
振り返る。信也が真っ直ぐ私を見て立っていた。
「ちょっといいか?」
そんな思いがぐるぐると頭を回る。そうすれば普通の家庭に育ち、普通の結婚をしていたんだろうか。こんなに苦しむことなく、私は普通の子として生きてこれたんだろうか。恋愛も、友達付き合いも、全部。
「視えると言うことは確かに『普通』ではない」
私の心の声が聞こえたかのように、突然九条さんが言った。その声の方を見る。彼は凛とした表情で、俯いている聡美と信也を見ている。
「ですが何が『普通』で何が『普通ではない』のですか。誰にだって人には言えない自分だけの何かを持っている。
大事なのは相手の何を受け入れられるかです。歩み寄れないこともあるでしょう。それでも、相手を否定することだけはしてはならない」
力強く言うその横顔を見て、暗く沈んだ気持ちがすうっと上がった。
視えなければ、と思った。でもそうしたら、
私は九条さんや伊藤さんと出会えていないのだ。
今まで生きてきて、母と同じように私を受け入れてくれた大切な人たち。挫折も味わったけれど、それがあって今がある。
「……確かに、あの時は死んじゃいたい、って思った。でも、あれがなくちゃ今の私はいない」
聡美が顔を上げた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったその顔は、幼い彼女を思い出させた。まだ仲良く遊んでいたあの思い出たちだ。
私は二人を見て微笑む。
「視えなければなんて、何度考えたか分からない。でもこの仕事をして、私にしかできない手助けがあるんだって分かった。飛鳥ちゃんや、明穂さんみたいな人たちが笑って眠れる手助けができている。
だから私は今、この力があってよかったと思ってる。多分、一年前よりずっと強くなれたよ、こんな自分が結構好き。
今、私は幸せだよ。二人の気持ちが聞けてよかった。私も傷つけてごめん」
そういうと、聡美と信也は再び何度も謝罪した。二人の小さな声だけが、何度も繰り返される。
「二人とも、言ってくれてありがとう。私はもう、恨んでないよ。そんなに謝らないで」
どこかで何かが違ったら、すれ違わなくて済んだかもしれない。それはやっぱり悔しいけど、今更どうこう言ってもしょうがない。
今、生きている喜びを感じよう。
隣を見てみると、九条さんが少しだけ口角を上げて私を見ていた。
全員で機材を車に運んでいた。
外はもうすっかり暗い。満月が顔を出して私たちを見下ろしていた。寒さに震えながら歩く。
重いモニターなどは男たちが、私と聡美はコード類や荷物などを持っていた。
なんとなく聡美と並びながらゆっくり歩く。目を真っ赤にさせながら無言で進む聡美に、声をかけることもなく沈黙を流していた。
それを破ったのは、聡美の方だった。
「あの、お姉ちゃん。もし、もしよかったらなんだけど。今度……お母さんのお墓参り、一緒に行かない?」
ポツンと、おそるおそる言われた。隣を見ると、眉を垂らして私を見ている彼女がいた。泣いたせいで化粧は禿げ、目の下も黒くなっている。
ふっと微笑む。
「うん、行こう」
「それで、帰りに、ついでにご飯でも……」
「うん、行こう!」
私が返事をすると、聡美はほっとしたように笑った。そして気まずそうに言う。
「もう嘘はつかないから。絶対」
「うん、ちゃんと話そうね」
そう言った時、あっと思いだす。私は慌てて聡美に告げた。
「そうだ! そういえば、私も一個嘘ついてた」
「え?」
「九条さん、付き合ってなんかないから。私の立場を考えて、九条さんが気を遣ってそういう設定にしてくれてただけ」
「そうなの?」
いけない、その設定を解くのを忘れそうだった。聡美はふうんと頷いた後、考えるようにして言う。
「じゃあ私九条さん狙おうかなー」
「えっ!!!」
つい大きな声で反応すると、聡美はすぐに声を上げて笑った。悪戯っぽく笑って見せる。
「ウソウソ。私には手に負えません、お姉ちゃんのがお似合いだよー」
「ちょ、ちょ」
「私伊藤さんの方がタイプなんだけどなあ。全然脈ないことはよくわかった。まあ、私がお姉ちゃんにした仕打ち知ってたらそりゃそうだよね」
伊藤さんにやたら懐いてると思っていたが、どうやら本当にタイプだったらしい。まあ、彼は確かにモテるタイプであることは間違いない。でも伊藤さん塩対応だったしなあ。
聡美はふふっと笑って言う。
「あんなイケメンに囲まれて仕事できるのが羨ましいっていうのは変わらない本音だよー」
「ま、まあ、いい人たちだよ」
「よく分かったよ。二人ともお姉ちゃんの味方っていうことがね」
歩きながら、見慣れた車に近づいていく。九条さんと信也がモニターを乗せているところだった。私と聡美は持っている荷物を押し込む。手が空いたところで、聡美が言った。
「あ、お姉ちゃん連絡先!」
「そうだった」
私は慌ててカバンからスマホを取り出す。そんな私をよそに、九条さんは『では先に乗ってます』なんて言ってすぐに運転席に乗り込む。
急いで聡美と連絡先を交換し、お互い確認した。数少ない私の連絡先、まさか聡美が入る日がくるなんて、想像していなかった。
「よし、じゃあ今度送るからね!」
そう言い終えた時、そばに立っていた信也が私に声をかけた。
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