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待ち合わせ

知らなかった苦しみ

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 聡美はついにその目からぽたんと一粒、涙をこぼした。

「幽霊が視えるなんて言うお姉ちゃんは、頭がおかしいんだってお父さんから言われて育った。それを信じたお母さんも頭がおかしいんだって」

 心臓がひやっと冷える。幼い頃に言われた言葉が蘇った。

 父は言った。嘘をつくな、と。頭がおかしい母娘と私たちを呼んだ。

 母の葬儀にも、悲しげな表情を一つも見せない人だった。

「だから、そうだと信じて疑わなかった。今回だって、詐欺っぽい仕事してるみたいだから、依頼してその正体を暴いてやろうって思ってたの。そしたら、まさかこんなことになるなんて……」

「……そうだったの……」

「私、小さな頃からお姉ちゃんが羨ましかった」

「え?」

 涙をポタポタこぼしながらそういった言葉は、聞き間違いかと思った。頭おかしい扱いされている私のどこを羨んだのだろう。聡美こそ、華やかで誰とでも仲良くなれる、私の憧れだったのに。

「小さな頃から、お父さんもお母さんもお姉ちゃんのことばかり気にかけてた。仕事休んで二人でお姉ちゃんを病院に連れて行って。私はその間どっかに預けられて留守番だった。家に帰っても、いつもお姉ちゃんの話してた」

 そうだ、と思いだす。変なものが見えると言った私は、初めは病院へ連れて行かれたのだ。

 眼科に脳神経、はたまたメンタルクリニックなど、遠方の大きな病院にまで連れて行かれた。結局異常は見つけられなかったのだが。

 思えばその時聡美はいつも、父方の祖母に預けられていた。

「よく喧嘩するようになって、ついに離婚ってことになって。小さいからよく分かってなかったけど、成長するにつれてお姉ちゃんが原因だってわかるようになった。
 ううん、それより何より……私も、お母さんと暮らしたかった」

 初めてきく妹の本心に、私は言葉が出せなかった。

 私のせいで両親は離婚した、それはきっと聡美に恨まれているだろうなとは思っていた。

 でも、子供の頃から寂しさと闘い、そして母と離れ離れにされたことが、彼女をそんなに苦しめているなんて全く想像していなかったのだ。

「お父さんのことは嫌いじゃないけど……やっぱりお母さんは優しくて、離れたくなったから。でも私は行っちゃダメだってお父さんに言われた。お姉ちゃんだけお母さんと暮らせてずるい、ってずっと思ってた」

「ごめん……」

「だから、いつもお姉ちゃんを敵視してたの。態度に出てることも自覚してた。でも、幽霊なんていないって信じてたから……嘘だって思ってたから……」

 愕然となったまま、私は声を出せなかった。

 信也の家庭を壊したように、詐欺まがいのことをしている人たちは大勢いる。一般人から見れば、詐欺なのか本物なのかの見分けはつかなくて当然。

 私のことをそう疑っていた彼女たちを、責めることなんてできない。

 それよりも、私という存在がここまで妹を苦しめていたんだということが……何よりもショックだった。

 何も答えられない私の隣で、はっきりした口調で言葉を出したのは九条さんだ。普段より重みのある声だった。

「あなたの気持ちも分からなくはない。視えない者には視えない苦しみもあるのでしょう。
 ですが、だからと言って相手を傷つけていい理由にはならない。あなたが軽い気持ちで送ったメールで、光さんは死ぬところだったんですよ」

 聡美がハッとした顔になる。二人は丸い目で私をみた。

 乾いた笑みを浮かべて、私は真実を言った。

「携帯も解約して家も越したのは……もう死のうと思ってたからなの。飛び降りる寸前で止めてくれたのが、九条さんだよ」

「そん、な……」

 聡美はワナワナと震える。なお大粒の涙を流して、床に突っ伏した。

「知らなかったの……お姉ちゃんが仕事を辞めたこととかいじめに遭ってたこと……軽い気持ちだったの……ごめんなさい、お姉ちゃんごめんなさい……」

 嗚咽を漏らしながら泣く妹をじっとみながら、私はぼんやり考えた。

 一人辛いんだと思ってた。全て捨てたいと思っていた。

 とても浅はかな考えだと痛感する。

 聡美なりに、信也なりに気持ちと事情があった。それぞれが考え、恨み、すれ違った。家族だったのに、婚約者だったのに私たちは分かり合えなかった。

 ああ、あの日、死ななくてよかった。

 死んでいたら、聡美たちの本当の気持ちも知らずにいたから。一年経ってようやく、私たちは分かり合えた。


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