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待ち合わせ
明かされる秘密
しおりを挟むしばし呆然となり沈黙が流れる。いつのまにか悲しみの気は消え、ただの階段になっていた。
夢のような時間だった。でも足元に散らばった緑色の破片が、現実に起こったのだと知らせてくれる。
「うう……ん、いたた」
場違いな声が上がった。伊藤さんだ。ずっと動かなかった彼は動き出し、耳からイヤホンを外したかと思うと、頭を抱えた。
「いたた、頭痛が酷い。途中から寝てたのか気を失ってたのか……」
「伊藤さん、大丈夫ですか?」
「うんだいじょ……うわ、なにこれ。危な! なんで非常灯が落っこちてるの?」
驚いている彼の言葉を聞いて思い出した。私は立ち上がって九条さんに駆け寄る。
「九条さん、血!」
「ああ、忘れていました」
「寝癖じゃないんだから忘れないでくださいよ!」
「小さな傷だと思いますよ、大丈夫です」
やや乾きだした出血が痛々しい。私を庇って怪我を負ってしまった。病院へ行った方がいいのではないのか。
何がなんだか分からない、というように伊藤さんが声をだした。
「え、どうしたんですか九条さん! 浄霊失敗したんですか? 一体何が」
そこに、聡美の声がした。
「連れてってくれたんだね」
そちらを見ると、真剣な表情をしている聡美と信也がいた。二人は飛鳥ちゃんたちが消えていった扉をじっと見ながら、呟く。
「最後、一瞬だけ手を繋いでる姿が見えた」
「俺も……小さい子供と女の人が見えた」
二人の言葉に驚いた。今まで無縁だったというのに、まさか見えたなんて。けれど九条さんはあまり驚くそぶりは見せず言う。
「お二人とも、鈍感な方ではありますが恐らく伊藤さんよりは力あると思いますよ。元々原さんは部屋が揺れる体験をしていたんですし、聡美さんは入られたんですからね」
「え、僕だけ本当にみえないんですか? ほんとのほんとに零感??」
困ったようにいう伊藤さんに少しだけ笑った。揺れる体験すら出来なかった伊藤さん、やっぱり霊を見るには無縁なお人らしい。
呆然としていた信也が立ち上がる。
「とりあえず……一度部屋に戻りましょう。怪我の手当ても」
その提案に私たちは頷いた。キョトンとしている伊藤さんにことのあらましを説明しながら、私たちはその場からようやく撤収した。
伊藤さんは話を聞きながらまたしても目を真っ赤にさせて泣きそうになっていて、霊は見えなくても寄せ付けてしまう理由はわかるんだなあ、と思った。
伊藤さんはひどい頭痛が悪化してきたため、一足先にタクシーで帰宅した。そういえば、囮になると場合によっては体調を崩すと以前言っていたのだ。今回はだいぶ無理させてしまったらしい。
九条さんは頭部に傷を作っていたけれど、あまり深くはなさそうだったので、簡単な手当だけ行った。信也の部屋に設置してある機材たちを回収すれば、これで依頼は全て完了することになる。
私と九条さんは部屋の後片付けを行なっていた。九条さんは座ったまま配線を引っこ抜き、私はそれを一纏めにしていく。
「今回は口頭での調査結果説明はいりませんね。後で伊藤さんが書類にまとめて郵送します。それで調査は完了です。明穂さんも飛鳥さんも眠ったので、これで部屋が揺れたり目撃されたりすることはないでしょう」
多いコードを纏めながら、ぼんやりと今回の依頼を思い出す。部屋が揺れる、なんて不思議な現象から、あんな悲しい子に会い、それを救う母性を目の当たりにし、とても濃い調査だったと思う。
それに、今回は聡美たちもいたし……。
腕を動かしながらそう考えていると、背後から信也の声がした。
「……すみませんでした」
私と九条さんが振り返ると、信也と聡美が並んで座っていた。そして信也は、私たちに深々と頭を下げていた。聡美は、俯いて黙り込んでいる。
九条さんが冷たい声でいう。
「私に謝罪はいりません。光さんに十分にしてください」
信也の体がびくんと反応する。九条さんはさらに言った。
「視える者、視えない者はどうしても分かり合えないことはある。我々がしていることは、世間から見れば頭がおかしいと言われることも多々ある。それは十分承知しています。
ですが、自分の大切な人の発言ぐらい、信じようと出来ないものですか」
何も言い返せないようだった。信也は肩を小さく震わせる。私は彼の正面に座り直し、しっかりとその顔を見た。
楽しい時間と、悲しい出来事が蘇る。もう一年前のことだけれど、鮮明にその光景は思い出せた。
「私も……隠してたから。もっと恐れず、話せばよかった」
「違う、光は悪くない。俺も、言えてないことがある」
首を傾げる。言えてないこと、とは? 聡美と付き合ってたことなら知っているのだが。
「……言い訳っぽいけど、俺も全部言う。
俺の母親、宗教にハマってるんだ」
「え?」
「すごい力で色んなものが視える、っていう教祖のところ。最初、『あなたには悪霊がついているから』って変な数珠を買わされたのが始まりだった」
突然の話に驚いた。そういえば、二年付き合っていたけれど信也の家族には会ったことはなかった。結婚の話も出たけど、挨拶などはする前に別れてしまったからだ。
「『あなたには素質があるから修行をした方がいい』って言われた母親、どんどんその会にのめり込んで金払って。父親と必死に止めて洗脳ときたかったんだけど、迎えに行っても帰ってこなくなった。離婚することもできないまま、結局今もその宗教のところにいる。家庭は崩壊した」
少し震える声で話す信也の力無い様子は、初めて見る光景だった。いつも明るく、輪の中心にいる彼が、そんな家庭環境だったとは。
全然知らなかった。
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