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待ち合わせ

揺れ

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 そんな私たちをどうにかしたいと思ったのか、伊藤さんが柔らかな声で口を開いた。

「真琴さん、寒くないですか? 体調悪かったらすぐに言ってくださいねー」

「あ、はい、そちらの方にカイロとかも頂いたので……このお仕事をされている方ですか?」

「そうです、申し遅れました、私も事務所の一員です。黒島光といいます。ええっと、後ろにいる二人が依頼人で、事務所は私たち三人なんです」

「そうなんですか、ということは……母の姿も、見ましたか?」

 恐る恐る聞いてきた。奥田さんが少し嫌そうな顔をしたけれど、私は隠す必要もないと思い頷く。

「はい。白いブラウスに、黒いスカート。髪が長い女性でした」

「あ! あの日の母の格好です!」

 興奮したように言った真琴さんを奥田さんが名前を呼んで落ち着かせる。それでも真琴さんは続けた。

「でも合ってるよ当日の服装」

「そんなの調べればどっかから分かるだろう」

「あんな昔のことどうやって調べるの」

「どうにかして調べるんだろう」

 やや口論になりかけた二人に、九条さんが割って入った。

「落ち着いてください。奥田さんが我々を怪しむ気持ちも十分わかりますし、真琴さんが信じたいと思う気持ちもわかります。しかし興奮するのは真琴さんの体によくありませんから、穏やかに行きましょう」

 二人は黙り込んだ。少し気まずい沈黙が流れるも、どうしても話したかったのか、真琴さんが小さな声で言った。

「お母さんは優しいお母さんで……子供好きで、近所の子供達にも懐かれるような人でした。いつもそこにあった駄菓子屋でお菓子を買ってくれたんです。今でもあの時の楽しさは覚えてる。『甘いものばっかり買っちゃダメよ』って笑いながら一緒にお菓子を選ぶ時間が大好きだった。
 私だけは生き残ったけど、お母さんは即死。夢ではいつも悲しそうに私の名前を叫んでいるし、もしかして私を探すために残ってるのかなってずっと心配してたんです。私は多分霊感なんてないけど、もし会えるなら、ちょっとでもその存在を感じたい」

 切ないその響きに、ぐっと涙が出そうなのを堪えた。

 突然事故で母親を奪われ、自分も長く入院生活しなきゃいけなくなったなんて、とても大きな悲劇だ。でもそれを乗り越えて、今真琴さんは幸せそうにしている。彼女を心配している奥田さんがその証拠だ。

 どうしかして、この姿を明穂さんに見せてあげたい。

 痛い足を引きずりながらずっと探してるあの人に、会わせてあげたい。

 そう強く心に誓った時、突然、聞き覚えのある叫び声が聞こえた。真琴、と名前を呼ぶ悲痛な声だ。はっとしたと同時に、九条さんが声を上げた。

「真琴さんしゃがんで! 地面が揺れます!!」

 悲鳴は聞こえなかったのだろうか、彼女はぽかん、としている。だが意外にも奥田さんがすぐに反応した。真琴さんを庇うように抱き寄せ、そのまま床にしゃがみ込んだのだ。妊婦である真琴さんが転んだら大変なことになってしまう。

 そして次に、あの衝撃が襲ってきた。私はよろめいて転びそうになるのを、隣にいた伊藤さんが支えてくれた。背後から聡美の小さな悲鳴が聞こえる。そういえば聡美はこの衝撃を体験するのは初めてだった。

 一瞬だけれど大きな揺れを感じると、すぐにそこは静寂を取り戻した。座り込んだ真琴さんと奥田さんが唖然とした様子で周りを見渡す。

「じ、地震が……すごい大きな」

「しゃがめって言われなかったら転んでた」

 どうやら真琴さんは無事のようだった、私はホッとする。そこで、伊藤さんが私の体を支えてくれたままであることを思い出す。急いで離れてお礼を言った。

「い、伊藤さんすみません、ありがとうございます! おかげで転ばずに済みました!」

「ううん、大丈夫だよ。僕揺れとか全然分かんなかったから」

「……えっ」

「僕全然そういうの感じないって言ったでしょ?」

 にっこり笑う彼を二度見してしまった。分からなかった? あの揺れを感じなかったということ? 

 そういえば伊藤さんは霊感はまるでないと聞いてはいたが、本当に皆無なんだと改めて知った。伊藤さん以外全員感じてたんですが……。これだけ鈍感なのに霊を引き寄せやすいなんて、不運なんだか幸運なんだか。

 奥田さんが九条さんに言った。

「なんで揺れるって知ってたんですか、何か仕掛けでも」

「新築マンションをこれだけ大きく揺らせる仕掛けがあるなら教えていただきたいですね。私と光さんは聞こえましたが、最初に悲鳴があったんです、明穂さんの。以前もその声の直後揺れを感じたので、今回もそうだろうと。そこにいる伊藤さんを見ればわかりますが、揺れは実際に起きてるわけではないですよ、気づかない人は気づかない霊障なんです」

 奥田さんたちは顔を見合わせた。不思議なこの現象に戸惑っているのかもしれない。

 だがそんな彼らを待つことなく、次の出来事が起きた。私と九条さんは同時に振り返る。階段がある銀色の扉らへんから、音が聞こえてきたのだ。

 一歩、引きずる。一歩、引きずる。
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