視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

文字の大きさ
上 下
294 / 449
待ち合わせ

囚われた子

しおりを挟む



「すみません、僕のミスです」

 伊藤さんが頭を下げて謝った。

 翌日、気がつけば聡美と昼近くまでぐっすり眠ってしまっていた。慌てて二人で起きて身支度を整えると、伊藤さんはリビングにいなかった。朝早く調査のために出かけたそうだ。

 九条さんは録画してあった映像を見返しながら信也と待ってくれていたようだった。何だか変な組み合わせの二人、一体どう過ごしていたんだろうか。

 昼食を簡単に四人で取ったあと、伊藤さんが帰宅した。そして開口一番謝ったのだ。何か新しい情報を得たのだろうとすぐに理解する。

 彼は持っていたパソコンを取り出しながらため息をつく。私は待ちきれず尋ねた。

「何か分かったんですか?」

「うん、九条さんや光ちゃんのいう通り、階段にいる女の子はまことちゃんじゃなかったんだよ」

 床に座り込んだ伊藤さんをみんなで囲む。立ち上がるパソコンを眺めながら伊藤さんが言った。

「まずあの交通事故について。明穂さんが亡くなったのは間違いないですが、子供であるまことちゃん。彼女は生きています」

「ええ!!」

 私たちは声を揃えて驚いた。別人だろうな、という想定はしていたが、まさか本物は生きているとは!

「新聞記事には意識不明の重体、って表記しかないと言ったと思います。その後のことは何も情報がなくて、駄菓子屋の人に聞いたんですが」

「はい、言ってましたよね。その後亡くなったって」

「それがガセの噂だったみたい。僕も駄菓子屋の人に話を聞いて裏付け取ってなかったんだよね。本当のまことちゃんはその後も危篤状態が続いたんだけど、なんとか一命を取り留めたそう。かなり長く時間も掛かったから、多分噂が一人歩きしちゃったんだろうね」

 私と九条さんは顔を見合わせる。

 明穂さんがまことちゃんを探しながらも会えない理由。相手が隠れてるから、なんて問題じゃない。

 そもそも本当の娘は生きているからここで探していても会えるわけがないのだ。明穂さんからすれば、まことちゃんが轢かれたシーンだけ見て亡くなったのだから、生きているかどうかすら分かっていないはず。

 伊藤さんはパソコンを操作しながら言った。

「そして、肝心のポイント。 
 その交通事故よりさらに昔、今から二十年前のことです。全く別の事件がありました」

 パソコンに新聞記事らしきものが映された。私たちはぐっとそこに集中する。無機質な文字で、こう書かれていた。

『虐待児、真冬に外で死亡』

 息が止まる。昨晩見たあの光景が目に浮かんだのだ。そして記事に書かれている名前が目に入った。

『篠田飛鳥ちゃん(10)』

「しのだ、あすかちゃん……」

 私はその名前を噛み締める。伊藤さんが低い声で説明した。

「よくある、っていう言い方も使いたくないんですけど。離婚した母親の内縁の夫に暴力を受けていたようです。次第に母親も加担し虐待するように。
 飛鳥ちゃんは暴力だけではなく、まともに食事も与えられず、時々食べれても異物が入っていたりろくなものを貰えていなかったようです。
 夏だろうが冬だろうが外に放置され、清潔にもしてもらえず、学校もほとんど通ってなかった」

 伊藤さんの説明を聞き、自分が体験したことが一気につながった。

 体験したことのない暑さと寒さ、ホットミルクに入っていた虫。一体あの経験が何を示しているのか分からなかったが、あれは私に対する嫌がらせなんかじゃない。
 
 飛鳥ちゃんが生前体験してきたことだ。

 口を両手で抑える。信じられない内容に言葉が出てこなかった。

「その日、飛鳥ちゃんは母親が仕事中、いつもより強い暴力を受けた。そしてその後母親に電話で言われたそうなんです。『あの公園で待ってなさい、そこで反省してなさい、仕事が終わったら行くから』と……。外は真冬、それに飛鳥ちゃんはその日元々発熱してたみたいなんです。
 母親は結局仕事の後も迎えに行かず自分は一人家に帰った。躾のためだと言って。でも飛鳥ちゃんは待ち続けて、体調を悪化させ、元々栄養状態もよくなった体はそのまま……」

「もうやめて!」

 悲痛な声を上げたのは聡美だった。昨日見たあの後のことなんだろうと安易に想像がつく。そういえば、飛鳥ちゃんは咳をしていた。

 痛いほどの沈黙が流れる。誰も言葉を発せない。私は目からこぼれる涙を拭くことすらできなかった。

 飛鳥ちゃんがここで待ち続けているのは、きっと迎えにきてほしいからじゃない。待っていろ、と言われたからそれに従うしかないのだ。言いつけを破ったらどうなるかわからないから。

 でももし迎えに来られてもまたあの家に戻らなくてはならない。だから会いたくなくて隠れている。

 もう二十年も、あの子は母親に言われたたった一言の言葉に囚われているのだ。

 自分がどれほど平和な脳をしているのか痛感した。小さな体でそんな悲劇を味わってきたあの子のことを、何も知らないまま説得しようとしていたなんて。
しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

みえる彼らと浄化係

橘しづき
ホラー
 井上遥は、勤めていた会社が倒産し、現在失職中。生まれつき幸運体質だったので、人生で初めて躓いている。  そんな遥の隣の部屋には男性が住んでいるようだが、ある日見かけた彼を、真っ黒なモヤが包んでいるのに気がついた。遥は幸運体質だけではなく、不思議なものを見る力もあったのだ。  驚き見て見ぬふりをしてしまった遥だが、後日、お隣さんが友人に抱えられ帰宅するのを発見し、ついに声をかけてしまう。 そこで「手を握って欲しい」とわけのわからないお願いをされて…?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。