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待ち合わせ

名前も呼びたくないあいつ

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「さて、先ほどの出来事について何が起こったのか正直なところ分かりません。明穂さんやまことさんが起こしたものなのか、それともたまたま他の霊と波長が合っただけなのか。もう何度もチャレンジするしかないと思います」

 シャワーを浴びおえ、身だしなみを整えた後リビングへ戻ると、信也がホットミルクを用意してくれていた。そこはありがたく頂戴し、啜っていると九条さんが早速切り出した。

 体が温まるのを感じながら頷く。私もマイナスなことを考えてしまったからな、うっかり誰かに入られてしまっただけかもしれない。

 交通事故で亡くなった二人と、あの体験は結びつけるものがない。他にも霊がいるかも、と思う方がスムーズだ。

 九条さんは私の方を見て言った。

「光さん、体調は本当に大丈夫なんですか」

「はい、シャワーも一人で浴びれましたし、もう今は普通に戻っています。行けます」

「無理はしないでください。ホットミルクを飲み終えたらまた一階へ行きましょう。同じ手法ばかりですが仕方ない」

 私のホットミルク待ちだと知り、少しだけスピードを上げて飲み進める。今度は気をつけなきゃ、プラス思考にプラス思考に。ソファに腰掛けながらそう自分を言い聞かせた。

 手に持つ白いマグカップの中身が、半分以下になってきたときだ。もう少しで飲み終えそうだなとそれを覗き込む。すると、白い水面がちゃぷんと跳ねた。まるで、角砂糖でも放り入れたみたいに。

 小さな飛沫が飛んだことに首を傾げる。なんだろう今の、何か入った? 虫とか? 全然気づかなかったんだけど……。

 そう不思議がってじっと白いミルクを見つめる。すると静まった水面の底から、何かがゆっくり浮き出てくるのがわかった。黒いものだ。一体なんだろう、とさらに目を凝らす。

 その正体に気がついた時、私はつい声を上げてマグカップをひっくり返した。長い触覚に六本の足、推定五センチほど。ひっくり返った状態で浮いてきたその姿は、口にも出したくないあの虫だったのだ。

「わ! どうしたの光ちゃん!」

「む、虫が飛びこんできて!」

「虫?」

 そばにいた伊藤さんがすぐさまティッシュでこぼしたミルクを拭き取ってくれる。量が少なかったのでそこまで悲惨な状態にはならなかったが、肝心なのは例の物体がどこにもなかったということだ。

 伊藤さんは拭きながらキョロキョロ辺りを見回す。

「逃げたのかな?」

「それはそれで嫌です! 突然カップの中に入ってきて、じっと見てたら下から浮いてきたんですあの虫が!」

「え? 間違えて落ちてきたとしても、ああいう虫って沈まないんじゃない? 体が浮いちゃうんじゃないっけ」

 そう言われてはたと止まる。確かにそうだ、と気づく。

 奴らって大概、水に浮いたまま死んでいる。落下してすぐさま沈んでいくようなものは見たことがない。ともすれば見間違い? いや、あのインパクト大なビジュアルを見間違えるわけがないんだ。

「あ! てゆうかすみません伊藤さん!」

 ようやく気付き慌てて自分の手を出して床を拭く。周りにやつが居ないか必死に探してみるが、やはりいない。

 私は首を傾げていう。

「絶対に見たと思うんですけど……」

「もしかして出ていけっていう嫌がらせかなー?」

 伊藤さんが何気なく口にする。私は勢いよく隣を見た。彼は床を拭きながら言う。

「さっきの光ちゃんの体調の変化もさ。何かの攻撃の一種なのかな?」

「でも、攻撃的なオーラは感じなかったんですが……」

「そうなの? まあ僕はわかんないけど、嫌がらせみたいだなって思ったから」

 私は九条さんの方を見る。彼も話を聞いていたようで、考え込むようにじっと私のマグカップを見ている。

 確かに、飲んでる飲み物に虫を入れるなんて完全に嫌がらせだ。私たちを追い出そうとしている? 誰が。

 明穂さん。いや、私たちは明穂さんとまことちゃんが再会できるように働いているんだし、彼女から反感を買うようなことはない。

 ともすれば……

 考えている時だ、突然遠くから水の音が聞こえた。ざーっというそれは、今先ほど私が浴びていたシャワーの音に違いなかった。

 全員が顔を上げる。無言で、リビングにみんな揃っていることを確認した。誰かがシャワーを出したわけではないということだ。


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