287 / 449
待ち合わせ
名前も呼びたくないあいつ
しおりを挟む「さて、先ほどの出来事について何が起こったのか正直なところ分かりません。明穂さんやまことさんが起こしたものなのか、それともたまたま他の霊と波長が合っただけなのか。もう何度もチャレンジするしかないと思います」
シャワーを浴びおえ、身だしなみを整えた後リビングへ戻ると、信也がホットミルクを用意してくれていた。そこはありがたく頂戴し、啜っていると九条さんが早速切り出した。
体が温まるのを感じながら頷く。私もマイナスなことを考えてしまったからな、うっかり誰かに入られてしまっただけかもしれない。
交通事故で亡くなった二人と、あの体験は結びつけるものがない。他にも霊がいるかも、と思う方がスムーズだ。
九条さんは私の方を見て言った。
「光さん、体調は本当に大丈夫なんですか」
「はい、シャワーも一人で浴びれましたし、もう今は普通に戻っています。行けます」
「無理はしないでください。ホットミルクを飲み終えたらまた一階へ行きましょう。同じ手法ばかりですが仕方ない」
私のホットミルク待ちだと知り、少しだけスピードを上げて飲み進める。今度は気をつけなきゃ、プラス思考にプラス思考に。ソファに腰掛けながらそう自分を言い聞かせた。
手に持つ白いマグカップの中身が、半分以下になってきたときだ。もう少しで飲み終えそうだなとそれを覗き込む。すると、白い水面がちゃぷんと跳ねた。まるで、角砂糖でも放り入れたみたいに。
小さな飛沫が飛んだことに首を傾げる。なんだろう今の、何か入った? 虫とか? 全然気づかなかったんだけど……。
そう不思議がってじっと白いミルクを見つめる。すると静まった水面の底から、何かがゆっくり浮き出てくるのがわかった。黒いものだ。一体なんだろう、とさらに目を凝らす。
その正体に気がついた時、私はつい声を上げてマグカップをひっくり返した。長い触覚に六本の足、推定五センチほど。ひっくり返った状態で浮いてきたその姿は、口にも出したくないあの虫だったのだ。
「わ! どうしたの光ちゃん!」
「む、虫が飛びこんできて!」
「虫?」
そばにいた伊藤さんがすぐさまティッシュでこぼしたミルクを拭き取ってくれる。量が少なかったのでそこまで悲惨な状態にはならなかったが、肝心なのは例の物体がどこにもなかったということだ。
伊藤さんは拭きながらキョロキョロ辺りを見回す。
「逃げたのかな?」
「それはそれで嫌です! 突然カップの中に入ってきて、じっと見てたら下から浮いてきたんですあの虫が!」
「え? 間違えて落ちてきたとしても、ああいう虫って沈まないんじゃない? 体が浮いちゃうんじゃないっけ」
そう言われてはたと止まる。確かにそうだ、と気づく。
奴らって大概、水に浮いたまま死んでいる。落下してすぐさま沈んでいくようなものは見たことがない。ともすれば見間違い? いや、あのインパクト大なビジュアルを見間違えるわけがないんだ。
「あ! てゆうかすみません伊藤さん!」
ようやく気付き慌てて自分の手を出して床を拭く。周りにやつが居ないか必死に探してみるが、やはりいない。
私は首を傾げていう。
「絶対に見たと思うんですけど……」
「もしかして出ていけっていう嫌がらせかなー?」
伊藤さんが何気なく口にする。私は勢いよく隣を見た。彼は床を拭きながら言う。
「さっきの光ちゃんの体調の変化もさ。何かの攻撃の一種なのかな?」
「でも、攻撃的なオーラは感じなかったんですが……」
「そうなの? まあ僕はわかんないけど、嫌がらせみたいだなって思ったから」
私は九条さんの方を見る。彼も話を聞いていたようで、考え込むようにじっと私のマグカップを見ている。
確かに、飲んでる飲み物に虫を入れるなんて完全に嫌がらせだ。私たちを追い出そうとしている? 誰が。
明穂さん。いや、私たちは明穂さんとまことちゃんが再会できるように働いているんだし、彼女から反感を買うようなことはない。
ともすれば……
考えている時だ、突然遠くから水の音が聞こえた。ざーっというそれは、今先ほど私が浴びていたシャワーの音に違いなかった。
全員が顔を上げる。無言で、リビングにみんな揃っていることを確認した。誰かがシャワーを出したわけではないということだ。
28
お気に入りに追加
529
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
生きている壺
川喜多アンヌ
ホラー
買い取り専門店に勤める大輔に、ある老婦人が壺を置いて行った。どう見てもただの壺。誰も欲しがらない。どうせ売れないからと倉庫に追いやられていたその壺。台風の日、その倉庫で店長が死んだ……。倉庫で大輔が見たものは。
感染
saijya
ホラー
福岡県北九州市の観光スポットである皿倉山に航空機が墜落した事件から全てが始まった。
生者を狙い動き回る死者、隔離され狭まった脱出ルート、絡みあう人間関係
そして、事件の裏にある悲しき真実とは……
ゾンビものです。
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。