視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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待ち合わせ

厳しい伊藤さん

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 九条さんはああっと言うふうに天井を仰いだ。私は逆にがくっと首を曲げる。上から聡美の明るい声が降ってきた。

「あのー! お昼ご飯って食べました? ピザでも取って一緒に食べません?」

 巻き髪を揺らしてニコニコと顔を出す。その慌ただしさに気がついたのか伊藤さんもイヤホンをとってこちらを見た。聡美は伊藤さんを見て言う。

「どうしたんですかーそんなとこ座って! 寒そう、かわいそう~!」

「聡美! 調査中は突然声かけたりしないで、今せっかくまことちゃんと話が出来そうだったのに!」

「え? 幽霊と交信中だったの? あは、ごめんー」

 馬鹿にするように笑った。私ははつい握り拳を作る。そんなこっちの怒りも感じていないのか、聡美はそそくさと階段を降り伊藤さんの隣に行った。

「なんで伊藤さんここ座ってるんです? ピザとりませんか、一緒に食べましょう! 私伊藤さんとか九条さんともっと話してみたくてー」

 ニコニコ顔でしゃがみ込む。この人懐こさは私にはないもので凄いとは思うのだが、それにしても今回はやけに伊藤さんと九条さんに懐いている気がする。まあ、二人とも普通に見てモテるタイプだから気持ちもわからないではないが……もしや本気で狙ってるつもりだろうか?

 伊藤さんはイヤホンをポケットにしまい込む。肩にかけていた毛布を取って簡単に畳みながら答えた。

「あーもうお昼は三人で食べたから」

「ええ、でもちょっとくらいは食べれるでしょ? 食べましょ!」

 まるで引かない聡美の誘いに、伊藤さんが小さく笑った。片方にできるエクボが見える。

「はは、あれだね、聡美さんさ」

「え?」

「空気を読むってこと覚えた方がいいね、もう大人だし」

 まさかの厳しい言葉に、その場の空気が凍った。

 私すら、驚愕して伊藤さんを見るしかできない。

 あの天使みたいな伊藤さんが、いつだって優しくて神様みたいな伊藤さんが、サラリと厳しい……。

 時々ブラック伊藤さんを見ることはあったけど、誰かに対してこうも攻撃的なのは初めて見た。なぜか隣の九条さんは小さく吹き出して笑った。

 固まっている聡美を置いて伊藤さんは立ち上がる。まるで何事もなかったようにこちらを見上げた。

「消えちゃいました、よね? なんか毛布引っ張られてるのは気づいてたんですけど。うーん話途中でした?」

「ええ、ちょうど会話途中でしたね。私が母親に会おうと促すと、まことさんははっきり言ったんです。『いや』と」

 やはりそうか、私も頷く。首を振っていたまことちゃん、なぜかお母さんに会いたくないんだ。伊藤さんは腕を組んで首を傾げる。

「いや、ですか。なんでだろう、もしかして、だから二人は会えないままなんですかね」

「理由はちょうど聞けませんでしたけど、おそらくそうでしょう。同じマンション内にいつつも会えない原因は、母親は探していても子供の方は隠れていたのかもしれません。
 思えば彼らの出現場所はそれを表しています」

「出現場所、ですか?」

 私が尋ねると九条さんは説明してくれた。

「明穂さんの目撃はいずれもエレベーター内、もしくはエントランスでした。なぜそのあたりに固まっているか疑問だったんですが、答えは簡単です。マンション内で一番人が多く通るのはエントランスかエレベーターだからです。人探しをするのに人が多い場所にくるのは必然」

「そ、そっか、確かに」

「逆に、まことさんは階段。エレベーターがあれば階段を使う人間は少ない。人にはあまり会いたくないという彼女の心理が表れている」

 なるほど、確かに言われてみればそうだ。私は感心する。いくら会いたいと思っていても、相手に隠れられたらなかなか見つけ出せないだろう。

 黙り込んでいた聡美が口を挟んだ。伊藤さんに口撃されたせいか、酷く機嫌が悪そうな声色だ。

「会いたくないならここから離れればいいじゃないですか? 誰かについて行ってもいいし、成仏、とかするならすればいいし? なんで律儀に自分が死んだ場所に居続けるの?」

 これまたそれなりに尤もな疑問でもある。意外とこの子は鋭いのかもしれないと思った。九条さんも素直に答える。

「その疑問は私も同じです。なぜ母親から逃げているのかも分かりませんし、この場にとどまっているのかもよくわかりません。まあ聞こうとしたらあなたの声が邪魔してくれたんですけどね」

「すみませんでしたーあ」

「もう一度接触したいですが、騒がしくしてしまいましたし少し時間を置きましょうか、伊藤さんも寒いでしょうし。明穂さんの方に接触してもいいですが……まことさんが拒絶してる理由を聞いた方が早いでしょうからね、一旦引きましょう」

 私たちは返事をして階段を登り始める。思わぬところで調査が一時止まってしまった。

 少し振り返ると、聡美はめげずに伊藤さんに笑顔で話しかけていた。


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