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待ち合わせ
侮辱は許さない
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確かに調査の難易度や掛けた時間によって依頼料は多少変わってくる。だが、そんなずるいやり方をしたことは一度もなかった。
私はぐっと拳を握り、聡美を睨んだ。
「聡美。あなたがこういう現象を信じられないのは知ってるし、信じろとも言わない。でも私はこの仕事を誇りに思ってやってる。うちの事務所や、九条さんたちまで侮辱しないで」
強い言葉を放った。聡美は驚いたようにこちらを見てくる。
今までの私だったら、聡美にこんな強く言い返すことはなかった。嘘つき呼ばわりされても、馬鹿にされても、信也の前でそう扱われても、黙って耐えるしか出来なかった。だから彼女はきっと、私の反応に驚いたのだ。
今はもう違う。ずっと嫌いだったこの能力で、誰かの役に立てる。何より、最も大事な仲間たちがいる。こんな発言は黙っていられない。
やや気まずい空気が流れた。一番先に口を開いたのは信也だった。
「聡美、言い過ぎだ」
聡美はバツが悪そうに私たちから顔を背ける。でも、どこか納得していない顔だった。あの子はずっと私を嘘つきだと思って生きてきている、霊の存在なんて信じられないんだろう。
もしかして、今回うちの事務所に来たのは、こうやって内情を見てみたかったのかもしれない。詐欺でもやってるんだと疑ってたのかも。
胸にモヤモヤしたものが残る。九条さんと、伊藤さんに申し訳なかった。やっぱり依頼は断ればよかったかもしれない、二人にこんな言葉を聞かれるなんて。
泣きそうになる私に、すっと何かが差し出された。新品のポッキーの箱だった。
「どうぞ。期間限定味です。あげます」
突然のお菓子に顔を上げる。彼は至って真顔で、私にポッキーを差し出していた。すぐに隣の伊藤さんが笑う。
「もう、九条さん。普通の人は朝っぱらからポッキーは辛いんですって!」
「そうでしたか」
「まあ、一番お気に入りをあげますってことだよ、光ちゃん。そういう僕も今いいものあげれられないや、買ってきた差し入れ全部光ちゃん食べていいよ!」
「え!?」
「ありがとね」
そう言われて、九条さんと伊藤さんが私を励ましてくれているんだと気づく。ありがとう、ってお礼を伝えてるんだ。私お礼を言われるようなことしてないのに。
それでも嬉しくて、ポッキーを受け取っておいた。
私の身内がこんな失礼なことを言っているというのに、二人は笑顔で許してくれる。それどころか、きっと私の心配もしてくれるんだろう。なんて優しい心なんだろう、と思った。
ああ、馬鹿にされても見下されても、私は胸を張っていられる。普通の人には理解されない仕事だけど、誇りをもってここに勤めていますと言える。
私たちを離れた場所から聡美がじっと見ていた。その視線に気づかないふりをし、私は顔を背けた。
「あーえっと! 僕の報告をしますよ、ドンピシャな情報が入ってきましたんでね」
伊藤さんがそう声をあげ、持っていた鞄からノートパソコンを取り出した。その場にしゃがみ込み操作する彼を、私と九条さんが後ろから覗き込む。信也も控えめにこちらを見てくる。
パソコンを起動させながら伊藤さんは言った。
「このマンションの前は公園があったと昨日調べたと思います。その公園で……というか、正しく言えば公園の目の前で交通事故が起こっています」
「交通事故?」
私が反応して答えた。同時にあの女性の姿を思い出す。外傷がひどい状態だった。もし交通事故で亡くなったとしたら説明がつく。
「そう。今から十三年前の事件だから、まあまあ前だよね。これがね、悲しい事故で……飲酒して居眠りした自動車が、歩道まで出て人を跳ねたらしい」
立ち上がったパソコンを操作し、伊藤さんが問題の記事を見せた。じっと見つめると、確かに飲酒運転、の文字が見える。そしてその下に、『二人を跳ね』……。
九条さんが不思議そうにいう。
「被害者は二人ですか?」
「そこです」
伊藤さんが大きく頷いた。
「この公園で待ち合わせをしていた女性と子供が跳ねられたんです。記事と、それから元々あった駄菓子屋で働いていた人と連絡取って詳しい話を聞きました。
どうやら、公園の前に女性が立っていた。そこに、遠くから子供が駆け寄ってきた。それを、背後からきた車が轢いたんです、母親の前で」
私と九条さんはハッとして顔を見合わせる。女、子供、悲鳴、叫び声……。
「その直後、車は結局公園にまで突っ込んで母親の方も轢いた。無茶苦茶ですよ、目の前で子供が轢かれるのを目撃して、さらに自分も被害に遭うなんて。悲惨すぎます」
伊藤さんは眉を顰めて言った。その光景を想像する。
お母さんが子供と待ち合わせでその姿を待っている。見えたと思った瞬間、背後から車が突然やってきて子を跳ねる。悲痛な叫び声をあげた瞬間、さらに自分の命まで……。
胸が痛くなる。どうしてそんなことに……。この世は理不尽で悲しい出来事が多すぎる。
私はぐっと拳を握り、聡美を睨んだ。
「聡美。あなたがこういう現象を信じられないのは知ってるし、信じろとも言わない。でも私はこの仕事を誇りに思ってやってる。うちの事務所や、九条さんたちまで侮辱しないで」
強い言葉を放った。聡美は驚いたようにこちらを見てくる。
今までの私だったら、聡美にこんな強く言い返すことはなかった。嘘つき呼ばわりされても、馬鹿にされても、信也の前でそう扱われても、黙って耐えるしか出来なかった。だから彼女はきっと、私の反応に驚いたのだ。
今はもう違う。ずっと嫌いだったこの能力で、誰かの役に立てる。何より、最も大事な仲間たちがいる。こんな発言は黙っていられない。
やや気まずい空気が流れた。一番先に口を開いたのは信也だった。
「聡美、言い過ぎだ」
聡美はバツが悪そうに私たちから顔を背ける。でも、どこか納得していない顔だった。あの子はずっと私を嘘つきだと思って生きてきている、霊の存在なんて信じられないんだろう。
もしかして、今回うちの事務所に来たのは、こうやって内情を見てみたかったのかもしれない。詐欺でもやってるんだと疑ってたのかも。
胸にモヤモヤしたものが残る。九条さんと、伊藤さんに申し訳なかった。やっぱり依頼は断ればよかったかもしれない、二人にこんな言葉を聞かれるなんて。
泣きそうになる私に、すっと何かが差し出された。新品のポッキーの箱だった。
「どうぞ。期間限定味です。あげます」
突然のお菓子に顔を上げる。彼は至って真顔で、私にポッキーを差し出していた。すぐに隣の伊藤さんが笑う。
「もう、九条さん。普通の人は朝っぱらからポッキーは辛いんですって!」
「そうでしたか」
「まあ、一番お気に入りをあげますってことだよ、光ちゃん。そういう僕も今いいものあげれられないや、買ってきた差し入れ全部光ちゃん食べていいよ!」
「え!?」
「ありがとね」
そう言われて、九条さんと伊藤さんが私を励ましてくれているんだと気づく。ありがとう、ってお礼を伝えてるんだ。私お礼を言われるようなことしてないのに。
それでも嬉しくて、ポッキーを受け取っておいた。
私の身内がこんな失礼なことを言っているというのに、二人は笑顔で許してくれる。それどころか、きっと私の心配もしてくれるんだろう。なんて優しい心なんだろう、と思った。
ああ、馬鹿にされても見下されても、私は胸を張っていられる。普通の人には理解されない仕事だけど、誇りをもってここに勤めていますと言える。
私たちを離れた場所から聡美がじっと見ていた。その視線に気づかないふりをし、私は顔を背けた。
「あーえっと! 僕の報告をしますよ、ドンピシャな情報が入ってきましたんでね」
伊藤さんがそう声をあげ、持っていた鞄からノートパソコンを取り出した。その場にしゃがみ込み操作する彼を、私と九条さんが後ろから覗き込む。信也も控えめにこちらを見てくる。
パソコンを起動させながら伊藤さんは言った。
「このマンションの前は公園があったと昨日調べたと思います。その公園で……というか、正しく言えば公園の目の前で交通事故が起こっています」
「交通事故?」
私が反応して答えた。同時にあの女性の姿を思い出す。外傷がひどい状態だった。もし交通事故で亡くなったとしたら説明がつく。
「そう。今から十三年前の事件だから、まあまあ前だよね。これがね、悲しい事故で……飲酒して居眠りした自動車が、歩道まで出て人を跳ねたらしい」
立ち上がったパソコンを操作し、伊藤さんが問題の記事を見せた。じっと見つめると、確かに飲酒運転、の文字が見える。そしてその下に、『二人を跳ね』……。
九条さんが不思議そうにいう。
「被害者は二人ですか?」
「そこです」
伊藤さんが大きく頷いた。
「この公園で待ち合わせをしていた女性と子供が跳ねられたんです。記事と、それから元々あった駄菓子屋で働いていた人と連絡取って詳しい話を聞きました。
どうやら、公園の前に女性が立っていた。そこに、遠くから子供が駆け寄ってきた。それを、背後からきた車が轢いたんです、母親の前で」
私と九条さんはハッとして顔を見合わせる。女、子供、悲鳴、叫び声……。
「その直後、車は結局公園にまで突っ込んで母親の方も轢いた。無茶苦茶ですよ、目の前で子供が轢かれるのを目撃して、さらに自分も被害に遭うなんて。悲惨すぎます」
伊藤さんは眉を顰めて言った。その光景を想像する。
お母さんが子供と待ち合わせでその姿を待っている。見えたと思った瞬間、背後から車が突然やってきて子を跳ねる。悲痛な叫び声をあげた瞬間、さらに自分の命まで……。
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