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待ち合わせ
抑えていた怒り
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立ちあがりあたりを確認する。つい今まで開いていたはずの扉はぴったり閉じられている。女の気配もまるでない。一瞬で世界が変わってしまったように景色が違っていた。
呆然としていると、エレベーターが停止する。見上げてみると、ランプは一階を示していた。
ゆっくり扉が開いた。そこに見覚えのある顔が待っていた。私を見、驚いたように目を丸くする。
「あれ、光ちゃんおはよ! どっか出かけるとこ?」
「伊藤さん」
伊藤さんだった。彼は片手にビニール袋をぶら下げ、いつもの無害そうな笑顔を浮かべている。降りずにぼーっとしている私を不思議そうに見てきた。
「どうしたの? どっかいくんじゃないの?」
「え、あ、ああ……朝食とか買いにコンビニ行こうかと思ってたんです」
「そうなんだ、ちょうどよかった! 差し入れいっぱい持ってきたよ、行かなくて済むかな? 食料はたっぷりと」
手に持つ袋を掲げて笑顔を見せた。すると同時に、伊藤さんが私の足元を見て声を上げた。
「あれ、携帯落ちてるよ! 光ちゃんのでしょ」
「あ!」
そう、私がぶん投げたスマホが足元に転がっていた。慌ててそれを拾い上げる。見た瞬間がくりと肩を落とした。起動はするものの、画面はしっかりヒビが入っていたのだ。あれだけ力強く投げつければ仕方がない。
伊藤さんが隣から覗き込んでくる。
「うわー完全にいっちゃってるね」
「仕方ないです、投げた私が悪いんです」
「投げた?」
「とりあえず三階に行きましょう……九条さんにも報告しないと」
私が悲しい声で言うと、伊藤さんは何かを察したようだった。不憫そうにこちらを見ながら三階へのボタンを押す。
「また何かあったんだね、今回はどんな経験を」
「あ、乗りまーす!」
エントランスの方から高い声が聞こえてきた。私は慌てて閉じかかった扉を開く。住民の誰かがやってきたのかと思い待っていると、そこにやってきた人間を見てぎょっとした。隣にいる伊藤さんも、だ。
「あれなんだあ。お姉ちゃんと伊藤さんだったー」
「聡美?」
よれよれな私と違い、朝からビシッとおしゃれに着飾っている聡美だった。一体なぜここに? 彼女は中に入り、扉を閉じる。
「あれからどうなったかなーって心配で、見にきた」
「見にきたって」
「信也は私の友達なんだし、遊びに行っても別におかしくないでしょ?」
にっこり笑って言われれば、何も反論できない。しかし信也に足して聡美もいるって、何だか気まずいことこの上ないなあ。
隣をチラリと見れば、伊藤さんは不愉快そうに眉を顰めていた。彼のこんな表情も珍しい。でも私のことを思ってこんな顔をしているんだなと思うと、ちょっとだけ心が楽になった。仕事なんだから、と言い聞かせ前を向く。ふと、ひび割れたスマホを見た。
手のひらに収まる機械の時刻は、私が部屋をできた時と大差がなかった。あの出来事は、時間の流れを無視した中で起きたことだった。
彼女の悲痛な叫び声だけが……未だ耳に張り付いている。
三階に上がり、部屋へと戻る。控え室は空だった。リビングへ向かってみると、九条さんが信也と何かを話していた。私たちが現れると、驚いたように目を丸くする。
「伊藤さんと、それに……」
「おはようございます! どんな感じかなーって見にきましたよ。信也、どう?」
聡美はニコニコとそう答えた。九条さんは呆れたようにため息をつく。だがそんな彼に反論したのは聡美だ。
「だって、依頼主は確かに信也ですけど? 私は事務所を紹介した身なんですよー。進捗状況を尋ねるのは普通じゃないですか?」
「……まあ、そうですね」
「えーなにこの機械? 高そー」
部屋に置いてあった機材を珍しそうに見ている。困ったようにそれを眺める九条さん。伊藤さんは場の空気を変えるように言った。
「僕は差し入れと、調べ物の報告です! ……というのは建前で、ちょっと心配して来たんですけどね、うん」
来てよかった、と言うように聡美をみる。私は苦笑した。まあ確かに気まずいけど、聡美の言うことも間違ってはない。彼女には調査報告を聞く権利はあるだろう。
ずっと黙っていた信也が私たちに言った。
「それで、どうですか。夜ずっとマンション内を見てくれていたようですが、何か分かりましたか」
九条さんが答える。
「一度女性の霊を目撃しました。傷を多く負った女性です。話をしようとしましたがタイミングが合わずできていません。子供の霊は会えませんでした、今日もう一度探します」
そう簡単に説明した九条さんに、聡美が大きく反応した。
「えー! 霊ってすぐ見えるもんじゃないんですねえ?」
そこに私が答える。
「タイミングもあるし、相性もあるんだよ。私には見えないけど九条さんには見えたり、逆もあったり。隠れてる霊もいればアピールしてくる霊もいたり」
「ふーん」
あまり納得してない顔でそう答える。そしてすぐに、彼女は小声で囁いた。
「あーでも、時間かけた方が依頼料って多く請求できるのかなー」
小声と言っても、この小さな部屋ではみんなに聞こえているだろう声。にやっと笑ったその顔を見て、ずっと冷静を努力していた自分の怒りの感情がカッと沸き出た。言いたいことは理解した、お金を多く貰うためにわざと時間を掛けているんだろう、と言いたいのだ。
呆然としていると、エレベーターが停止する。見上げてみると、ランプは一階を示していた。
ゆっくり扉が開いた。そこに見覚えのある顔が待っていた。私を見、驚いたように目を丸くする。
「あれ、光ちゃんおはよ! どっか出かけるとこ?」
「伊藤さん」
伊藤さんだった。彼は片手にビニール袋をぶら下げ、いつもの無害そうな笑顔を浮かべている。降りずにぼーっとしている私を不思議そうに見てきた。
「どうしたの? どっかいくんじゃないの?」
「え、あ、ああ……朝食とか買いにコンビニ行こうかと思ってたんです」
「そうなんだ、ちょうどよかった! 差し入れいっぱい持ってきたよ、行かなくて済むかな? 食料はたっぷりと」
手に持つ袋を掲げて笑顔を見せた。すると同時に、伊藤さんが私の足元を見て声を上げた。
「あれ、携帯落ちてるよ! 光ちゃんのでしょ」
「あ!」
そう、私がぶん投げたスマホが足元に転がっていた。慌ててそれを拾い上げる。見た瞬間がくりと肩を落とした。起動はするものの、画面はしっかりヒビが入っていたのだ。あれだけ力強く投げつければ仕方がない。
伊藤さんが隣から覗き込んでくる。
「うわー完全にいっちゃってるね」
「仕方ないです、投げた私が悪いんです」
「投げた?」
「とりあえず三階に行きましょう……九条さんにも報告しないと」
私が悲しい声で言うと、伊藤さんは何かを察したようだった。不憫そうにこちらを見ながら三階へのボタンを押す。
「また何かあったんだね、今回はどんな経験を」
「あ、乗りまーす!」
エントランスの方から高い声が聞こえてきた。私は慌てて閉じかかった扉を開く。住民の誰かがやってきたのかと思い待っていると、そこにやってきた人間を見てぎょっとした。隣にいる伊藤さんも、だ。
「あれなんだあ。お姉ちゃんと伊藤さんだったー」
「聡美?」
よれよれな私と違い、朝からビシッとおしゃれに着飾っている聡美だった。一体なぜここに? 彼女は中に入り、扉を閉じる。
「あれからどうなったかなーって心配で、見にきた」
「見にきたって」
「信也は私の友達なんだし、遊びに行っても別におかしくないでしょ?」
にっこり笑って言われれば、何も反論できない。しかし信也に足して聡美もいるって、何だか気まずいことこの上ないなあ。
隣をチラリと見れば、伊藤さんは不愉快そうに眉を顰めていた。彼のこんな表情も珍しい。でも私のことを思ってこんな顔をしているんだなと思うと、ちょっとだけ心が楽になった。仕事なんだから、と言い聞かせ前を向く。ふと、ひび割れたスマホを見た。
手のひらに収まる機械の時刻は、私が部屋をできた時と大差がなかった。あの出来事は、時間の流れを無視した中で起きたことだった。
彼女の悲痛な叫び声だけが……未だ耳に張り付いている。
三階に上がり、部屋へと戻る。控え室は空だった。リビングへ向かってみると、九条さんが信也と何かを話していた。私たちが現れると、驚いたように目を丸くする。
「伊藤さんと、それに……」
「おはようございます! どんな感じかなーって見にきましたよ。信也、どう?」
聡美はニコニコとそう答えた。九条さんは呆れたようにため息をつく。だがそんな彼に反論したのは聡美だ。
「だって、依頼主は確かに信也ですけど? 私は事務所を紹介した身なんですよー。進捗状況を尋ねるのは普通じゃないですか?」
「……まあ、そうですね」
「えーなにこの機械? 高そー」
部屋に置いてあった機材を珍しそうに見ている。困ったようにそれを眺める九条さん。伊藤さんは場の空気を変えるように言った。
「僕は差し入れと、調べ物の報告です! ……というのは建前で、ちょっと心配して来たんですけどね、うん」
来てよかった、と言うように聡美をみる。私は苦笑した。まあ確かに気まずいけど、聡美の言うことも間違ってはない。彼女には調査報告を聞く権利はあるだろう。
ずっと黙っていた信也が私たちに言った。
「それで、どうですか。夜ずっとマンション内を見てくれていたようですが、何か分かりましたか」
九条さんが答える。
「一度女性の霊を目撃しました。傷を多く負った女性です。話をしようとしましたがタイミングが合わずできていません。子供の霊は会えませんでした、今日もう一度探します」
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「えー! 霊ってすぐ見えるもんじゃないんですねえ?」
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「ふーん」
あまり納得してない顔でそう答える。そしてすぐに、彼女は小声で囁いた。
「あーでも、時間かけた方が依頼料って多く請求できるのかなー」
小声と言っても、この小さな部屋ではみんなに聞こえているだろう声。にやっと笑ったその顔を見て、ずっと冷静を努力していた自分の怒りの感情がカッと沸き出た。言いたいことは理解した、お金を多く貰うためにわざと時間を掛けているんだろう、と言いたいのだ。
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