上 下
274 / 449
待ち合わせ

痛々しい傷

しおりを挟む
「え?」

 低い九条さんの声に止まる。彼はじっとエレベーターの外を見つめていた。私もそっちに視線を恐る恐る移す。

 離れたところに一人の女性が立っていた。エントランス前は照明も明るく煌々としているのに、その女性はぼんやり霞んで見えた。彼女は一ミリも動かず、こちらを向いてただ立ち尽くしていた。

 黒髪が長く、腰あたりまで伸びている。遠目からでもわかるほど髪は広がり、ボサボサになっていた。ひどくうつむき、髪が顔を覆っているので表情までは見えない。涼しげな半袖のブラウスに、黒色の膝丈のスカート。片方だけヒールのないパンプスを履いており、もう片方は裸足となっている。私はその姿を見た瞬間、うっと血の気が引き口を抑えた。

 女性の足は脛の辺りから先が曲がり、変な方向へ向いていた。腕にも真っ赤な血がべっとりついていて、あらゆるところに傷がある。今出血したばかりのように見える血液がテカテカと光っている。両手をだらりと垂らした腕も、関節がありえない方向へ折れ曲がっていた。

(なんて姿……死ぬ時に何かあってああなったの?)

 長い髪、という共通点だけだが、高橋さんが見た人と同一人物かもしれない。すぐさま九条さんがエレベーターから出ようと足を踏み出した。

 が、それまでなんの反応もなかった扉が突然閉まり出したのだ。それも、物凄い速さで。慌てて今度は『開』ボタンを連打するも言うことを聞かない。九条さんは手を滑り込ませようとするが、それすら間に合わない速さだった。

「待ってください、あなたはなぜここにいるのですか」

 声を上げるも、届いたのか。私がボタンを連打する音だけが箱の中に響いている。そしてそれはゆっくりと二階に向けて上昇していくのだ。せっかく霊本人に会えたのに、接触できないなんて。すぐに降りるために二階のボタンを押してみるが、間に合わなかったのかエレベーターは無視して上がっていく。

 そこではっと足元の異常に気づく。

「く、九条さん」

 彼が視線を下ろす。

 扉に、黒髪が一束挟まっていた。

 それはウネウネと生き物のように蠢いている。何かを探すように。

 私は後退りして扉から離れる。九条さんはじっとそれを見下ろしていた。さっき見たばかりの女性を思い出す。垂れた長い黒髪、あの人のだ。

 その髪の毛たちの動きは、不気味で、けれどどこか寂しかった。私たちを威嚇しているというより、うまく説明できないが何かを求めているように感じるのだ。黒い虫が悶え苦しんでいるような、そんなふうに見える。

 エレベーターが停止した。三階に到着したらしかった。ゆっくりと扉が開くと、その瞬間黒髪は消失し、戸の向こうにも何も存在しなかった。誰もいない。

 私たちは一度ゆっくりと顔を出した。静かな廊下が存在するだけで、あの女がいるわけでもない。

「光さん、もう一度一階へ」

「はい」

 顔を引っ込めた私たちはすぐに扉を閉めて一階へと戻る。だがなんとなく、もうあの霊はいないだろうなと感じた。

「どうみえましたか先ほどの霊は」

「あ、えっと、髪の長い女の人です。顔はよく見えなかったけどそこそこ若い感じかな……傷だらけで見るに耐えれませんでした」

「傷だらけ?」

 私は頷く。

「出血もひどいし、足も変な方を向いていて。半袖から見える腕も血まみれです、痛そうで痛そうで……」

「死因が関わっているのかもしれませんね」

「痛々しかった……」

 あんな姿のまま、一体なぜ歩き回っているんだろう。九条さんと会話できればいいのだが。

 すぐに一階に戻ったエレベーターから急いで降りてみるが、やはりというかあの人はもういなかった。エントランスは嫌な感じもなく、帰宅してきたばかりなのかサラリーマン風の人が不思議そうに私たちを見ている。

 一応隅々まで観察した。でもやっぱりもういない。

 九条さんが残念そうに言った。

「声は何も聞こえませんでした……」

「そうですよね。でもなんていうか、攻撃的な感じはないですよね。悲しいオーラの方が強いような」

「それは同感ですね。はあ、振り出しですか」

 ため息をついた九条さんは、とりあえず今日収集できた情報を一度伊藤さんに報告します、と電話を取り出した。

しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし

響ぴあの
ホラー
【1分読書】 意味が分かるとこわいおとぎ話。 意外な事実や知らなかった裏話。 浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。 どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。

藍沢響は笑わない

橘しづき
ホラー
 椎名ひなのは、毎日必死に働く新米看護師だ。    揉まれながら病院に勤める彼女は、ぱっと見普通の女性だが、実は死んだ人間が視えるという、不思議な力を持っていた。だが普段は見て見ぬふりをし、関わらないように過ごしている。    そんな彼女にある日、一人の男が声をかけた。同じ病棟に勤める男前医師、藍沢響だった。無口で無愛想な彼は、ひなのに言う。 「君、死んだ人が見えるんでしょう」   同じ力を持つ藍沢は、とにかく霊と関わらないことをひなのに忠告する。しかし直後、よく受け持っていた患者が突然死する……。    とにかく笑わない男と、前向きに頑張るひなの二人の、不思議な話。そして、藍沢が笑わない理由とは?

【全話まとめ】意味が分かると怖い話【解説付き】

松本うみ(意味怖ちゃん)
ホラー
1分で楽しめる短めの意味が分かると怖い話をたくさん作って投稿しているよ。 ヒントや補足的な役割として解説も用意しているけど、自分で想像しながら読むのがおすすめだよ。 中にはホラー寄りのものとクイズ寄りのものがあるから、お好みのお話を探してね。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。