視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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待ち合わせ

久々の会話

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「光」

 はっとする。恐る恐る振り返ると、信也がこちらを見ていた。そう呼ばれるのはどれぐらいぶりだろう。

 彼は少し困ったような表情で、でも無理に口角を上げて言った。

「えっと、元気そう……だな」

 そんな風に声をかけられただけで、心臓が収縮するようになった。悲しさとか、愛しさとか、怒りとか、いろんな感情を混ぜ合わせて私を押しつぶす。

 でもかろうじて頷き答えた。

「うん、今は充実した毎日を送ってるよ」

 信也は黙り込んだ。気まずい雰囲気に耐えられなくなりそうだ。彼はポツリと小さな声を漏らした。

「急に仕事もやめたから、驚いた」

 ちょっと恨みを込めた視線を彼に送る。が、信也の悲しそうな顔を見て、何も言えなかった。本当は怒ってやりたかった、一体誰にどんな話をしたの? まともに仕事をこなせないほど嫌がらせを受けたんですけど。

 でも、その顔を見るにきっと信也はそれを知らないんだろう。どこでどうなったかは分からないが、過去のことをグダグダ言いたくなかった。というより、慎ましいながらも平穏に過ごしているこの毎日を、揺るがしたくなかったのだ。彼はただの依頼人、そう接するのが一番だと思っている。

「まあ、ちょっと」

「連絡もつかないし、アパートも越してたし、どこに行ったんだろうって」

「私に連絡したかったの?」

 あんな仕打ちをしたくせに、なぜ? そういう意味を込めて強めに言うと、信也はまた黙り込んだ。私は視線を逸らす。

 結婚しよう、と言ってくれた彼はどこにもいない。あの時の愛情は枯渇した。遠い昔のようで、でも昨日のように思い出せるのに。

 聡美と別れた理由を尋ねようとして口を閉じる。仲がいい姉妹でもないのに、そんな事を聞いてどうするというのだ。

「信也も、聡美も信じてないと思うけど、うちはちゃんとした事務所だよ。私はこの仕事を誇りに思ってやってる。いい人たちに囲まれてるし、それなりに幸せなの」

 私はキッパリと言い切った。これは見栄でもなんでもなく、本当のこと。一度は死んでしまいたいくらい落ちたけど、今は本当に幸せにやってる。

 信也はこちらをじっと見て、意を決したように口を開いた。

「光、俺」

「光さん、お待たせしました。いきましょうか」

 その言葉に被せるように九条さんの声がした。信也の背後から彼が現れる。私はほっとして頷いた。九条さんはじっとこちらを見つめている。

「はい、行きましょう。あ、スマホだけ持って、っと。大丈夫です」

「では、原さん。我々は外に出て調べますので」

 信也は何も言わずに頷いた。私は彼を通り過ぎ、九条さんの隣へと急ぐ。そのまま信也の方を振り返ることなく、玄関へと歩いた。

 扉を開けると寒さがぐっと厳しい。外はすっかり暗くなっていた。信也の部屋から出たことで、なんだか肩の力が抜けてほっとする。

「すみません、二人にして」

「え?」

 突然九条さんが謝ってきたので隣を見上げた。彼は頬を掻きながら言う。

「気まずかったでしょう」

「い、いえ! そんな、トイレに行く時間ぐらい大丈夫ですよ! それに九条さんがそんなことを気遣ってくれるのがびっくりです」

「まあ、ここに来る前に伊藤さんに『なるべく二人にさせないよう気をつけて』と言われたんです」

「なるほど……さすがの……」

 さすがの伊藤さんだ。気遣いすごい。でも、それを覚えて忠実に守ってる九条さんも素直で優しいなと思ってしまったり。

 私の顔を覗き込む。

「何か言われましたか」

「……いいえ。世間話です。元気そうだね、って」

「そうですか。言いましたがあなたが嫌だと思ったら調査終了ですよ。すぐに言ってください」

「大丈夫です。ありがとうございます」

 私は微笑んで返事をした。伊藤さんと九条さんの優しさが、この寒い冬すら暖かくしてくれそうだと思った。








 しばらくマンション内を歩き回っていた。

 時々住民の人と会ったので、ここに住んでいるふりをして尋ねた。『さっき地震あったように思ったんですが、感じました?』と。

 相手は首を振って不思議そうにした。信也よりさらに鈍感タイプなのか、あの怪奇は限られた部屋にだけ起こるのか。

 無駄にエレベーターに乗ったり階段を降りたりしながら、何度もマンション内を行ったり来たりした。エントランス周辺の観察を終え、また上にあがろうとエレベーターを呼び出しながら私は言う。

「九条さん」

「はい」

「これ、私たち通報されませんかね? このマンションに監視カメラあったらどうしよう」

「エントランスにありましたね」

「げ!」

「まあ、その時はその時です。原さんに説明してもらえばいいでしょう」

 のほほんと言ってるけど、こんなにマンション内を徘徊してる人間なんて住民からみたら不安要素でしかないのに! 大事になったらどうしよう、とげんなりする。

 ちょうどやってきたエレベーターに乗り込む。他に人はおらず、私と九条さん二人きりだ。とりあえず一番上の階のボタンを押してみる。

「はあ……警察のお世話になったらどうしよう」

「今まで言ってませんでしたが実は何度かそう言ったことがありました」

「げげ!」

「大丈夫です、ちゃんと事情を話して伊藤さんに迎えにきて貰えば注意だけで帰れます」

(大丈夫って言っていいのかそれは?)

 呆れながら目の前の『閉』ボタンを押した。警察の人からみても怪しいだろうになあ、心霊調査してます、だなんて。実は目をつけられてたりして。

 そう考えながら扉が閉まるのを待っていると、一向にそれが動かないことに気がついた。

「?」

 私は再び『閉』ボタンを押す。しっかり点滅するが、やはり目の前のドアはまるで動かない。

「あれ、なんだろう不具合かな?」

 私はボタンを連打してみる。それでもびくともしない扉に首を傾げた時、私の手首を九条さんが掴んだ。少しひんやりしたその温度に心が跳ねる。

「光さん」



 



 







 

 

 
 
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