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待ち合わせ
揺れる
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控室として与えられた寝室はベッドが一つあるだけのシンプルなものだった。とりあえず地べたに座り込み、持ってきておいたキャリーケースから水やポッキーなどを取り出し、ひと休憩とする。
九条さんは考えるように甘味を齧りながら言った。
「これからのことですが……原さんが感じる衝撃とやらを何とかして体験してみたいと思いますね。原さんは二、三日に一度の頻度だと言っていましたし、難しいことではないと思います。同時に時間が許す限りマンション内を見回って女の霊と子供の霊を探しましょう」
「階段に何かいるなって感じたし、子供の霊はあそこにまた現れるかもしれませんね」
「今のところ女、子供、衝撃に共通点はありません。この土地自体が霊を集めやすいという問題なのかもしれませんね。浮遊霊が多いのかも」
「そうしたらどう対処するんですか?」
「腕のある能力者に頼むしかないでしょうね」
私はぬるくなったお水を一口のむ。私たちは祓えないからなあ、土地自体の問題だとすればどうしようもない。
「まあ、今伊藤さんも調べ途中ですからね。その報告も待ちながらとりあえず探しましょう。もう少し休んでからまた歩き出しますか」
彼はそう言ってポッキーの袋に手を伸ばした。いつのまにかもう一袋完食していたらしい。私はキャリーケースから新たにいくつか箱を取り出しどさどさっと床に散らばらせる。
「はい、他にも味ありますよ」
「さすがですね。ポッキーの管理が完璧です」
「だって九条さんそれないと仕事できないでしょう」
「できませんね、睡眠など取れなくても少しの間なら困りませんが、ポッキーがないと一日で参ります」
「禁断症状はどんなものが出るんですか」
「泣いていじけて床に横たわったまま動きません」
ついお水を吹き出しそうになってしまう。何とかそれだけは防ぎながらも、私は笑い声を抑えきれず大声を漏らしてしまった。
「く、九条さんがそんなことしてる姿想像つきません!」
「そうですか。男なんてそんなもんですよ、子供と一緒です」
私はお腹を抱えて笑う。九条さんがいじけて床に横たわってる姿を想像する。見てみたい、今度わざとポッキー忘れてやろうかな。
九条さんが私の顔を見てズバリ言った。
「今見てみたいからポッキーを禁止しようと思いましたね?」
「あは、ばれました?」
「そんなことをすればただでは済まないですよ、あなたの仮眠中に額に油性マジックでウンコ描きます」
「仕返し小学生じゃないですか」
さては事務所で言った私の発言を気に入ってるな? やめてほしい、それぐらい床は雑菌まみれですよって言いたかっただけなんだから。
私はまたいくらか笑いながらようやく落ち着きを取り戻す。目尻に出た涙を軽く拭き取ると、九条さんに言った。
「大丈夫です、もう一年も一緒にやってるんですから。九条さんがポッキーなしじゃ生きられないことぐらし知ってますよ。今後もちゃんとポッキー管理しますね」
「……さすがです」
「ふう、思い切り笑った。あ、そうだ、スマホの充電が少なくなってるんだった。ちょっとコンセントを拝借して……」
充電器を取り出し辺りを見回す。部屋の隅に発見し、そちらに向かって立ち上がろうと体を持ち上げた時だった。突然、頭痛を覚えそうな程の悲鳴が響き渡ったのだ。
驚きで体を停止させた。耳をつんざくような高い悲鳴。間違いなく女性が力の限り叫んでいる声だ。
目の前の九条さんも聞こえたのかハッとした顔つきになる。その悲鳴はどこか遠くで起こっているものではなく、すぐ近くで発せられたようだった。間違いなく、この部屋内で。
次の瞬間、地面が揺れた。地震とはまるで違う揺れだ。何かが強く衝突してきたような衝撃で、マンションの壁が吹き飛んだのかと思った。それと同時に突風を感じた。体を真っ直ぐ保っていられないほどの勢いに、私はついにバランスを崩し九条さんに向かって倒れ込んだ。
すぐにわかった。信也が言っていた揺れのことだと。
顔を上げて辺りを見るが、部屋のどこにも変わった様子はない。壁はちゃんとあるし、いつのまにか女性の悲鳴も消えている。狭い寝室は、あっという間に沈黙の部屋へと変貌していた。一瞬の出来事に唖然とする。
部屋が揺れる、って言ってたけど、想像以上のものだった。どこかで爆発でも起こったのかと勘違いしてしまう。これだけの揺れが起こったなら、普通他の住民も大騒ぎしているはずだ。信也と高橋さんは感じているようだが、きっと気づいていない住民もいる。間違いなく霊障だろう。
「光さん大丈夫ですか」
「え? はっ! す、すみません!」
下から声がきて見下ろすと、黒い瞳がこちらを見上げているのに気がつく。衝撃のせいで九条さんの上に倒れ込んだのを忘れていた。慌てて彼の上からどく。
「すみません、すみません! 上から倒れちゃって……九条さんどこかぶってないですか?」
「別に大丈夫ですよ。それにしても、想像以上の揺れでしたね。これが頻繁に起こるのでは住んでいる者は参ってしまうでしょう」
「あの、悲鳴聞こえました?」
「はい、聞こえましたよ。女性の声でした。それと名前らしきものを呼んでいましたね」
「え!」
私はただ女の人が叫ぶ声しか聞こえなかった。だが、霊と会話するのが得意な九条さんには違うように聞こえたのだろうか。
彼は思い出すようにポツリと言った。
「『まこと』……」
「まこと?」
「ひどい声なのでうまく聞き取れませんでしたが、そう言ってるように聞こえました」
女性の叫び声、それとまことという名前。一体なぜその女性はあんな声を上げたのだろうか。悲しみと絶望と驚きを、全て兼ね備えているような悲痛な声だった。
すると、部屋をノックする音が響いた。返事をするより前に、慌てた様子で扉が開かれた。
「すみません! 今揺れたと思うんですが、どうですか?」
信也だった。リビングにいる彼も揺れを感じたようだ。二人で頷く。
「ええ、盛大に揺れましたね。それと女性の叫び声も。原さん、叫んだのは初めてなのですか」
「え? 声なんて聞こえました? 俺は揺れを感じただけですけど……」
キョトン、として言った言葉を聞いて、なるほど信也には聞こえていなかったのだと知る。多分鈍感な方である彼は揺れを感じるぐらいしか出来ないのだ。
九条さんは説明する。
「我々には女性の悲鳴らしき声も聞こえました。それと同時にまこと、という名を呼ぶ声も」
「まこと、ですか?」
「心当たりはありませんか?」
「いいえ。知り合いにそんな名前の人はいません」
「そうですか。あの揺れは原さんがおっしゃっていたように、地震などではありませんね。マンションに車でも突っ込んできたのかと思いましたよ。恐らく霊障だと私は思っています」
「霊障、ですか……」
どこか複雑そうな顔をする。多分、霊障だなんて信じられない、でも他で説明がつかない状況に戸惑っているんだろう。
九条さんは少し考え込み、私に言った。
「伊藤さんにもこのまことの件は報告して結果を期待しましょう。光さん、今度はもう一度階段やエレベーターに行きます」
「はいわかりました」
「と、その前に私はトイレを拝借しますね」
「どうぞ、目の前の扉です」
九条さんは立ち上がり、部屋から出ていった。私は床に置きっぱなしのポッキーたちや飲み物を一度簡単にまとめておこうと手を伸ばす。すると背中に、控えめな声がした。
九条さんは考えるように甘味を齧りながら言った。
「これからのことですが……原さんが感じる衝撃とやらを何とかして体験してみたいと思いますね。原さんは二、三日に一度の頻度だと言っていましたし、難しいことではないと思います。同時に時間が許す限りマンション内を見回って女の霊と子供の霊を探しましょう」
「階段に何かいるなって感じたし、子供の霊はあそこにまた現れるかもしれませんね」
「今のところ女、子供、衝撃に共通点はありません。この土地自体が霊を集めやすいという問題なのかもしれませんね。浮遊霊が多いのかも」
「そうしたらどう対処するんですか?」
「腕のある能力者に頼むしかないでしょうね」
私はぬるくなったお水を一口のむ。私たちは祓えないからなあ、土地自体の問題だとすればどうしようもない。
「まあ、今伊藤さんも調べ途中ですからね。その報告も待ちながらとりあえず探しましょう。もう少し休んでからまた歩き出しますか」
彼はそう言ってポッキーの袋に手を伸ばした。いつのまにかもう一袋完食していたらしい。私はキャリーケースから新たにいくつか箱を取り出しどさどさっと床に散らばらせる。
「はい、他にも味ありますよ」
「さすがですね。ポッキーの管理が完璧です」
「だって九条さんそれないと仕事できないでしょう」
「できませんね、睡眠など取れなくても少しの間なら困りませんが、ポッキーがないと一日で参ります」
「禁断症状はどんなものが出るんですか」
「泣いていじけて床に横たわったまま動きません」
ついお水を吹き出しそうになってしまう。何とかそれだけは防ぎながらも、私は笑い声を抑えきれず大声を漏らしてしまった。
「く、九条さんがそんなことしてる姿想像つきません!」
「そうですか。男なんてそんなもんですよ、子供と一緒です」
私はお腹を抱えて笑う。九条さんがいじけて床に横たわってる姿を想像する。見てみたい、今度わざとポッキー忘れてやろうかな。
九条さんが私の顔を見てズバリ言った。
「今見てみたいからポッキーを禁止しようと思いましたね?」
「あは、ばれました?」
「そんなことをすればただでは済まないですよ、あなたの仮眠中に額に油性マジックでウンコ描きます」
「仕返し小学生じゃないですか」
さては事務所で言った私の発言を気に入ってるな? やめてほしい、それぐらい床は雑菌まみれですよって言いたかっただけなんだから。
私はまたいくらか笑いながらようやく落ち着きを取り戻す。目尻に出た涙を軽く拭き取ると、九条さんに言った。
「大丈夫です、もう一年も一緒にやってるんですから。九条さんがポッキーなしじゃ生きられないことぐらし知ってますよ。今後もちゃんとポッキー管理しますね」
「……さすがです」
「ふう、思い切り笑った。あ、そうだ、スマホの充電が少なくなってるんだった。ちょっとコンセントを拝借して……」
充電器を取り出し辺りを見回す。部屋の隅に発見し、そちらに向かって立ち上がろうと体を持ち上げた時だった。突然、頭痛を覚えそうな程の悲鳴が響き渡ったのだ。
驚きで体を停止させた。耳をつんざくような高い悲鳴。間違いなく女性が力の限り叫んでいる声だ。
目の前の九条さんも聞こえたのかハッとした顔つきになる。その悲鳴はどこか遠くで起こっているものではなく、すぐ近くで発せられたようだった。間違いなく、この部屋内で。
次の瞬間、地面が揺れた。地震とはまるで違う揺れだ。何かが強く衝突してきたような衝撃で、マンションの壁が吹き飛んだのかと思った。それと同時に突風を感じた。体を真っ直ぐ保っていられないほどの勢いに、私はついにバランスを崩し九条さんに向かって倒れ込んだ。
すぐにわかった。信也が言っていた揺れのことだと。
顔を上げて辺りを見るが、部屋のどこにも変わった様子はない。壁はちゃんとあるし、いつのまにか女性の悲鳴も消えている。狭い寝室は、あっという間に沈黙の部屋へと変貌していた。一瞬の出来事に唖然とする。
部屋が揺れる、って言ってたけど、想像以上のものだった。どこかで爆発でも起こったのかと勘違いしてしまう。これだけの揺れが起こったなら、普通他の住民も大騒ぎしているはずだ。信也と高橋さんは感じているようだが、きっと気づいていない住民もいる。間違いなく霊障だろう。
「光さん大丈夫ですか」
「え? はっ! す、すみません!」
下から声がきて見下ろすと、黒い瞳がこちらを見上げているのに気がつく。衝撃のせいで九条さんの上に倒れ込んだのを忘れていた。慌てて彼の上からどく。
「すみません、すみません! 上から倒れちゃって……九条さんどこかぶってないですか?」
「別に大丈夫ですよ。それにしても、想像以上の揺れでしたね。これが頻繁に起こるのでは住んでいる者は参ってしまうでしょう」
「あの、悲鳴聞こえました?」
「はい、聞こえましたよ。女性の声でした。それと名前らしきものを呼んでいましたね」
「え!」
私はただ女の人が叫ぶ声しか聞こえなかった。だが、霊と会話するのが得意な九条さんには違うように聞こえたのだろうか。
彼は思い出すようにポツリと言った。
「『まこと』……」
「まこと?」
「ひどい声なのでうまく聞き取れませんでしたが、そう言ってるように聞こえました」
女性の叫び声、それとまことという名前。一体なぜその女性はあんな声を上げたのだろうか。悲しみと絶望と驚きを、全て兼ね備えているような悲痛な声だった。
すると、部屋をノックする音が響いた。返事をするより前に、慌てた様子で扉が開かれた。
「すみません! 今揺れたと思うんですが、どうですか?」
信也だった。リビングにいる彼も揺れを感じたようだ。二人で頷く。
「ええ、盛大に揺れましたね。それと女性の叫び声も。原さん、叫んだのは初めてなのですか」
「え? 声なんて聞こえました? 俺は揺れを感じただけですけど……」
キョトン、として言った言葉を聞いて、なるほど信也には聞こえていなかったのだと知る。多分鈍感な方である彼は揺れを感じるぐらいしか出来ないのだ。
九条さんは説明する。
「我々には女性の悲鳴らしき声も聞こえました。それと同時にまこと、という名を呼ぶ声も」
「まこと、ですか?」
「心当たりはありませんか?」
「いいえ。知り合いにそんな名前の人はいません」
「そうですか。あの揺れは原さんがおっしゃっていたように、地震などではありませんね。マンションに車でも突っ込んできたのかと思いましたよ。恐らく霊障だと私は思っています」
「霊障、ですか……」
どこか複雑そうな顔をする。多分、霊障だなんて信じられない、でも他で説明がつかない状況に戸惑っているんだろう。
九条さんは少し考え込み、私に言った。
「伊藤さんにもこのまことの件は報告して結果を期待しましょう。光さん、今度はもう一度階段やエレベーターに行きます」
「はいわかりました」
「と、その前に私はトイレを拝借しますね」
「どうぞ、目の前の扉です」
九条さんは立ち上がり、部屋から出ていった。私は床に置きっぱなしのポッキーたちや飲み物を一度簡単にまとめておこうと手を伸ばす。すると背中に、控えめな声がした。
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