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待ち合わせ
調査開始
しおりを挟む九条さんと二人車に揺られ、目的地を目指す。新しい依頼を受けるときはいつも少しは緊張するものだが、今日はまた別の緊張がある。
別に仕事なのだから、割り切って対応すればいい、とわかってはいるのだが、恋愛経験も少ない自分は元彼とどう接していいかもよくわからない。
隣でハンドルを握る九条さんはとくに何をいうこともなく、いつも通り無言で安全運転を遂行していた。この調査が早く終わってくれることを心で祈る。
しばらく時間をかけて目的地の周辺まで近づいてきた。なるほど、伊藤さんが言っていたように開発が進んでいる場所らしい、古い道や店並と対照的に、新しく綺麗なマンションや飲食店なども立ち並んでいる。工事中のところもよく見られた、きっとこれからもっと栄えていくのだろう。
道路も真新しく白線が眩しいほど白い。途中商業施設の隣を通り、伊藤さんが言っていたやつだなと思って眺めた。車通りもそこそこ多い。
そこから少し進んだところに見えて来たのは信也が住むというマンションだった。五階建てのようだ。新築ということもありデザインも近代的で綺麗だ。隣も似たマンション、向かいは家族向けと思われるアパートが建っている。
近くにあった駐車場に車を停め、九条さんと外へ出た。高いマンションを見上げてみるも、今のところ嫌な気などは何も感じない。
ごくごく普通の空気。
「三階だそうですよ、行きましょうか」
九条さんの声掛けに頷いて歩き出す。
エントランスにたどり着きインターホンを鳴らす。くぐもった信也の返事があり、ロックが解除されてエレベーターへ向かう。そういえば、エレベーターに女の霊がいたって目撃情報あったっけ。
九条さんも同じことを思い出したのか、ボタンを押してキョロキョロと辺りを見回した。
「今のところ何も感じませんが……光さんはどうですか」
「私もです。話によると、女性の霊と子供の霊の目撃でしたよね」
「ええ。まあ、たまたま通りがかった霊なのか常在する霊なのかまだわかりませんけどね。それより、原さんが経験したという衝撃が気になります。あれは隣人も体験したといってましたね」
「ああ……部屋が揺れるような感覚、というやつですか」
ポン、と高い音がしてエレベーターが到着する。恐る恐るそれにのりこんでみるも中には何もいなかった。三のボタンを押して扉を閉める。
「もし物理的に原因があるとしたら、お隣さんと感じた時間が違ってるっていうのは不思議ですもんねえ」
「その通りです」
上昇していく箱はすぐに目的の場所に到着した。私たちはそこから降り、左右を見渡す。別段不思議なことは何もない、綺麗な廊下だ。真新しい黒い扉が静かに連なっている。
信也の部屋の前まで辿り着きインターホンを鳴らす。ここまできて、少し緊張した。仕事なのだからプライベートな感情は置き去りにしなくてはならないというのに。
扉はすぐに開いた。信也は私と九条さんに頭を下げる。私をちらりと見ると、合った視線に気まずさを感じる。そのまま中へ入り案内された。
1LDKということだった。リビングは結構広々している。さすが新築だ、何から何までピカピカだ。九条さんはぐるりと見渡すと言った。
「一度全ての部屋をチェックしてもよろしいですか」
「はいどうぞ」
「では失礼します」
彼は遠慮なく部屋の中を確認し出す。私は洗面所に行こうと思い、リビングのすぐ隣にある扉を開けた。おしゃれな洗面台や風呂場が見える。じっと隅から隅まで見てみるが、変なものは見えないし感じない。
全て見終わりリビングへ戻ると九条さんが私を見た。目線でお互い何も見つけられなかったことを悟る。
信也が言った。
「俺は調査中リビングで寝ようと思って……寝室の方をお二人の控えにしてもらっていいんで」
「分かりました。早速録画してもよろしいですか」
「はい、それで分かるなら」
彼はずっと固い表情のまま話す。どこか感じた。おそらく、彼は私たちの調査に疑心暗鬼だ。そりゃなあ、私の視える力を信じられなかったぐらいだ、多分本当に霊なんて存在するのかどうか疑ってるだろう。
仕方ない、と思う。信也は見えない人だし、部屋が揺れたり妙な気分になるのも、霊障だとは信じきれないだろうから。
二人で車に積んでいた機材たちを運び入れる。本格的なそれに、信也は驚いたように目を丸くした。私たちは黙々と部屋に録画の設定をしていく。
もはや慣れた流れを素早く行っていると、背後から遠慮がちな信也の声がした。
「何ていうか……本格的なんですね」
「ええ、霊は高性能なカメラにうつることもよくあるので。勿論百パーセント上手くいくとは限りませんけどね。ですが、お隣の高橋さんが目撃したのはエレベーターや非常階段でしたね。さすがに許可もなくそこらは撮影できないので、どうしたものか……他に多くの住民がいるとなれば管理会社もうんとは言いませんからね」
九条さんは考えながら答える。私は持っていたコードを繋げながら九条さんに言った。
「あとで高橋さんとやらにも話を聞いてみますか」
「そうですね。原さん、可能なら高橋さんにアポをとっていただけますか」
「あ、はい分かりました……」
彼はポケットに入っていたスマホを取り出してどこかに連絡をし始める。その間に録画のセッティングが終了した私たちは立ち上がり、九条さんが言った。
「光さん、マンション内も見にいきましょう」
「はい」
私たちはそのまま部屋を出、マンションの探索を始めた。
目撃情報があったのはエレベーターと階段前ということだった。エレベーターはくる時も使用したが、特に何も見つけられていない。階段はまだ見ていないが、一体何階の話か聞いていなかった。だが三階の住民が見たというなら、三階か一階の階段だろう。
まず私たちは三階階段へ移動してみる。部屋が並ぶ一番端に、他とは違う色のドアがあった。銀色のそれはしっかり閉じられており、重いドアだった。大体の人はエレベーターを使うので、階段はあまり使われないのかもしれない。
私たちがそこへ足を踏み入れると、あまり光が入り込まない階段がひっそりとあった。一応上の方に窓はあるのだが、日当たりの問題なのかなんなのか、階段は結構暗い。白い蛍光灯が光っている。
背後でドアが閉まる音が大きく響いてびくっと反応してしまう。なんかやだな、ここ。他はあんなにおしゃれで綺麗なのに、ここだけやたら暗い。
「降りましょう」
「は、はい」
私たちはゆっくり階段を降り始めた。少ない足音がやたら寂しげに響き渡る。無駄に回りを見渡す。
なんか、感じる。悲しい気みたいなものを。
姿は見えないが、自分の皮膚にじわじわと伝わる悲痛な空気が痛い。ここにいると私の心も一緒に落ち込んでしまいそう。
「九条さん、何も見えないんですけどね、でもなんか悲しいものを感じます。泣いてしまいそう」
「ええ、私も感じます。非常に分かりやすい悲しみの気です」
彼も少し眉を顰めて言った。やっぱり九条さんも感じているらしい。
一体どんな人がここにいるんだろうか、何をそんなに悲しんでいるんだろうか。死んでもなお悩んでいるその原因は何だろう。
足を降ろしたとき、それが最後の段差だった。私たちは一階に到着していたのだ。じっと周りを見てもまだ姿は見えない。見知らぬ私たちに警戒しているのかもしれない。
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