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待ち合わせ
懐かしい顔
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私は買ってきたつみれが入っているお鍋を頬張り、作り笑いではなく本物の笑みを漏らした。お腹と共に心まで満たされながら言った。
「いいんです。伊藤さんと九条さんがいるから、他の人になんて言われようとかまいませんから」
伊藤さんはそれを聞いて、なぜかちょっと困ったように視線を泳がせて息を吐いた。豆腐を食べながら話を逸らすように言った。
「でもじゃあ、一人じゃなくてよかったね。九条さんがいたんだし」
「そうですね、私だけだったら捕まって根掘り葉掘り色々聞かれてたかもしれません。九条さんがいてくれてよかったです」
本音を言うと、今までろくに人と信頼関係を作れなかった私の隣に仲間がいるのを聡美に見せれたのはよかったと思う。彼女は私を『霊が視えると嘘をついて周りの気を引こうとしている可哀想な子』と思っているらしいから。
彼氏というのは嘘だけど、私の能力を知った上で信頼してくれているというのは嘘じゃない。九条さんがああ言ってくれたの、嬉しかったな、なんて……。
湯気の立つ熱々の具材に息を吹きかけ口の中に入れる。三人で鍋をつつきながら黙々と食事を続けていると、九条さんが突然言った。
「以前も聞いたことありますが似てませんね」
「ああ、聡美とですか? それ小さい頃からよく言われました。成長すると特にそう思いますよね、全くタイプが違うんです」
苦笑いをしながら答える。
「聡美は昔から誰にでも人懐こくて明るいし美人ですし。私はいつも端っこにいるようなタイプだから」
「それ前も聞いたことあるけどさ。光ちゃんって普通に明るいし可愛いよ」
「ぶひぇ!? ぜ、全然ですよ!」
「ぶひぇ、ってすごい声だね」
伊藤さんは少し笑う。褒められることに慣れていない私は顔を熱くさせながら咳払いをした。
お世辞だって分かってる、でも照れてしまう。こう言う時スマートに受け流せる大人な女性になりたいとつくづく思う。麗香さんとか聡美とか、サラリとお礼言うんだろうな。
私は話を逸らすように食べながら言う。
「ほんとこれ美味しいですね伊藤さん! やっぱり料理もできるんですね」
「ええ、切って入れるだけだもん。でも美味しいならよかった。締めはご飯あるから雑炊しようね!」
「完璧ですね!」
三人で温まりながら鍋を頂いた。一人で食べるよりも何十倍も美味しくてお腹が満たされる気がする、不思議な食事だった。その日感じた戸惑いや寂しさが緩和され、思ったより自分が冷静であることに安心した。
頭の片隅に、ちらりと聡美の顔が浮かぶ。
一年前からまるで変わらないその姿に、元気そうでよかった、とだけ思った。
それから三日後のこと。
前日にはある依頼を解決させていた。なんとも楽なもので、一日で解決させられた案件だった。この仕事は楽な時と大変な時の差が激しく、毎回こんな感じならいいのにと心から思う。きつい時は何日も泊まり込み、体重も激減するほどのこともあるのだ。
穏やかな昼下がりだった。天気も良く温かな太陽の光が差し込んでいる。眩しさに目を細めながらブラインドを調整した。
報告書を作っている伊藤さんと昼寝している九条さん、事務所のファイルを整理している私の元に突然ノックの音が響いた。寝ている男を置いて、私と伊藤さんは目を合わせる。
「飛び入りの依頼かな?」
「でしょうか。アポないですもんね」
私が出ようと動いたより先に、扉から近かった伊藤さんの方が早く出た。返事をしつつそのドアを勢いよく開く。
「はい、どうも!」
伊藤さんがにこやかにそう言った背中の向こうに、ちらりとある人の顔が見えた。その瞬間、私は持っていたファイルを派手に床に落とすことになる。大きな音が事務所中に響き、そのせいかそれとも何か空気を感じ取ったのか、九条さんが目を覚ました。
立っていたのは聡美だった。私は落ちたものたちを拾うこともせずに、ただ全身を停止させて彼女を見つめる。
伊藤さんもこちらを振り返り、私の様子に表情を固める。勘のいい彼なら、察しがついたのかもしれない。
「こんにちは! ちょっとお話伺いたいんですけど」
彼女はにっこりと笑った。何を考えているのか分からないその笑顔にただただ戸惑う。
一体何しにここに? そもそもどうしてここが?
九条さんがのそりとソファから起き上がる。誰も言葉を発していないが、聡美はそのまま事務所に足を踏み入れた。そこで彼女の後ろにもう一人男性が立っていることに気がつく。すでに頭が真っ白だった私はそこでさらにトドメを刺されることになる。
短髪の黒髪に涼しげな奥二重。やや気まずそうに現れた彼は、私が以前心から好きになった人だった。
「……信也?」
「いいんです。伊藤さんと九条さんがいるから、他の人になんて言われようとかまいませんから」
伊藤さんはそれを聞いて、なぜかちょっと困ったように視線を泳がせて息を吐いた。豆腐を食べながら話を逸らすように言った。
「でもじゃあ、一人じゃなくてよかったね。九条さんがいたんだし」
「そうですね、私だけだったら捕まって根掘り葉掘り色々聞かれてたかもしれません。九条さんがいてくれてよかったです」
本音を言うと、今までろくに人と信頼関係を作れなかった私の隣に仲間がいるのを聡美に見せれたのはよかったと思う。彼女は私を『霊が視えると嘘をついて周りの気を引こうとしている可哀想な子』と思っているらしいから。
彼氏というのは嘘だけど、私の能力を知った上で信頼してくれているというのは嘘じゃない。九条さんがああ言ってくれたの、嬉しかったな、なんて……。
湯気の立つ熱々の具材に息を吹きかけ口の中に入れる。三人で鍋をつつきながら黙々と食事を続けていると、九条さんが突然言った。
「以前も聞いたことありますが似てませんね」
「ああ、聡美とですか? それ小さい頃からよく言われました。成長すると特にそう思いますよね、全くタイプが違うんです」
苦笑いをしながら答える。
「聡美は昔から誰にでも人懐こくて明るいし美人ですし。私はいつも端っこにいるようなタイプだから」
「それ前も聞いたことあるけどさ。光ちゃんって普通に明るいし可愛いよ」
「ぶひぇ!? ぜ、全然ですよ!」
「ぶひぇ、ってすごい声だね」
伊藤さんは少し笑う。褒められることに慣れていない私は顔を熱くさせながら咳払いをした。
お世辞だって分かってる、でも照れてしまう。こう言う時スマートに受け流せる大人な女性になりたいとつくづく思う。麗香さんとか聡美とか、サラリとお礼言うんだろうな。
私は話を逸らすように食べながら言う。
「ほんとこれ美味しいですね伊藤さん! やっぱり料理もできるんですね」
「ええ、切って入れるだけだもん。でも美味しいならよかった。締めはご飯あるから雑炊しようね!」
「完璧ですね!」
三人で温まりながら鍋を頂いた。一人で食べるよりも何十倍も美味しくてお腹が満たされる気がする、不思議な食事だった。その日感じた戸惑いや寂しさが緩和され、思ったより自分が冷静であることに安心した。
頭の片隅に、ちらりと聡美の顔が浮かぶ。
一年前からまるで変わらないその姿に、元気そうでよかった、とだけ思った。
それから三日後のこと。
前日にはある依頼を解決させていた。なんとも楽なもので、一日で解決させられた案件だった。この仕事は楽な時と大変な時の差が激しく、毎回こんな感じならいいのにと心から思う。きつい時は何日も泊まり込み、体重も激減するほどのこともあるのだ。
穏やかな昼下がりだった。天気も良く温かな太陽の光が差し込んでいる。眩しさに目を細めながらブラインドを調整した。
報告書を作っている伊藤さんと昼寝している九条さん、事務所のファイルを整理している私の元に突然ノックの音が響いた。寝ている男を置いて、私と伊藤さんは目を合わせる。
「飛び入りの依頼かな?」
「でしょうか。アポないですもんね」
私が出ようと動いたより先に、扉から近かった伊藤さんの方が早く出た。返事をしつつそのドアを勢いよく開く。
「はい、どうも!」
伊藤さんがにこやかにそう言った背中の向こうに、ちらりとある人の顔が見えた。その瞬間、私は持っていたファイルを派手に床に落とすことになる。大きな音が事務所中に響き、そのせいかそれとも何か空気を感じ取ったのか、九条さんが目を覚ました。
立っていたのは聡美だった。私は落ちたものたちを拾うこともせずに、ただ全身を停止させて彼女を見つめる。
伊藤さんもこちらを振り返り、私の様子に表情を固める。勘のいい彼なら、察しがついたのかもしれない。
「こんにちは! ちょっとお話伺いたいんですけど」
彼女はにっこりと笑った。何を考えているのか分からないその笑顔にただただ戸惑う。
一体何しにここに? そもそもどうしてここが?
九条さんがのそりとソファから起き上がる。誰も言葉を発していないが、聡美はそのまま事務所に足を踏み入れた。そこで彼女の後ろにもう一人男性が立っていることに気がつく。すでに頭が真っ白だった私はそこでさらにトドメを刺されることになる。
短髪の黒髪に涼しげな奥二重。やや気まずそうに現れた彼は、私が以前心から好きになった人だった。
「……信也?」
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