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家族の一員
小話9
しおりを挟む「九条さん九条さん」
私は事務所でぼうっとテレビを眺めている九条さんに声をかけた。調査のない今、暇を持て余している私は、ちょっと聞いてみたくなったのだ。
隣のデスクでは伊藤さんもお茶を飲んで休憩している。穏やかな昼下がり、平和な事務所。ふと頭に思い浮かんだ質問をそのまま投げる。
「九条さんって誕生日11月11日だったりします?」
「安直にもほどがあります」
彼は呆れたように言った。なんだ、違うのか。私は残念に思う。
もしそうだったらそれこそ漫画の登場人物みたいで面白いなって思ったんだけど。やはり現実はうまくいかないらしい。
「流石に違いましたか……そうだったらいいのにって思ったんですけど」
「そうですね、あまりにも安易すぎます」
彼はそう息を吐く。まあ、確かにね。そんな奇跡起きませんよね。私も少し反省しながら彼の答えを待った。
「2月14日です」
「めっちゃ安易じゃないですか」
まさかのバレンタイン!!? 私はつい大声で吹き出した。甘党男の誕生日としてふさわしすぎるじゃないか、こんなことってある!? そういう星に生まれてるの九条さん?
近くでお茶を飲んでいた伊藤さんまでもが一緒に笑ってくれる。
「凄いよね、バレンタインと誕生日プレゼント一度にポッキーで済ませれちゃうよね」
「だ、だめですツボです、九条さん誕生日バレンタインって……!」
私はお腹を抱えて笑い続ける。息が苦しくなるほどだった。目から涙が出て止まらない。
九条さんは何をそんなに笑ってるんだ、と不思議そうに私をみてくる。こんなの笑わない人なんていないよ、絶対にすべらない話じゃん。
何分か笑い続け、ようやく息が落ち着いてくる。こんなに笑ったのどれくらいぶりだろう、一年分くらい笑ったかも。
私は一旦呼吸を落ち着ける。まだ思い出して笑いそうになるのを必死に堪えて、今度は隣に座る伊藤さんに話しかけた。とりあえず気を紛らわさなければ、まだ笑ってしまいそうなのだ。
「伊藤さんは誕生日いつなんですか?」
すると彼はにっこり笑って、あの人懐こい顔で答えてくれた。
「12月25日だよ」
私の腹筋は崩壊した。
甘党九条さんがバレンタイン生まれで、私が神と崇めている伊藤さんがクリスマス生まれだなんて。聖なる日に生まれたとか! こんな面白い話有り得ない。机に突っ伏してひーひーいいながら笑ってしまう。
伊藤さんはやや困惑したように呟く。
「ひ、光ちゃん、そんなに笑うとこ……?」
「だだ、だって、ばれ、バレンタインとクリスマス……! 二人ともっ、漫画みたいな誕生日すぎて! こん、こんなことあります? ま、お腹痛い」
伊藤さんまでもがこんな結末だとは、誰が想像しただろう。事務所に私一人の笑い声が響き渡る。九条さんたちは何も言葉を発さず黙っていた。
もうどれほど一人で笑っていたのだろうか、ようやく笑いの沼から脱出できた私は、引き攣ってしまった頬の筋肉を手で撫でながら顔をあげた。
ソファから九条さんが呆れたようにみてくる。
「そこまで笑うとは思っていませんでした」
「すみません、3年分くらい笑っちゃった」
「普段からもっと笑うべきですね」
「九条さんにだけは言われたくありません」
私は咳払いをして手元のお茶を飲んだ。でもうん、二人の誕生日を聞けてよかった。冬はこれからだし、日頃の感謝の気持ちを込めて何か贈ろうかな。九条さん……はポッキー詰め合わせでいいや、伊藤さんは何にしよう。
私が一人考えていると、隣に座る伊藤さんがにっこり笑って九条さんに言った。
「かなりウケたみたいでよかったですね、九条さん」
彼のその言葉が何となく引っかかった私は、二人の顔を交互に見る。九条さんはゆっくり口角を吊り上げると、こう言う。
「冗談ですよ」
「…………えっ」
私は無言で伊藤さんの顔も見る。彼も、悪戯っぽく笑って返してくれた。
(……からかわれた)
私は一人しおしおと小さく萎んだ。くそう、華麗に騙されて一人何分も爆笑しちゃった。悔しい。
九条さんは少し面白そうに言う。
「まさか信じるとは思っておらず」
「し、信じちゃいますよ……! 伊藤さんまで!」
「あはは、ごめん、九条さんのバレンタインが凄くウケてたから僕も乗っちゃった」
「もう……」
「てゆうかほんと信じないと思ったんだけど」
恥ずかしい。私は両手で顔を覆う。そりゃそうか、そんな偶然あるわけない。なんで気づけなかったんだろう。でもだって、この二人ならありえるかと思っちゃった。
顔を赤くして困っている私に、思い出したように九条さんが言った。
「光さんはいつなんですか」
「……何も面白いこと思い浮かびません」
「面白い答えを期待してるのではなく本当の誕生日を聞いてるんです」
私は正直に小声でその日を告げる。自分がもっとキャラが濃ければ、ここでいい返答ができただろうに。そんな能力と特徴がないことが悔しい。
すると九条さんが振り返る。そして言った。
「ではその日はケーキでもみんなで食べましょうか」
「…………え」
ポカン、としている私をよそに、伊藤さんが楽しそうに同意した。
「賛成です! みんなで祝いましょうか。近くに美味しいケーキ屋あるんだよね」
温かく言ってくれる二人に、一瞬キョトンとしたがすぐに笑ってしまった。
誕生日に祝ってくれる職場なんてなかなかないよ。しかも二人とも男性なのに。それに伊藤さんはまだしも、九条さんが言い出すのは意外もいいとこ。
(……去年までは毎年、お母さんがケーキ買ってきてくれてたなあ)
チョコプレートには「お誕生日おめでとう 光ちゃん」だなんて。もういい大人だからなんだか恥ずかしいって言ったのが懐かしい。
今年からは一人かと思ってたよ。でも、そうじゃないのかな。
「……ありがとうございます」
「いいね~女の子がいるとそういうシーンも華やかで! 僕と九条さんが二人きりでやってたらちょっと怪しい関係かと思われるよね?」
「あは! それはそれで面白いです。喜ぶ読者もいそう」
「読者?」
私たちは笑った。
事務所に笑い声が響く。なんてことない日常会話。この上なく幸せな会話。
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