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家族の一員
無自覚で罪な人
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「九条さんのお家ってすっごく綺麗だったけど、あんまりにも生活感なくて……簡単な料理でもしようとしたら、炊飯器もフライパンもないんですよ? 色々不便でした」
「僕も部屋の中に入ったのは初めてだったからびっくりしたなー。綺麗なのは意外だったよ、事務所ではポッキーの袋適当に置いとくくせに」
「同感です」
「炊飯器ないのは笑えるね。圧倒的に物がなかったよね。何がって言われたら分かんないけど何かが足りない」
腕を組んで考え込む伊藤さんになんだか笑ってしまう。そして私は思っていたことをそのまま告げた。
「伊藤さんのお部屋は想像つきます。いい感じに生活感もあって、絶対綺麗で。調理道具も結構ありそう」
「ええ? 結構散らかってるよー。料理も必要最低限だよ、肉と野菜を焼き肉のたれで焼くとか」
「あは、十分ですよ。でも伊藤さんの部屋が散らかってるなんて絶対大したことないと思います、いつもの仕事ぶり見てれば分かります」
彼が使うデスクの上はいつもスッキリして綺麗だ。調査内容をまとめた資料もしっかりファイリングされていて見やすいし、元々の性格が影響しているのは目に見えている。
伊藤さんは私の言葉を聞いて、何やら考え込むように天井を見上げた。そしてふいに、私に言ったのだ。
「じゃあ、今度は僕の家に来る?」
「…………え?」
来客用のソファ前にあるテーブルを拭いているところにそんな声が聞こえて、私は手を止めた。伊藤さんの方を見てみると、彼は私の方を見てわずかに口角を上げていた。
(え……い、伊藤さんのお家に??)
突然の提案に一瞬頭の中がぐるぐるになった。いや、仕事上仲良くしてもらってるし間違いなく深い意味はない。だって伊藤さんだもん、でもだからといって、
家、家、家にお邪魔を……? 一応私も女なのであって、それはよいのだろうか……?
どう答えていいのか分からなくなり目だけを泳がせていると、そんな私をみた伊藤さんがにっこり笑った。
「うん、今度九条さんと三人で飲んだりする?」
それを聞いた途端、私は自分の顔から火が出るかと思った。それぐらいぼっと熱くなる。変に一人で意識した自分が恥ずかしい、そうだよね、九条さんとってことか! 何を一人誘われたと思ったんだ私は。そりゃそうだ。私を一人招くなんて、伊藤さんはしないよね。
「は、はい! それ楽しそうですね」
「まあ九条さんの家みたく広くないんだけどね。仕事が落ち着いてる時にゆっくりやってみても楽しいかもね」
そういうと、伊藤さんは目の前のパソコンに視線を動かして何かを入力し出した。私も掃除に意識を戻し、なぜかドキドキしていた心臓を抑えるように必死に自分を言い聞かせた。無駄にテーブルをしっかり磨きながら心の中で呟く。
やだな、自意識過剰っていうんだこういうの。もう、普通に考えればわかることなのに。
そう自己嫌悪に陥っている時、事務所の扉が開いた。珍しく早い時間帯に出勤してきた九条さんだった。
「あ、おはようございます!」
彼は後頭部に派手な寝癖をつけたまま私をみる。相変わらず真っ黒なコートに白い服。ポケットに両手を突っ込んだまま私を見た。
「おはようございます。光さんゆっくりできましたか」
「はい! さっき伊藤さんにも言ったんですが、お二人のおかげでこうして無事でいられます。おやすみもありがとうございました!」
「いいえ。あなたには何の非もありませんよ」
そう言いながら大きくあくびをした九条さんは、ツカツカとソファに歩み寄ってくる。ここに寝転がるつもりだな、と思った私は彼のために少し場所をずれると、予想は外れて九条さんは横にはならなかった。
私の目の前に立ち、じっと上から下まで観察される。その視線に戸惑った。
「な、なんですか」
「随分やつれてたようですが、戻ったようで安心しました」
「私そんなに酷かったんですか……」
がくりと項垂れる。伊藤さんも言ってたもんな。まあ状況が状況なだけにしょうがないけど、あの鈍感な九条さんにまで言われるなんてよっぽどだったんじゃないか。自分では気づかなかった。
聞いていた伊藤さんが少し笑いながらいう。
「光ちゃんあの短期間で四キロも落ちてたんですって!」
「それは。頑張って食事は取っていたというのに、あの人形の負の力でしょうかね」
「あ、でもお二人に頂いた休みでもう元に戻っちゃいましたよ! いっぱい美味しいものも食べたので。せっかく痩せたんですけどねえ」
私は笑いながらそうふざけて言ってみるが、九条さんはキョトンとするように首を傾げる。
「せっかく痩せたのに、とは? 体重が戻ったのならよかったんじゃないですか」
「え。い、いやほら、ダイエットできたのにな、ってことですよ……」
まさか渾身の自虐ネタを解説させられるとは思っておらず、私は小声でボソボソと言った。なんで伝わらなかったの? ここ笑うところなんですけど。
それでも九条さんは納得してない様子で私の顔を覗き込む。
「あなたにダイエットなんて必要ないのでは」
「………え」
「今のままで十分なので、痩せたりする必要ないですよ。元に戻ってよかったですね」
そういうと、九条さんはようやくソファにゴロリと横になった。すぐに目を閉じて、夢の中へと入っていく。
(またこの人は。無意識に嬉しいこというのやめてよ、もう……)
絶対分かってないんだろうなあ。自分の言葉がどれだけ私を喜ばせているのか。こっちはいちいち気持ちが騒ぎまくって疲れてしまうというのに。
にやけそうになる顔を背けて必死に隠す。平然を装いながら掃除の続きを始めると、思い出したように九条さんがパチリと目を開けた。
「あ、そうでした」
「え?」
「今回迷惑かけたからと、上浦夫人から謝礼を頂いています。臨時ボーナスとして次回の給与に追加しますので」
一番に反応したのは伊藤さんだった。彼は素直にガッツポーズをして喜ぶ。
「やった、臨時ボーナス!」
「まあ、光さんはあれだけ大変な目に遭ったのでお金で解決させられるというのも心外かもしれませんが、もらえるものは貰っといてください」
「あ、はい、ありがとうございます……」
まあ、怖い思いをしたのは事実だし、伊藤さんも九条さんも睡眠時間削って働いてたし。臨時収入くらいあっていいのかも。
現金なものだがやっぱり嬉しい。何か贅沢をしてしまおうかな、なんて思いを馳せるのは楽しいものだ。
思えばここで働き出した頃は、本当にお金もなくて貧乏生活をしていたな。でも最近はだいぶ余裕も出来てきた。今までは嫌だったこの能力で生活をしているなんて、不思議だなあと思う。
(もうすぐ一年が経つのかあ……)
じっと事務所を見渡してしみじみ思う。ここに辿り着かなければ、私の人生どうなっていたんだろう。
今回、私のために情報を得てくれた伊藤さん、いつでもそばにいて支えてくれた九条さんは本当に感謝してもしきれない。
悲しみに埋もれていたあの頃の私に教えてあげたい。自分がピンチの時、必死に守ってくれる仲間にちゃんと出会えるんだよ、って。
「僕も部屋の中に入ったのは初めてだったからびっくりしたなー。綺麗なのは意外だったよ、事務所ではポッキーの袋適当に置いとくくせに」
「同感です」
「炊飯器ないのは笑えるね。圧倒的に物がなかったよね。何がって言われたら分かんないけど何かが足りない」
腕を組んで考え込む伊藤さんになんだか笑ってしまう。そして私は思っていたことをそのまま告げた。
「伊藤さんのお部屋は想像つきます。いい感じに生活感もあって、絶対綺麗で。調理道具も結構ありそう」
「ええ? 結構散らかってるよー。料理も必要最低限だよ、肉と野菜を焼き肉のたれで焼くとか」
「あは、十分ですよ。でも伊藤さんの部屋が散らかってるなんて絶対大したことないと思います、いつもの仕事ぶり見てれば分かります」
彼が使うデスクの上はいつもスッキリして綺麗だ。調査内容をまとめた資料もしっかりファイリングされていて見やすいし、元々の性格が影響しているのは目に見えている。
伊藤さんは私の言葉を聞いて、何やら考え込むように天井を見上げた。そしてふいに、私に言ったのだ。
「じゃあ、今度は僕の家に来る?」
「…………え?」
来客用のソファ前にあるテーブルを拭いているところにそんな声が聞こえて、私は手を止めた。伊藤さんの方を見てみると、彼は私の方を見てわずかに口角を上げていた。
(え……い、伊藤さんのお家に??)
突然の提案に一瞬頭の中がぐるぐるになった。いや、仕事上仲良くしてもらってるし間違いなく深い意味はない。だって伊藤さんだもん、でもだからといって、
家、家、家にお邪魔を……? 一応私も女なのであって、それはよいのだろうか……?
どう答えていいのか分からなくなり目だけを泳がせていると、そんな私をみた伊藤さんがにっこり笑った。
「うん、今度九条さんと三人で飲んだりする?」
それを聞いた途端、私は自分の顔から火が出るかと思った。それぐらいぼっと熱くなる。変に一人で意識した自分が恥ずかしい、そうだよね、九条さんとってことか! 何を一人誘われたと思ったんだ私は。そりゃそうだ。私を一人招くなんて、伊藤さんはしないよね。
「は、はい! それ楽しそうですね」
「まあ九条さんの家みたく広くないんだけどね。仕事が落ち着いてる時にゆっくりやってみても楽しいかもね」
そういうと、伊藤さんは目の前のパソコンに視線を動かして何かを入力し出した。私も掃除に意識を戻し、なぜかドキドキしていた心臓を抑えるように必死に自分を言い聞かせた。無駄にテーブルをしっかり磨きながら心の中で呟く。
やだな、自意識過剰っていうんだこういうの。もう、普通に考えればわかることなのに。
そう自己嫌悪に陥っている時、事務所の扉が開いた。珍しく早い時間帯に出勤してきた九条さんだった。
「あ、おはようございます!」
彼は後頭部に派手な寝癖をつけたまま私をみる。相変わらず真っ黒なコートに白い服。ポケットに両手を突っ込んだまま私を見た。
「おはようございます。光さんゆっくりできましたか」
「はい! さっき伊藤さんにも言ったんですが、お二人のおかげでこうして無事でいられます。おやすみもありがとうございました!」
「いいえ。あなたには何の非もありませんよ」
そう言いながら大きくあくびをした九条さんは、ツカツカとソファに歩み寄ってくる。ここに寝転がるつもりだな、と思った私は彼のために少し場所をずれると、予想は外れて九条さんは横にはならなかった。
私の目の前に立ち、じっと上から下まで観察される。その視線に戸惑った。
「な、なんですか」
「随分やつれてたようですが、戻ったようで安心しました」
「私そんなに酷かったんですか……」
がくりと項垂れる。伊藤さんも言ってたもんな。まあ状況が状況なだけにしょうがないけど、あの鈍感な九条さんにまで言われるなんてよっぽどだったんじゃないか。自分では気づかなかった。
聞いていた伊藤さんが少し笑いながらいう。
「光ちゃんあの短期間で四キロも落ちてたんですって!」
「それは。頑張って食事は取っていたというのに、あの人形の負の力でしょうかね」
「あ、でもお二人に頂いた休みでもう元に戻っちゃいましたよ! いっぱい美味しいものも食べたので。せっかく痩せたんですけどねえ」
私は笑いながらそうふざけて言ってみるが、九条さんはキョトンとするように首を傾げる。
「せっかく痩せたのに、とは? 体重が戻ったのならよかったんじゃないですか」
「え。い、いやほら、ダイエットできたのにな、ってことですよ……」
まさか渾身の自虐ネタを解説させられるとは思っておらず、私は小声でボソボソと言った。なんで伝わらなかったの? ここ笑うところなんですけど。
それでも九条さんは納得してない様子で私の顔を覗き込む。
「あなたにダイエットなんて必要ないのでは」
「………え」
「今のままで十分なので、痩せたりする必要ないですよ。元に戻ってよかったですね」
そういうと、九条さんはようやくソファにゴロリと横になった。すぐに目を閉じて、夢の中へと入っていく。
(またこの人は。無意識に嬉しいこというのやめてよ、もう……)
絶対分かってないんだろうなあ。自分の言葉がどれだけ私を喜ばせているのか。こっちはいちいち気持ちが騒ぎまくって疲れてしまうというのに。
にやけそうになる顔を背けて必死に隠す。平然を装いながら掃除の続きを始めると、思い出したように九条さんがパチリと目を開けた。
「あ、そうでした」
「え?」
「今回迷惑かけたからと、上浦夫人から謝礼を頂いています。臨時ボーナスとして次回の給与に追加しますので」
一番に反応したのは伊藤さんだった。彼は素直にガッツポーズをして喜ぶ。
「やった、臨時ボーナス!」
「まあ、光さんはあれだけ大変な目に遭ったのでお金で解決させられるというのも心外かもしれませんが、もらえるものは貰っといてください」
「あ、はい、ありがとうございます……」
まあ、怖い思いをしたのは事実だし、伊藤さんも九条さんも睡眠時間削って働いてたし。臨時収入くらいあっていいのかも。
現金なものだがやっぱり嬉しい。何か贅沢をしてしまおうかな、なんて思いを馳せるのは楽しいものだ。
思えばここで働き出した頃は、本当にお金もなくて貧乏生活をしていたな。でも最近はだいぶ余裕も出来てきた。今までは嫌だったこの能力で生活をしているなんて、不思議だなあと思う。
(もうすぐ一年が経つのかあ……)
じっと事務所を見渡してしみじみ思う。ここに辿り着かなければ、私の人生どうなっていたんだろう。
今回、私のために情報を得てくれた伊藤さん、いつでもそばにいて支えてくれた九条さんは本当に感謝してもしきれない。
悲しみに埋もれていたあの頃の私に教えてあげたい。自分がピンチの時、必死に守ってくれる仲間にちゃんと出会えるんだよ、って。
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