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家族の一員
立ち上がる
しおりを挟む伸ばした腕をゆっくり下ろしながら、住職はワナワナと震える。私は写真を持って彼の元に近づいた。そして声を出す。
「私はこの人形に入ってる子に会いました。まだほんの五歳ほどの女の子です。エリさんには似ても似つかない子でした。住職にも奥さんも似ていません」
彼は何も答えない。ただ瞬きすらもせず目を見開き、その目から涙を浮かべていた。
九条さんが人形を彼に見せつけるように正面に置く。写真と並ぶようにして置かれたそれは、いつも微笑しているのに今日は笑っていないように見えた。
奥さんが慌てたように九条さんに尋ねた。
「む、娘じゃない? エリがここにいるんじゃないんですか!?」
「ええ全く違いますよ。住職はどこのものかも分からない霊を呼び出して人形に落としていたのです。彼の力でも、的確にエリさんをおろすのは難しかったんでしょうね。なんせ下ろすのは専門ではないですし。
もしエリさんが宿っていたのなら、本当の家族であるあなた方の所に戻るでしょう。でもこの子は戻らず光さんを新しい家族とした。家族ごっこが出来れば誰でもいいんです。
住職も気付いていたはずですよ。まあ、気付いた時にはもう手遅れだったのか」
私たちはじっと住職を見た。彼はすぐ前に置かれた黒髪の少女を見ていたが、今度は抱こうとはしなかった。人形は動きはしなかったが、私にはどこか抱いてほしい、と住職に訴え掛けているように感じる。気のせいなのか、それとも。
私は恐る恐る住職に声をかけてみる。
「お願いします。このままではあなたも私も、そしてこの子も苦しむだけです。力だけ持て余して家族を探し続けても、この子のそばにいては生きてる人間はマトモではいられない。この子は永遠に家族を見つけることはできないんです」
引き継ぐように九条さんが言う。
「住職。あなたはここに宿っている少女にも酷なことをしている。五歳ほどの年齢で恨みがないとなれば、元々は自分が死んだことに気づかず浮遊していただけの無害な霊だったんでしょう。時間が経てば行くべきところへ行けたはず。
それを無理矢理人形に宿し力を与え続けた。家族だ家族だと言い聞かせこの子にも執着心を植え付けた。自分の罪深さがわかりませんか?」
九条さんが言い終えた瞬間、住職は一気に涙を溢れかえさせた。腕で両目を抑えながら歯を食いしばっている。苦しそうな嗚咽が繰り返し響き、ああ彼はまだ全部狂っていたわけじゃなかったんだ、と再確認できた。
そんな彼を、人形はじっと見つめている。風もないのに切り揃えられた前髪が僅かに浮いた気がした。住職はしばらく雨のように涙をこぼし続け、次に腕を下ろした時には、どこか力強さを感じる眼光に思えた。涙で濡らした睫毛を揺らし、彼は掠れた声で話す。
「エリを亡くして……魂だけでもそばに置いておきたいと、自分勝手なことを思ってしもうたんです。九条さんのおっしゃる通り、一晩眠ることなく祈って人形に宿しました。直後は成功したと喜んだものです。エリをこれでもかと可愛がりました、我を失っていたのかもしれません。
ですがすぐに、エリの気とは違う者だと気がつきました。しかしもうその頃自分は生きてるのか死んでるのか、夢か現実かわからなくなっていた。狭間でただ狂い、妻に止められても聞かずにずっと人形を可愛がり続けた……」
九条さんが考えていた仮説は当たっていたようだった。聞いていた伊藤さんが悲痛な表情で俯く。私も胸が苦しくなり拳を強く握った。
大事な家族を亡くす悲しみは大きい。私の場合母を亡くしたが、きっと子供を失うとはまた違った痛みがあるんだろうと思う。それも交通事故という、相手の損失のせいで突然死んでしまった。直後は正常な判断ができなくなるのも仕方ないことかもしれないと思う。
彼がやったことは恐ろしく許されることではないけれど……もしかして、自分にそんな不思議な力があれば、世の親たちなら実行する人も多いんだろうか。
奥さんが住職に抱きつくような形で泣き喚く。二人の声がシンクロし静かな白い病室に吸い込まれていくように聞こえた。
しばらくして、九条さんが静かに口を開く。
「愛する者を失う悲しみははかり知れません、が、あなたがやったことは紛れもなく人として霊と向き合う者として最低です。
この子を眠らせてくれませんか」
その言葉を聞いて、住職さんが強く前を向いた。涙と鼻水で濡れた顔を病衣の袖で乱暴に拭き取ると、自分にしがみついていた奥さんに問う。
「数珠はあるか」
奥さんははっとした顔を持ち上げる。大きく頷くと、近くにある小さな棚を漁った。いくらか物音がしたあとそこから立派な数珠が取り出される。住職に手渡すと、彼は細い手でしっかりそれを受け取った。
「これを外してくれ」
トントンと自分の腹部を叩く。体幹ベルトのことだった。これも奥さんが床頭台の上に乗っていた何やら鍵らしきものを手に取り、ベルトを操作した。
体が解放された住職はその足をそっと地面におろす。爪が伸びた素足だった。立ち上がると同時に大きくふらついたののを奥さんが慌てて支える。九条さんもそれに手を貸すと、私に向かっていった。
「光さんは離れていてください。あなたにも何か害があるかもしれません」
「は、はい」
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