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家族の一員
これが真実
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「え……」
「他に除霊する方法? とっくに探しましたよ。でもあの人形はかなり厄介な相手でいろんな相手から断られています。
不思議ですね、人形自体は新しく昔からあるものとは言えない。さらにはあれを見た霊能者は口を揃えて『恨みなどは存在しない』と言っている。なのに力だけは異様に強い」
話を聞きながら、奥さんは俯いたまま、小さく震えている。付け加えるように伊藤さんが言った。
「有名なお寺とかに持っていったけどお手上げだったんですよ。得体が知れないって言われたらしいです。おかげで黒島さんは人形に憑かれて大変だったんですよ」
上浦さんがちらりと私を見た。今回ばかりは、私も愛想笑いすら浮かべられない。あの人形のせいでとんでもなく怖い目に遭ってきた。故意に置いていったと判明した今、流石に怒りでいっぱいだ。
九条さんはポケットに手を入れたまま、じっと住職の方を見た。視線の先には、市松人形を大事そうに掲げたり頭を撫でる男がいる。その目の輝きは異様なほどで、果たして今彼の脳内に何が起こっているのか恐ろしくて知りたくないとすら思った。
九条さんがポツリという。
「彼ほどの人が……残念ですね」
そう独り言を呟くと、ツカツカと住職の隣へと移動した。ベッドサイドに立った彼は、人形以外視界に入っていなさそうな住職に声を掛けた。
「ご無沙汰しております。九条です」
住職は口角を上げたまま見上げた。さっきも九条さんとは会話しているはずだが、住職は今気がついた、というように頷いた。
「ああ、九条さん。ご無沙汰しております」
少しだけ正気の彼が見えた気がした。どこか懐かしむように微笑み頭を少しだけ下げる。やや落ち着いた声色で返事をした住職は、中途半端に髪が伸びた頭を掻きながらいう。
「ええと、なんでここにいらしてるんだったかな、今私はちょっと手が離せなくてね、忙しいから」
「少し前にテレビ番組に出演したらしいですね」
お構いなしに九条さんが言葉を投げつける。住職は首を傾げてぼんやり考えたあと、ああ、と思い出したように頷いた。
「ええそうでしたね。ほんの少しですがね、まあよくある心霊番組で、それらしき人形を紹介させられて」
「あなたはその時こう言ったらしいですね。
『人形は一つ一つとちゃんと向き合って尊重して、しっかり声を聞く。一人の人間として扱うのがすごく大事』だと」
住職は目の前の人形をじっと見つめる。そして微笑しながら答えた。
「そうでしたかねえ。結構前のことですから。でも言ったんでしょうね。多くの人形と向き合ってきました、その数は負けない自信があります。彼らの声を聞くことが」
「あなたならわかっているはず。
一つ一つと向き合って尊重する、声を聞く。それは間違いなく大事なことです。あなたはそうやって人形と向き合ってきた。
ですが、人形を人間扱いするのは禁忌です」
ピタリと住職が止まる。じっと人形を見つめたまま微動だにしない。
私たちは黙って彼の様子を伺った。
勉強不足の私は知らなかったことだが、九条さんが言うように『曰くのある人形を人間扱いするのは一番やってはいけないこと』らしかった。
そう扱えば彼らは自分を人間だと思い込んでいく。自分がこの世のものではないということさえ忘れ、どんどん未練が残り消えることができなくなって力を増していく。
人形たちを尊重することは大事だが、あくまでこちらは毅然とした態度で相手をつけ上がらせてはならない。お前は死者で眠らなくてはならないということを説くのが大事なのだ。
それなのに、法閣寺の住職ともあろうものが真逆のことを言っている。
九条さん曰く決して彼が元から間違っていたわけではなく、あのテレビの収録をした時、住職はもう狂っていたんだろうとの見解だった。
「あなたほどの人がそんな基本的なことを間違ってしかも全国に広めるなど。確信しました、あなたはとっくにその人形に魅入られているんだとね」
住職の腕の中に大事に包まれている市松人形はじっとしている。彼は黙ってその黒髪を見つめていた。揺れることのない黒い瞳は、一体今何を見つめているのだろうか。
九条さんは動かない住職になお言葉をぶつけた。
「さてここで一番の疑問です。数多くの人形を扱ってきたあなたが、この人形相手に我を失うほど魅入られるというのはどうも納得がいきません。法閣寺の住職といえば、この仕事をしている者は知らない人はいない。私も腕はピカイチだと思っています。
となれば、考え方を変えてみる。『魅入られた』のではなく、『魅入られるように望んだ』」
そこまで言った九条さんはちらりと私の隣に立つ伊藤さんを見た。伊藤さんはそれに応えるように無言で持っていたカバンから一枚の写真を取り出し、住職に近づく。
そして彼の目の前にすっと、それを置いたのだ。
「調べたらすぐ分かりましたよ」
伊藤さんの言葉に住職が視線を下げる。写真を見た瞬間、目を見開いた。そこで慌てて割って入ったのは奥さんだった。置かれた写真を勢いよく手に取り住職に見えないよう体で隠す。
「こ、これは」
焦る奥さんに、九条さんが言った。
「三ヶ月前、娘さんを亡くしてるんですね」
奥さんは無言で答えなかった。唇を固く閉じ、ぶるぶると小刻みに震えている。
伊藤さんが調べてくれた内容だった。三ヶ月前、交通事故で二人は一人娘を亡くしている。見通しのよい交差点で、居眠りしていたトラックに突っ込まれたらしかった。娘さんは即死。運転手も逮捕されている。奥さんの手に挟まれた写真は、その娘さんが写っているものだった。
名前は上浦エリ、というそうだ。
何も反応がない二人に、九条さんが静かな声で言う。
「ここからは私の憶測です。一人娘を亡くし悲しんでいた住職は、やってはいけないことをしたのではないですか。
質の良い人形を手に入れて、そしてそこに……エリさんを、おろした」
奥さんは声を押し殺して泣き始めた。溢れ出る感情をなんとか抑えようとするように、息を止めながら泣いた。私はそんな光景を、離れた場所から見つめていた。
「他に除霊する方法? とっくに探しましたよ。でもあの人形はかなり厄介な相手でいろんな相手から断られています。
不思議ですね、人形自体は新しく昔からあるものとは言えない。さらにはあれを見た霊能者は口を揃えて『恨みなどは存在しない』と言っている。なのに力だけは異様に強い」
話を聞きながら、奥さんは俯いたまま、小さく震えている。付け加えるように伊藤さんが言った。
「有名なお寺とかに持っていったけどお手上げだったんですよ。得体が知れないって言われたらしいです。おかげで黒島さんは人形に憑かれて大変だったんですよ」
上浦さんがちらりと私を見た。今回ばかりは、私も愛想笑いすら浮かべられない。あの人形のせいでとんでもなく怖い目に遭ってきた。故意に置いていったと判明した今、流石に怒りでいっぱいだ。
九条さんはポケットに手を入れたまま、じっと住職の方を見た。視線の先には、市松人形を大事そうに掲げたり頭を撫でる男がいる。その目の輝きは異様なほどで、果たして今彼の脳内に何が起こっているのか恐ろしくて知りたくないとすら思った。
九条さんがポツリという。
「彼ほどの人が……残念ですね」
そう独り言を呟くと、ツカツカと住職の隣へと移動した。ベッドサイドに立った彼は、人形以外視界に入っていなさそうな住職に声を掛けた。
「ご無沙汰しております。九条です」
住職は口角を上げたまま見上げた。さっきも九条さんとは会話しているはずだが、住職は今気がついた、というように頷いた。
「ああ、九条さん。ご無沙汰しております」
少しだけ正気の彼が見えた気がした。どこか懐かしむように微笑み頭を少しだけ下げる。やや落ち着いた声色で返事をした住職は、中途半端に髪が伸びた頭を掻きながらいう。
「ええと、なんでここにいらしてるんだったかな、今私はちょっと手が離せなくてね、忙しいから」
「少し前にテレビ番組に出演したらしいですね」
お構いなしに九条さんが言葉を投げつける。住職は首を傾げてぼんやり考えたあと、ああ、と思い出したように頷いた。
「ええそうでしたね。ほんの少しですがね、まあよくある心霊番組で、それらしき人形を紹介させられて」
「あなたはその時こう言ったらしいですね。
『人形は一つ一つとちゃんと向き合って尊重して、しっかり声を聞く。一人の人間として扱うのがすごく大事』だと」
住職は目の前の人形をじっと見つめる。そして微笑しながら答えた。
「そうでしたかねえ。結構前のことですから。でも言ったんでしょうね。多くの人形と向き合ってきました、その数は負けない自信があります。彼らの声を聞くことが」
「あなたならわかっているはず。
一つ一つと向き合って尊重する、声を聞く。それは間違いなく大事なことです。あなたはそうやって人形と向き合ってきた。
ですが、人形を人間扱いするのは禁忌です」
ピタリと住職が止まる。じっと人形を見つめたまま微動だにしない。
私たちは黙って彼の様子を伺った。
勉強不足の私は知らなかったことだが、九条さんが言うように『曰くのある人形を人間扱いするのは一番やってはいけないこと』らしかった。
そう扱えば彼らは自分を人間だと思い込んでいく。自分がこの世のものではないということさえ忘れ、どんどん未練が残り消えることができなくなって力を増していく。
人形たちを尊重することは大事だが、あくまでこちらは毅然とした態度で相手をつけ上がらせてはならない。お前は死者で眠らなくてはならないということを説くのが大事なのだ。
それなのに、法閣寺の住職ともあろうものが真逆のことを言っている。
九条さん曰く決して彼が元から間違っていたわけではなく、あのテレビの収録をした時、住職はもう狂っていたんだろうとの見解だった。
「あなたほどの人がそんな基本的なことを間違ってしかも全国に広めるなど。確信しました、あなたはとっくにその人形に魅入られているんだとね」
住職の腕の中に大事に包まれている市松人形はじっとしている。彼は黙ってその黒髪を見つめていた。揺れることのない黒い瞳は、一体今何を見つめているのだろうか。
九条さんは動かない住職になお言葉をぶつけた。
「さてここで一番の疑問です。数多くの人形を扱ってきたあなたが、この人形相手に我を失うほど魅入られるというのはどうも納得がいきません。法閣寺の住職といえば、この仕事をしている者は知らない人はいない。私も腕はピカイチだと思っています。
となれば、考え方を変えてみる。『魅入られた』のではなく、『魅入られるように望んだ』」
そこまで言った九条さんはちらりと私の隣に立つ伊藤さんを見た。伊藤さんはそれに応えるように無言で持っていたカバンから一枚の写真を取り出し、住職に近づく。
そして彼の目の前にすっと、それを置いたのだ。
「調べたらすぐ分かりましたよ」
伊藤さんの言葉に住職が視線を下げる。写真を見た瞬間、目を見開いた。そこで慌てて割って入ったのは奥さんだった。置かれた写真を勢いよく手に取り住職に見えないよう体で隠す。
「こ、これは」
焦る奥さんに、九条さんが言った。
「三ヶ月前、娘さんを亡くしてるんですね」
奥さんは無言で答えなかった。唇を固く閉じ、ぶるぶると小刻みに震えている。
伊藤さんが調べてくれた内容だった。三ヶ月前、交通事故で二人は一人娘を亡くしている。見通しのよい交差点で、居眠りしていたトラックに突っ込まれたらしかった。娘さんは即死。運転手も逮捕されている。奥さんの手に挟まれた写真は、その娘さんが写っているものだった。
名前は上浦エリ、というそうだ。
何も反応がない二人に、九条さんが静かな声で言う。
「ここからは私の憶測です。一人娘を亡くし悲しんでいた住職は、やってはいけないことをしたのではないですか。
質の良い人形を手に入れて、そしてそこに……エリさんを、おろした」
奥さんは声を押し殺して泣き始めた。溢れ出る感情をなんとか抑えようとするように、息を止めながら泣いた。私はそんな光景を、離れた場所から見つめていた。
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