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家族の一員

隠し事

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 九条さんの運転する車が病院へと近づいていく。窓から見える真っ白な建物をじっと見つめながら、伊藤さんの優しい声掛けに返事をした。

 そこそこ大きな病院だった。駐車場は朝も早いと言うのに車が多く行き交っている。空いている場所を探し出しなんとか停めると、私たちはそこから降りた。人形は九条さんが無言で持ってくれた。

 伊藤さんがどこの病棟にいるかまで調べてくれていたので(相変わらずどうやってやってるんだろう)私たちは真っ直ぐそこを目指して歩いた。

 中もやはりすでに人でごった返している病院を三人で進みエレベーターに乗り込む。人に押されながら中へ入り込むと、ふと九条さんの持つ白い紙袋が目に入った。何か違和感を感じ、瞬きも失いながらそれを見つめる。

(……もぞもぞ動いてる……?)

 目を凝らしてみるがやはりそう見える。紙袋が揺れているとか誰かがぶつかっているとかではなく、中に見える黒髪がうねり、袋が蠢いているのだ。ほんの僅かな動きだが、明らかに生き物が動いているようだった。私がじっとそれを凝視している様子に気づいた九条さんが視線を落とすと、口を固く結んで紙袋をぎゅっと閉めた。

 落とさないように両手でしっかり持つ。しかししっかり閉じると更に中身が動いていることがはっきりわかってしまうのだ。

 私は目線を逸らして見ないふりをした。あと少しで辿り着く、こんなところでまた入られたり体を乗っ取られたらたまったもんじゃない。

 エレベーターが目的に着くと急いで飛び出した。無言でそのまま病棟に足を踏み入れ、ナースステーションに向かう。

 伊藤さんが看護師さんに声をかけた。

「すみません、上浦さんの面会に来たのですが」

 それを聞いた看護師さんはああ、と小さく声を漏らす。面会表に名前を書くように言われて伊藤さんが記入していると、看護師さんが困ったように言った。

「特に面会の制限はしてないのですが、もしかしたら面会が難しいかもしれません」

「え?」

「奥さんが付き添っていますけど、興奮することが多いので。興奮を助長させそうなら面会は中止していただくこともあります」

 私たちは顔を見合わせる。とりあえず看護師さんの話に同意したあと、言われた部屋番号まで向かう。それはナースステーションから近い個室だった。

「興奮、って言ってましたね」

 私が小声で九条さんに言うと、彼は頷く。

「そういった症状が出る病なのか……それとも違う原因なのか」

 ちらりと視線を下ろした。私も釣られてそちらを見ると、今はしんとして静かな袋がある。

 やや緊張した中病室に近づいてみると、中から何やら声が聞こえてくることに気がついた。伊藤さんが一足早く病室前まで行き、中の様子に耳を澄ませる。

「……だ、なぜ……を!」

「落ち着……そん……いで!」

 荒ぶっている声だった。一つは男性のもの、もう一つは女性のもの。伊藤さんと九条さんは私より前に立つと、躊躇いなく強めに部屋のノックをした。

 看護師さんとでも思ったのだろうか。中にいる女性はどこかすがるような声で返事を返してくれる。私たちは無言で扉を開けて中へ入った。

 その様子を見て息をのんだ。

 あまり広くない個室の中央にベッドが一つ。乱れた白い布団にはところどころ汚れがついていた。そしてその上に上半身だけ起こしてこちらをみる男性に、私は目を奪われる。

 病衣と思われる水色の甚平を来ているその人はげっそりと痩せ頬がこけている。ギラギラとした目は溢れんばかりに見開かれ、白目が赤く充血していた。剃られた髪と髭が中途半端に伸び、どこか不潔感さえ感じる。肌も色がくすんで健康的とはお世辞にも言えない状況だ。

 男は手足こそ縛られていないものの、よく見れば腹部全体を覆っている白い太いベルトが見えた。それはベッドに繋がっており、患者が一人で立ち上がらないよう抑制に使われるものだと瞬時にわかった。

(これが……あの住職さん?)

 唖然と見つめる。

 昨日動画で見た彼の面影は何一つ見当たらない。あの映像の中の彼はしっかりして厳かで、頼りになりそうな僧侶だった。

 この状況は何? 病でこうなっているの?

 声も出せない私に対し、一番に反応を見せたのは奥さんだった。こちらを見た途端ハッとした顔つきになり、青ざめる。頼りない声で彼の名前を呼んだ。

「く、九条さん……!」

 ワナワナと手を震わせ口を覆う。九条さんは奥さんを睨むようにして言った。

「おはようございます藤原さん、いえ……上浦さん」

 そう言って言葉をつづけようとした時だ。九条さんの声に被せるように、耳を塞ぎたくなるような大声が病室に響き渡った。

「おおーー! そ、それは、あんたが持ってるそれ!!」

 住職だ。目を爛々と輝かせ、九条さんが持つ紙袋を指差す。子供のような、それでいてどこか卑しい顔で見つめている。興奮したように鼻息を荒くしながら手を伸ばす彼に、九条さんは冷静に答えた。

「こちらですか」

「そう! それ! 私の大事なものなんだ、返してくれ!!」

 私はどうしようと九条さんを見上げたが、彼は何も躊躇わず紙袋を住職に渡した。奥さんは困ったようにオロオロしている。袋からあの市松人形を取り出した住職は高い声をあげて喜んだ。

「ああ~!! よかった、よかった! ずっと探していたんだ!」

 喜ぶ住職を、私たちは無言で見つめた。彼が正気でないことなんて分かりきっていた。でもこんなふうになってるなんて。もしかして私もいずれはこうなってたんだろうか。

 奥さんが静かにこちらに歩み寄り、強張った顔で告げた。

「あの、す、すみませんでした。人形を……」

 震える彼女をまるで気にせず九条さんは答える。

「ええ、随分と厄介な忘れ物をしてくれたものです。
 おかげさまでうちのスタッフも危ない目にあいましたよ」

 奥さんはびくっと体を反応させた。だがすぐに頭を下げながら、小声で言う。

「あの、見ての通りです。主人はあの人形の除霊に失敗しました。それであんな状況に……あなた方に無許可で託したのは本当に申し訳なかったと思っています、でも私は素人でどうしようもなくて。謝礼はしますので、どうか除霊する方法をかわりに探していただけませんか、私は主人の付き添いで手もあかなくて」

「上浦さん」

 九条さんの低い低い声が響く。怒りを抑えているような声だった。そんな九条さんの声を聞いて、上浦さんはびくんと体を跳ねさせた。それは悪さをした人間が誰かにバレてしまったような反応だった。

 彼はじっと奥さんをお見下ろし、淡々と言った。

「真実を隠したままで、除霊なんてできませんよ」
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