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家族の一員
間違いない二人
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濡れてしまったものはとりあえずビニール袋が入っていたのでそこに入れておく。もう少しも動きたくない自分はパジャマを取り出してそれに着替えておく。なるべく楽な格好がいい。
時間をかけながらなんとか着替え終えると、私はようやく二人に声をかけた。
「お待たせしました」
その声に伊藤さんたちが動く。伊藤さんはパジャマを着た私を小さく二度見したけど、何も言わなかった。そしてすぐに私の周りに置かれた濡れたバスタオルを手に取る。
「これ片付けちゃうね。あー髪も乾かさないとだけど、九条さんドライヤー持ってないんだよねえ……」
「あ、ドライヤーなら私が持ってきてて」
「そっか! よかった、乾かした方がいいよ」
彼の言う通り髪は水気を吸って重くなっている。乾かしたい気持ちは尤もだったが、今は腕を上げることすら辛そう。私は小さく首を振る。
「いいえ、今は……」
「今体調でも崩したらなお大変だよ。弱ってるところ突かれるかも。よければ貸して、僕やるから。触ってもいい?」
私に手を差し出して顔を覗き込んでくる伊藤さんを見て、再び自分の心に安堵感が広がった。よければ、って言った。触っていい? って聞いてくれた。
これが伊藤さんだ。
親切そうに見えて自分のやり方を押し通すあの夢の中とは違う。やっぱりここにいるのは本物だ。じんと感動してしまう。
「……お願いしてもいいですか」
私は小さな声で言った。普段ならそんなこと言えないけど、本当に体が辛くて弱っていた。私の返答を聞いて、彼は微笑んでドライヤーを使い始めた。
後頭部から優しい手付きで髪を触られながら温風を感じる。なんだか心地いいそれに揺られながらふと、目の前にあるテーブルが目に入った。
あの人形がこちらを見ていた。いつもと変わらない出立ちなのに、どこか冷たい目で私を見ているように感じる。どくんと心臓が鳴った瞬間、九条さんが無言で人形を反対側に向けてくれた。ほっと胸を撫で下ろす。
しばらくドライヤーの音だけが部屋に響いていた。ついうとうとしてしまいそうなのを必死に堪える。なんだか今日はよく寝ている気がする。
しっかり髪が乾いたところで伊藤さんがスイッチを切った。私は改めてお礼を言う。
「伊藤さんすみません、ありがとうございました」
「ううん、気にしないで。大変だったね」
全てが終わったところで、待ってましたと言わんばかりに九条さんがそばに歩み寄ってくる。そして目の前に腰掛け、私に尋ねた。
「どのように入られましたか」
真剣なその目に答えるように、私はしっかりした口調で説明した。
心霊番組を見ていたところ音声に異常が生じたこと。伊藤さんと九条さんが現れたけれど偽物だと気づいたこと。そこから抜け出したと思いきや再び夢の中で、覚めたくてもちっとも覚めず、ベランダから飛び降りたこと。
二人はじっと私の話を聞いてくれた。特にマンションから飛び降りたところでは、伊藤さんは顔を歪めて天井を仰ぎ、九条さんも小さく首を振った。
全てを説明し終えた頃、伊藤さんが温かいお茶を持ってきてくれたのを両手に包み飲んだ。冷えた体に染み渡るように感じ、泣いてしまいそうになる。
「私……マイナスなことも考えてなかったし、飛び降りなきゃ戻ってこられないなんてことも初めてだったんです。自分がどんどん狂ってくみたいで本当に怖くて、目が覚めても二人が本物か信じられなくて」
震える手でお茶を落とさないように握りしめる。涙が溢れてしまいそうなのをぐっと堪え前を向いた。
「二人は本物、ですよね」
私が聞くと同時に頷いた。分かりきった答えだったけど、頬が緩む。ビンタとドライヤーでそれを確認するなんてちょっとおかしいな。
伊藤さんが私に言う。
「本当に大変だったね……僕一回だけ入られたことあるから少し分かるけど、体力も気力も奪われるよね。今回はそれよりもっともっと凄かっただろうし、耐えた光ちゃんすごいよ」
「一度目の夢で偽物だと気付いたのも見事ですし、目が覚めないからと言ってマンションから飛び降りることなんて中々できません。それが現実ではないと分かっていてもです。さすがですね」
二人が優しい声で言ってくれたので、ついに私は涙を一粒こぼした。
ああ、ここだ。間違えてない。私が一番好きな場所はここなんだ。あの時勇気を振り絞ってよかった、あんな偽物の世界に慣れてしまわくてよかった。
流れた涙をしっかり拭き取り、私は前を向く。
「私は突然気を失ったんでしょうか?」
九条さんが頷く。
「スマホで何か動画を見ているのは知っていました。ですが突然ソファに倒れ込みました。眠っているとは明らかに違う形です。
呼びかけても揺さぶってもまるで起きない。これはいけないと思いなんとか起こそうと風呂に放り投げたんです」
想像通りだった。私の意識を取り戻そうとしてあの風呂攻撃とシャワー攻撃か。手段を選ばない九条さんらしい。
時間をかけながらなんとか着替え終えると、私はようやく二人に声をかけた。
「お待たせしました」
その声に伊藤さんたちが動く。伊藤さんはパジャマを着た私を小さく二度見したけど、何も言わなかった。そしてすぐに私の周りに置かれた濡れたバスタオルを手に取る。
「これ片付けちゃうね。あー髪も乾かさないとだけど、九条さんドライヤー持ってないんだよねえ……」
「あ、ドライヤーなら私が持ってきてて」
「そっか! よかった、乾かした方がいいよ」
彼の言う通り髪は水気を吸って重くなっている。乾かしたい気持ちは尤もだったが、今は腕を上げることすら辛そう。私は小さく首を振る。
「いいえ、今は……」
「今体調でも崩したらなお大変だよ。弱ってるところ突かれるかも。よければ貸して、僕やるから。触ってもいい?」
私に手を差し出して顔を覗き込んでくる伊藤さんを見て、再び自分の心に安堵感が広がった。よければ、って言った。触っていい? って聞いてくれた。
これが伊藤さんだ。
親切そうに見えて自分のやり方を押し通すあの夢の中とは違う。やっぱりここにいるのは本物だ。じんと感動してしまう。
「……お願いしてもいいですか」
私は小さな声で言った。普段ならそんなこと言えないけど、本当に体が辛くて弱っていた。私の返答を聞いて、彼は微笑んでドライヤーを使い始めた。
後頭部から優しい手付きで髪を触られながら温風を感じる。なんだか心地いいそれに揺られながらふと、目の前にあるテーブルが目に入った。
あの人形がこちらを見ていた。いつもと変わらない出立ちなのに、どこか冷たい目で私を見ているように感じる。どくんと心臓が鳴った瞬間、九条さんが無言で人形を反対側に向けてくれた。ほっと胸を撫で下ろす。
しばらくドライヤーの音だけが部屋に響いていた。ついうとうとしてしまいそうなのを必死に堪える。なんだか今日はよく寝ている気がする。
しっかり髪が乾いたところで伊藤さんがスイッチを切った。私は改めてお礼を言う。
「伊藤さんすみません、ありがとうございました」
「ううん、気にしないで。大変だったね」
全てが終わったところで、待ってましたと言わんばかりに九条さんがそばに歩み寄ってくる。そして目の前に腰掛け、私に尋ねた。
「どのように入られましたか」
真剣なその目に答えるように、私はしっかりした口調で説明した。
心霊番組を見ていたところ音声に異常が生じたこと。伊藤さんと九条さんが現れたけれど偽物だと気づいたこと。そこから抜け出したと思いきや再び夢の中で、覚めたくてもちっとも覚めず、ベランダから飛び降りたこと。
二人はじっと私の話を聞いてくれた。特にマンションから飛び降りたところでは、伊藤さんは顔を歪めて天井を仰ぎ、九条さんも小さく首を振った。
全てを説明し終えた頃、伊藤さんが温かいお茶を持ってきてくれたのを両手に包み飲んだ。冷えた体に染み渡るように感じ、泣いてしまいそうになる。
「私……マイナスなことも考えてなかったし、飛び降りなきゃ戻ってこられないなんてことも初めてだったんです。自分がどんどん狂ってくみたいで本当に怖くて、目が覚めても二人が本物か信じられなくて」
震える手でお茶を落とさないように握りしめる。涙が溢れてしまいそうなのをぐっと堪え前を向いた。
「二人は本物、ですよね」
私が聞くと同時に頷いた。分かりきった答えだったけど、頬が緩む。ビンタとドライヤーでそれを確認するなんてちょっとおかしいな。
伊藤さんが私に言う。
「本当に大変だったね……僕一回だけ入られたことあるから少し分かるけど、体力も気力も奪われるよね。今回はそれよりもっともっと凄かっただろうし、耐えた光ちゃんすごいよ」
「一度目の夢で偽物だと気付いたのも見事ですし、目が覚めないからと言ってマンションから飛び降りることなんて中々できません。それが現実ではないと分かっていてもです。さすがですね」
二人が優しい声で言ってくれたので、ついに私は涙を一粒こぼした。
ああ、ここだ。間違えてない。私が一番好きな場所はここなんだ。あの時勇気を振り絞ってよかった、あんな偽物の世界に慣れてしまわくてよかった。
流れた涙をしっかり拭き取り、私は前を向く。
「私は突然気を失ったんでしょうか?」
九条さんが頷く。
「スマホで何か動画を見ているのは知っていました。ですが突然ソファに倒れ込みました。眠っているとは明らかに違う形です。
呼びかけても揺さぶってもまるで起きない。これはいけないと思いなんとか起こそうと風呂に放り投げたんです」
想像通りだった。私の意識を取り戻そうとしてあの風呂攻撃とシャワー攻撃か。手段を選ばない九条さんらしい。
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