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家族の一員
冷水
しおりを挟む痛みを覚悟した自分を包んだのは、思っていたものとはちょっと違う衝撃だった。
固いものにぶつかった、というより、ぬるいお湯の中に落ちたような感覚だった。水に飛び込むというのはそれなりに刺激もあるもので、私は背中にそれを感じた。海か、川にでも落ちたのかと思う。
全身を水が包みぐっしょり濡れている。洋服が肌に張り付いている不快感もやけにハッキリと感じて不思議に思った。
ああ、溺れる。そう冷静に思った。
同時に頭にも滝のような水がかかる。息苦しさがあってつい息を大きく吐いた。
「冷水です、冷水にしてください!」
そんな声が遠くからぼんやり聞こえる。少しして、頭にかかる水がぐっと温度が下がりつい全身が震えた。
「そのまま掛け続けてください!」
「はい! で、でもどうするんですかこれ……他に何か覚醒を促しそうなものは」
先ほどまで遠かった声がはっきり聞こえるようになる。私はその声を頼りに必死に体を動かそうとする。だが思うように自分の体は動いてはくれない。
寒さで全身が震えた。未だ頭には冷たい水が当たり続けており、つい眉間に皺を寄せる。息苦しさも感じて必死に口を開いた。
「ああ! 九条さん、九条さん光ちゃんが!」
そんな慌てた声についにゆっくり瞼を開けた。
真っ白な光と壁が目に入り眩しさを感じる。ぼんやりとした頭で動くこともできずただ前を向いていると、そこに黒髪が映り込んだ。
「光さん!」
九条さんの顔がそこにあった。険しい顔で私を覗き込んでいる。さらにその後ろには伊藤さんの顔も見えた。
(……あれ、また戻ってきた……?)
決死の覚悟でマンションから飛び降りたというのに、また私は帰ってきてしまったのだろうか。逃げ出すのに失敗した?
そう考えていると、ぶわっと全身に悪寒が走った。その刺激でしっかり目が開く。そこで自分が全身ぐっしょり濡れていることに気がついたのだ。
「……え、あれ」
「ああ! ごめん水止めるね!」
伊藤さんがそう言うと、それまで頭から被っていた水がようやく止まった。どうやらシャワーを掛けられていたらしかった。伊藤さんの手にシャワーヘッドが握られている。
ぽかんとして辺りを見回した。部屋ではなく浴室だった。私はぬるいお湯の中に洋服のまま入っており、全身がぐっしょり濡れていたのだ。
九条さんがしゃがみ込んで私に声をかける。彼の着ている白い服もところどころ水で濡れていた。
「光さん? 大丈夫ですか?」
そんな彼の顔を無言でじっと見る。訳がわからずただ今の現状を理解しようと努めた。マンションから飛び降りて、そしてまた帰ってきた。あれ、あの女の子は一体どこに……。
「光ちゃんわかる、大丈夫!?」
「……こ、ないで」
目の前の二人がさっきまで見ていた世界と被る。機械のように喋り正気のない目で私を見ていた。またあの二人がいる。
マンションから落ちても戻れないのならどうすればいいの。いっそ刃物で自分を攻撃してみた方がいいんだろうか。
私は早くここから逃げ出そうと、浴槽から立ち上がろうと力を入れる。しかしまるで言うことを聞いてくれない。つるりと水で滑ったせいで、自分の体が派手に転び水に埋もれる。
あまり水は多くないはずなのだが、なんせ体が思うようにいかないのでうまく水から顔を出すことすらままならない。鼻の奥にツンとした痛みを感じながら息苦しさにもがくと、すぐに自分の上半身が持ち上げられた。
背中に手を回して支えてくれてるのは九条さんだった。すぐ近くに彼の顔がある。苦しさにとりあえず必死に呼吸を繰り返すと、九条さんがはあとため息をついた。
「大丈夫ですか、落ち着いて」
優しい言葉。だがその優しさが今は恐ろしい。優しくされればされるほど、さっきの光景が目に浮かんでしょうがない。
私は顔を背け、弱々しい力で彼の腕を押しのけようとする。
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