250 / 449
家族の一員
冷水
しおりを挟む痛みを覚悟した自分を包んだのは、思っていたものとはちょっと違う衝撃だった。
固いものにぶつかった、というより、ぬるいお湯の中に落ちたような感覚だった。水に飛び込むというのはそれなりに刺激もあるもので、私は背中にそれを感じた。海か、川にでも落ちたのかと思う。
全身を水が包みぐっしょり濡れている。洋服が肌に張り付いている不快感もやけにハッキリと感じて不思議に思った。
ああ、溺れる。そう冷静に思った。
同時に頭にも滝のような水がかかる。息苦しさがあってつい息を大きく吐いた。
「冷水です、冷水にしてください!」
そんな声が遠くからぼんやり聞こえる。少しして、頭にかかる水がぐっと温度が下がりつい全身が震えた。
「そのまま掛け続けてください!」
「はい! で、でもどうするんですかこれ……他に何か覚醒を促しそうなものは」
先ほどまで遠かった声がはっきり聞こえるようになる。私はその声を頼りに必死に体を動かそうとする。だが思うように自分の体は動いてはくれない。
寒さで全身が震えた。未だ頭には冷たい水が当たり続けており、つい眉間に皺を寄せる。息苦しさも感じて必死に口を開いた。
「ああ! 九条さん、九条さん光ちゃんが!」
そんな慌てた声についにゆっくり瞼を開けた。
真っ白な光と壁が目に入り眩しさを感じる。ぼんやりとした頭で動くこともできずただ前を向いていると、そこに黒髪が映り込んだ。
「光さん!」
九条さんの顔がそこにあった。険しい顔で私を覗き込んでいる。さらにその後ろには伊藤さんの顔も見えた。
(……あれ、また戻ってきた……?)
決死の覚悟でマンションから飛び降りたというのに、また私は帰ってきてしまったのだろうか。逃げ出すのに失敗した?
そう考えていると、ぶわっと全身に悪寒が走った。その刺激でしっかり目が開く。そこで自分が全身ぐっしょり濡れていることに気がついたのだ。
「……え、あれ」
「ああ! ごめん水止めるね!」
伊藤さんがそう言うと、それまで頭から被っていた水がようやく止まった。どうやらシャワーを掛けられていたらしかった。伊藤さんの手にシャワーヘッドが握られている。
ぽかんとして辺りを見回した。部屋ではなく浴室だった。私はぬるいお湯の中に洋服のまま入っており、全身がぐっしょり濡れていたのだ。
九条さんがしゃがみ込んで私に声をかける。彼の着ている白い服もところどころ水で濡れていた。
「光さん? 大丈夫ですか?」
そんな彼の顔を無言でじっと見る。訳がわからずただ今の現状を理解しようと努めた。マンションから飛び降りて、そしてまた帰ってきた。あれ、あの女の子は一体どこに……。
「光ちゃんわかる、大丈夫!?」
「……こ、ないで」
目の前の二人がさっきまで見ていた世界と被る。機械のように喋り正気のない目で私を見ていた。またあの二人がいる。
マンションから落ちても戻れないのならどうすればいいの。いっそ刃物で自分を攻撃してみた方がいいんだろうか。
私は早くここから逃げ出そうと、浴槽から立ち上がろうと力を入れる。しかしまるで言うことを聞いてくれない。つるりと水で滑ったせいで、自分の体が派手に転び水に埋もれる。
あまり水は多くないはずなのだが、なんせ体が思うようにいかないのでうまく水から顔を出すことすらままならない。鼻の奥にツンとした痛みを感じながら息苦しさにもがくと、すぐに自分の上半身が持ち上げられた。
背中に手を回して支えてくれてるのは九条さんだった。すぐ近くに彼の顔がある。苦しさにとりあえず必死に呼吸を繰り返すと、九条さんがはあとため息をついた。
「大丈夫ですか、落ち着いて」
優しい言葉。だがその優しさが今は恐ろしい。優しくされればされるほど、さっきの光景が目に浮かんでしょうがない。
私は顔を背け、弱々しい力で彼の腕を押しのけようとする。
31
お気に入りに追加
543
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
みえる彼らと浄化係
橘しづき
ホラー
井上遥は、勤めていた会社が倒産し、現在失職中。生まれつき幸運体質だったので、人生で初めて躓いている。
そんな遥の隣の部屋には男性が住んでいるようだが、ある日見かけた彼を、真っ黒なモヤが包んでいるのに気がついた。遥は幸運体質だけではなく、不思議なものを見る力もあったのだ。
驚き見て見ぬふりをしてしまった遥だが、後日、お隣さんが友人に抱えられ帰宅するのを発見し、ついに声をかけてしまう。
そこで「手を握って欲しい」とわけのわからないお願いをされて…?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。