視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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家族の一員

持ち込んだあの人の身元

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 伊藤さんは少し口角を上げながらいう。

「タクシー会社、当たりました!」

「藤原さんを乗せた運転手がわかったんですか?」

「ええ、しっかり覚えててくれた人がいたんですよ! 防犯カメラに映っていた通り、うちの事務所の前でタクシーに乗り込んで目的地まで送ってくれた運転手さんが! というのも目的地が結構遠いところだったから印象的だったみたいです」

 九条さんもやや表情を和らげて強く頷く。伊藤さんがその隣にしゃがみ込んだのをみて、私も慌ててそっちに移動した。三人床に座り込む。ひんやりしたフローリングの温度がお尻に伝わる。

 九条さんが先を急かした。

「それで、藤原さんはどこでタクシーを降りたのですか」

 質問に、伊藤さんは表情を厳しくさせる。

「法閣寺ですよ」

 ピタリ、と私と九条さんの動きが止まる。法閣寺?   藤原さん、ちゃんと向かっていたの?

 考え込む九条さんを隣に、先に口を開いたのは私だった。

「じゃあ、藤原さんは助言通り法閣寺に行ったんですか……! つ、つまり、人形を置いていったわけじゃない? 私を気に入った人形が自らの意思で留まったのかも……」

 ドアノブにかかっていた白い紙袋をみて、藤原さんが故意に置いていったと思っていたが、そうじゃないのかも。心の底で恨んでたけど、今頃藤原さんも突然いなくなった人形にびっくりしているのかもしれない。

 しかし私の発言に、伊藤さんは同意しなかった。うーんと考えるようにして首を傾ける。

「まあ、そうだね。普通に考えたらそういう風になるよね」

 その言い方に、私の考えが的外れだったことを知る。はて、と思ったと同時に隣の九条さんが目を見開いた。

「まさか!」

 伊藤さんは頷く。私はわけが分からず二人を交互に見た。伊藤さんは近くに置いた鞄を手元に引き寄せ、中身を漁る。

「まさかと僕も思いましたよ。でもこういう時の直感って正しいんですよね。はい、藤原っていうのも偽名でした」

 そして彼は鞄から一枚の写真を取り出す。そこには見覚えのある女性と、隣には男性も並んでいる。藤原さんと……あれ、この男の人もどこかで。

 伊藤さんは強い眼差しで言った。

「本名は上浦静江。
 法閣寺の住職の奥さんです」




 しんと沈黙が流れた。私も、九条さんですら息を呑んでいる。

 私はただ目の前の写真を見ている。紛れもなく、藤原さんだった。隣に映る坊主頭の男性は見覚えがあるはずだ、この前の心霊番組で少しだけ出ていた法閣寺の住職さんだったから。厳格で、でも優しさも感じられる人だ。

 二人は穏やかな顔で並んで映っていた。

 私はぐるぐる回る頭を必死に動かす。でも混乱してちっとも理解が追いつかなかった。九条さんは伊藤さんに感心する。

「よく調べ上げてくれましたね、さすがとしか言いようがありません」

「いえ。法閣寺の前でタクシーを降りたって聞いて、僕も最初は光ちゃんの言うように人形を運びに行ったのかなって思ったんです。
 でも、そこで人形が手元から消えてたら普通うちに電話ぐらいするかなと思ったんです。人形忘れてませんか、みたいにね。でも何も無かったし……もし故意に人形を置いていったとすれば、除霊ではなく他の用があったことになる」

 なるほど確かに。それで一つの可能性として法閣寺自体について調べたら、まさかのそこの奥さんだった、というわけか。

 頼りにしていた人形の除霊のスペシャリストからの依頼だったなんて。私は隣にいる九条さんに言った。

「じゃあもしかして、この人形法閣寺でさえお手上げだったってことでしょうか? それで他所に持っていったのかも。偽名使ってたのはやっぱり、人形の除霊で有名な寺だからプライドみたいなのが邪魔して?」

「それはどうも納得いきません」

 九条さんはキッパリと言い放った。腕を組んで考え込むように言う。不思議に思い彼の横顔を見つめた。

「確かにあの人形は不穏で、何か得体の知れないものを感じます。麗香も、あの寺の住職も言っていたので間違い無いでしょう。とはいえ、法閣寺の住職ほどの人が除霊できないほどの代物とは思えないのです。
 それに例えそうだったとして、住職は同業者として私の能力を知っているはずです。除霊もできないうちに持ってくるのはおかしい」

 確かに、と頭をかく。あの人形はヤバい、ヤバいけどいつだったか会った夜中にインターホン鳴らす女の方がずっとヤバかったな。それに九条さんは霊と会話するぐらいの能力で、決して力が強いわけでもない。

 私はもう一つ仮説を唱えてみる。

「じゃあ、単純に住職さんが病に倒れちゃって、それでまだ除霊が済んでいなかった人形を奥さんが引き継いで持ってきたんでしょうか?」

「だとしたらわざわざ偽名を使う必要はありません。事情を説明してくれるはずです。それにそういった緊急時の対応ぐらい、あの住職ならちゃんと決めていると思うのです。ある日自分が突然死したとしても残された人形たちが困らないような、ね」

 私は唸って考え込んだ。では奥さんはなぜうちに持ってきたの?

 考えている私の隣で九条さんが意を決したように声を上げる。

「こんなところで話していても何も始まりません、すぐに上浦夫人のところへ行きましょう」

 立ち上がりかけた九条さんを、伊藤さんが慌てて止めた。

「あー、九条さん! どうも上浦さんご主人のところに泊まり込みで付き添いに行ってるらしいんですよ」


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