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家族の一員
昼寝が仕事?
しおりを挟む九条さんと二人で車にある機材を運び出し、トイレと浴室を除く全ての部屋にカメラをセットした。まさか自分を監視する日がくるなんて思ってもみなかった。
全てのセッティングが終了した後、九条さんが寝室から持ってきてくれた布団を使い私はソファ、九条さんは床で寝ることになった。申し訳ない。だが今回ばかりはお言葉に甘えて素直にソファをお借りした。
少しでも寝て体力を温存する。あの人形に負けないために。眠るのはもう恐ろしい行為のように感じているけれど、近くに九条さんがいてくれると思うだけで少し安心し、私はその後ようやく眠りにつくことができた。
そして、翌朝。
起きたとき、カーテンからかなり明るい日差しが見え、そこそこ遅い時間になってしまったのだとすぐに感づいた。いつのまにかぐっすり眠ってしまっていたらしい。慌てて起き上がり、自分の身の回りを確認する。
隣に人形が、といったことはまるでなかった。自分一人がソファの上に寝ているだけだったのだ。
安堵しているところへ九条さんが声をかけてくれた。彼は近くの床で座り込み、早速モニターで夜間の様子を観察しているようだった。
映像の中で、寝室に置きっぱなしにされた人形は動くことなく一晩を終えた。何も収穫がなかった録画に気を落としながら、とりあえず私は朝の準備をするために起きて身だしなみを整えた。
ちょうど全てを終えたところにインターホンが鳴り響いた。九条さんが対応した後、しばらくしてうちにやってきたのは伊藤さんだった。私の知らない間に九条さんが連絡していたらしい。
「おはようございます!」
明るい笑顔でリビングに入ってきた彼を見て、一瞬体が強張った。昨晩話していた相手は伊藤さんじゃなかった。そのせいで、今目の前にきた伊藤さんにも疑心暗鬼になっているのだ。
そんな私の様子に気づいたのか、伊藤さんがツカツカとソファに近づいてきた。そしてにっこりと笑ってみせる。
「おはよ。朝ご飯食べた?」
「おはようございます、えっとまだです」
「よかった、近くに美味しいパン屋さんあってさー寄ってきちゃった。食べない?」
そう言って笑う彼の両手には、何やら大きなビニール袋がぶら下がっていた。そこからほんのり焼きたてと見られるパンのいい匂いがする。その姿を見てほっと胸を撫で下ろす。この気遣いと香り、本物だもんね。
「美味しそうな匂いがしますね」
「ね。いっぱい買ってきたから食べよう、出すね」
バタバタと動きながら荷物を置き、目の間のテーブルに何個もパンを置いてくれた。朝ご飯どころか昼食の分までいける。
しかもパンだけじゃなくサラダや飲み物まで。相変わらずの神様は通常運転。
私は顔を綻ばせてお礼を言った。
「ありがとうございます、美味しそうです」
「好きなの選んでね。九条さんもどうぞ!」
近くの床に座り込んでいる彼に声をかける。そんな伊藤さんを見ながら、私はふと彼の目元に目がいった。
目がやや赤くなってる。もしかして、あまり眠らず調べ物をしてくれてたんだろうか。
「伊藤さん目が赤いですね、あまり寝ないで頑張ってくれたんですか?」
「え? ううん、パソコン疲れだよーちゃんと寝てるから大丈夫!」
そう言う彼の言葉を聞いて、なぜか寝てないんだなあと確信した。伊藤さんって、そういう人だもの。昨晩、幻に騙された私が馬鹿だった。一人でほっこり微笑む。
三人でテーブルを囲む。私一人ソファで、二人は床に座り込んでいる。みんなでパンを齧りながら、早速情報共有を始めた。
「んで、何か映ってたんですか夜は?」
メロンパンを食べながら伊藤さんが尋ねた。クリームパンを齧る九条さんが答える。
「あれ以降動きはないので、夜間は何も映ってません。寝室のベッドで一人寝てました」
「それまたシュールな絵ですね」
「まだ一晩ですから。これからだと思います。一日中録画してますからね、今現在も。会話は不可能でしたし、他にできることは思いつきませんし」
「ええっと僕の方ですけど。まずあのあともいろんな除霊師さんに連絡取ってみたけどいい結果は出ませんでした。腕のありそうな人は連絡がつかないことが多いですね、偶然なのかなんなのか」
私はツナパンを齧りながら肩を落とす。やっぱりか、力の強い除霊師さんってなかなか捕まらないんだなあ。それとも捕まらないように仕組まれているのか。
九条さんは口の端にクリームをつけながらきく。
「藤原さんについてはどうです」
伊藤さんは頭を掻きながら唸った。
「うーんさすがにまだ手がかりなしですね。とりあえず事務所近くのお店とかに映ってた監視カメラで、遠いですが顔写真は何枚か入手しました。
あと、事務所の前でタクシーに乗る様子が監視カメラに映ってたので。今日はその写真を使ってタクシー会社に当たってみるつもりです」
「す、すごい……」
私は感心してパンを落としそうになった。一体どうやって調べるんだろうと思ってたけどそんなふうに攻めるんだ。伊藤さんって警察にもなれそう。
伊藤さんは苦笑しながら言う。
「でも、もしタクシーの運転手が藤原さんを覚えていたとしてもどこで降車したぐらいの情報しかわからないからね。身元を調べるにはまだまだだよ」
九条さんはパンの最後の一口を頬張り飲み込むと、珍しくティッシュで自ら口元のクリームを拭いて言った。
「伊藤さんはそっちでお願いします。私は引き続き人形の観察と除霊師への連絡をあたります」
私はまだ半分残っているパンをそのままに慌てて尋ねた。
「私は何をしましょう?」
「あなたは体力を温存し気持ちを落ち着けるのが一番です。三人いれば安心感は尚増すと思いますから、昼寝するなり食事するなりテレビを見るなり好きなようにしててください」
まさかの指令にぎょっとする。大きな声で非難した。
「私一人昼寝なんかできませんよ!」
「それがあなたの仕事です。気が落ち着かないならたまに私の電話でも手伝ってくれればいいです」
「えええ」
九条さんも伊藤さんも寝ないぐらい頑張ってくれてるのに私一人仕事なしって。てゆうか昨晩はそこそこぐっすり眠れたんですけど。悲痛な声を上げるも、こういう時九条さんは結構頑固なのを知っている。
私は反論しかけたが項垂れながら渋々了承した。
「分かりました、基本ゆっくりします……でも何にもしないのは逆に心苦しくて精神乱れそうだから、雑用ぐらいはさせてください……風呂掃除とか」
「そういうものですか、働き者ですね。
ではあなたは麗香に電話をして近況報告してください、そして今後の進め方について助言を」
「あ、分かりました!」
パッと笑顔になる。そうだよね、麗香さんっていうすごい味方がいるんだから、意見を聞いてみないとだよね。後で電話してみよう、あの人と話すだけでなんだかホッとするし。
それぞれの役割が決まったところで、まず伊藤さんが口をもぐもぐさせながら動いた。パソコンを開いて何やら素早くタイピングしている。九条さんは撮影器具の設定を弄っていた。
とりあえず私はテーブルの上のパンたちを片付けて拭いておく。早いけど麗香さん出てくれるかな、早速電話をかけてみようか。
私はほとんど触ることのなかったスマホを手にし、あの人の元へ電話をかけたのだった。
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