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家族の一員
話すだけでも
しおりを挟む九条さんにシャワーを借りて、今日は早々に寝ることにした。ドライヤーは自分の家から持ってきたので髪は乾かし寝る準備を行う。
今日も九条さんはソファで過ごすと言い、人形は彼の隣で預かると言われた。昨晩も同じ状態だったのに私の隣に来ていたのだから、今日も同じことが起きる可能性がある。体はヘトヘトだったが、眠れるかどうかは心配だった。
それでも眠らねばならない。人形に懐かれてしまった今、私の体力は非常に重要だ。人間は弱まれば弱まるほど、そういうものに喰われやすい。私は決して油断せず、自分を冷静に保持しなくてはならないのだ。
おやすみの挨拶をした後、寝室へ入る。昨日と同じ乱れた布団が目に入った。カーテンも閉めっぱなしだ。朝バタバタしていたので、出てきたまんまなのだ。
ベッド以外何もものがない寝室。私はそのままダイブした。昨日は邪な気持ちもあって緊張したりしていたが、流石に今日はそんなことを言っていられない。
先ほどの夕飯のことをぼんやり思い浮かべた。
いつもは事務所で三人だから、だから間違えたんだよね。疲れてたし、ヘロヘロなんだもん。だからに決まってる。間違いないんだから。
枕に頭を乗せたままそう繰り返し呟くも、自分の心の中にあるモヤモヤは消えなかった。まだまだ眠れそうにないので、持っていたスマホで面白そうな動画や記事を読んでみる。少しでも気を紛らわしたかった。なるべく他のことに集中したいのに、やっぱり意識はあっちへ飛ぶ。
麗香さんが帰ってくるまで、一週間。それまでに他に除霊できる人が見つかれば万々歳。見つからなくても、一週間だけ耐えられれば麗香さんが帰ってくるんだから。だから、平気だよ。
何度も自分に言い聞かせているうちに、瞼が重くなってきた。まだスマホは稼働したままで、可愛い犬の動画が流れているところだった。ああ、このまま眠って体力回復しなきゃね。明日も色々調べたりして———
そう目を閉じた時、すぐ近くで何か物音がした。それはフローリングの床を何かがそうっと歩くような音。私に気づかれないよう気をつけて移動する小さな足音だ。それがゆっくり私の枕元に近づいた瞬間、私は眠っていた脳が瞬時に覚醒し瞼を開いた。
「 ! 」
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
私の顔を覗き込んできた人を見て、安心感に包まれた。
「い、伊藤さん……!?」
慌てて起き上がる。伊藤さんはニコニコした顔で私に言った。
「ごめんね、起こしちゃったね」
「ぜ、全然大丈夫です。それよりどうしたんですか、なんでここに?」
「仕事終わった後、やっぱり心配だから僕も来ちゃったんだよね。九条さんと二人大丈夫かなって」
「そうだったんですか……! 遅くまでお疲れ様です」
私がベッドから出ようとするのを、彼が慌ててとめた。
「いいよ、寝てて。ちょっと様子見にきただけなんだ」
「大丈夫です。色々考えて気分落ちてたから、伊藤さんの癒しパワーをもらって元気になりました」
「あは、癒しパワー?」
「そうです、パワースポットだと思ってます」
「面白いね」
声を上げて笑う彼にホッとする。伊藤さんって、やっぱりどんな時も笑顔が素敵だな。本当に癒し系って感じ。
彼は目を細めたままたずねる。
「大丈夫? 困ってない?」
「ええ、今のところ……九条さんの家で料理をしようとしたら、炊飯器やフランパンすら無くて挫折したぐらいです」
私の話に、伊藤さんが大きな声で笑う。つられて私も笑ってしまう。
「そっか、残念だね。料理できなかったか」
「はい、結局レトルトを食べただけで」
言いかけた時、自分が三人分の食事を用意してしまったことを思い出す。一瞬で表情に翳りを作ってしまい、それに気づいた伊藤さんが私の顔を覗き込んだ。
「どうしたの、なんかあったの?」
「い、いえ」
「話してほしいな」
「えっと……、夕飯のとき、私が準備したんですけど。無意識のうちに三人分用意してたんです」
「え?」
伊藤さんが目を丸くして私をみる。慌てて笑顔を作ってみせた。
「でも、多分疲れてたから! 伊藤さんの分も用意しちゃっただけなんだと思います。ほら事務所はいつも三人だし」
「…………」
「ただタイミング的にちょっと悪かったですよね。少しだけ気になってて。でも大丈夫です」
私がそう言うと、立っていた伊藤さんがしゃがみ込んだ。すぐ目の前に彼の顔が近づき、少しどきりとした。伊藤さんは真剣な眼差しで私をみる。
「無理しないで。怖いなら怖かったって言っていいんだよ。僕にはなんでも話してくれていいんだから」
「伊藤さん」
「一人で抱え込んじゃだめだよ。聞くだけしかできないけど、なんでも聞くから。話したいこと全て言って」
私を包み込む優しい声色は、意識をぼうっとさせるほど柔らかで綺麗な声だった。恐怖の淵に立っていた自分は泣きそうになる。そんな私を、彼は見守ってくれていた。
私は小さく頭を下げる。情けない顔を隠したい気持ちもあった。
「ありがとうございます……」
「怖い?」
「やっぱり、怖い、です」
「そうだよね、怖いよね。でもきっと大丈夫だよ。すぐによくなると思う」
「いい方へ行けばいいんですが……」
伊藤さんが片方にエクボを浮かべる。幼い笑顔で言う。
「とにかくなんでも思ったことは言えばいいんだよ。抱え込むのはよくない、そうすればきっと君が楽になるから」
「そうですね、人に話すだけで楽になりますもんね」
「うん、話すことは重要だよ。いつだって聞くから。僕たち、もう家族みたいなものじゃない」
彼の言ったセリフに顔をあげる。
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