視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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家族の一員

全くわかりません

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 住職さんがそう言うと九条さんも頭を下げる。今までも仕事上関わったことがあるらしい。私も釣られて会釈した。

「ご無沙汰しております。見てもらいたいものがありまして。我々の手には負えないものです」

「ええ、見させてもらいます」

 挨拶も短く済ませると、九条さんは隣に置いてあった例のものを手にした。バスタオルをとり、中から白い紙袋を取り出す。

 穏やかに微笑みながらそれを眺めていた住職さんだが、九条さんが人形を出しその黒髪が表にでた瞬間、彼の笑顔はピタリと止まった。瞬きすらせずじっとその人形を凝視した。

「こちらです。初め依頼としてうちの事務所に持ち込まれたのですが、無断で置いて行かれてしまいました。詳細は不明、元の持ち主の体調不良があった、ぐらいのことしかわかりません」

「…………」

「ここにいる黒島光さんも視える体質なのですが、お札を貼って置いてきた人形が彼女の家にまで着いてきてしまった。随分と気に入られてしまったのは間違いありません」

「これは」

「お願いできますでしょうか」

 九条さんの言葉が聞こえているのかどうなのか、住職さんはまるで反応せずに人形だけを見ていた。そんな様子を九条さんも不審そうに眺める。

 しばらくそのまま長い沈黙が流れた。住職さんは少しだけ自身の唇を舐めた。そして眉間に深い皺を作りながら小声で言う。

「触りますよ」

「どうぞ」

 ゆっくり手を伸ばした住職さんが人形を両手で持つ。頭の先から足元までじっくりと観察した。部屋の中はひんやりとした温度だというのに、彼の額には汗の玉が張り付いている。

 そっと人形を床に置いた。そして何度か首を振ったのだ。

「これは……申し訳ないですがうちでは無理です」

「なんですって?」

 九条さんが前のめりになって聞き返す。住職さんが一度深い息を吐いた。

「これは……私の手には負えません」

「一体なんなのですかこれは?」

「正直に言います、全くわかりません」

 彼は一度手のひらで汗を拭った。初めに会った時の柔らかな表情はもうどこにもない。厳しい顔で人形を見つめている。

 私も耐えきれず声を出した。

「わ、分からないって? どういうことですか?」

「私はね、黒島さん。恥ずかしいことに視る力はあまり強くないのですよ。あれは生まれ持った才能ですからね。ただ、訓練を重ねて少しは身につき、祓う能力は培ってきました。今まで多くの人形と出会って向き合ってきました、その数はなかなかの物だと思っております。
 ですがこの人形は今まで見てきたものとはまるで違う。見たことがないものだ」

 彼は苦い顔でそう言った。視線を下ろして人形を見てみる。わずかに微笑んだその顔は住職さんを見ていた。どこか余裕を感じられるようにも思える。

 九条さんが尋ねる。

「見たことがないといいますと? 我々も、この人形が普通でないことはわかるんですが、一体何が憑いているのかまでは」

「いいですか。人形に宿るものは大抵は憎しみや恨みを持った悪き霊たちです。怨念に溢れている。
 これはね、一切怨念がないんですよ。怨念がないのにこんな強い力を醸し出す存在を知らんのですわ」

 唸るようにして住職さんが言った。不思議そうに、そして嫌そうに人形を見つめる。

「勿論、長く人間の側に置いてたらよくないものであることは間違いない。だが私は対処の仕方が分からない。下手に手を出すのは危険もある。
 九条さん、法閣寺へ持って行ってはいかがか。あそこの住職なら視るのも祓うのも」

「実は先に行ってきたんです。今現在病気で入院中だそうで断られたのです」

「……なんと」

 住職さんも頭を抱えた。坊主頭を困ったように掻く。九条さんが言う。

「ここにも断られたとなれば我々は託せる相手がぐっと減ってしまいます。なんとかなりませんか」

「……私には手に負えん。他でみれそうなところを一緒に探してみよう。心当たりを調べて連絡いたします、どうか今日はお引き取りください」

「しかし」

「気づきませんか」

 彼の低い声が響いた。遅い速度で視線を泳がせ、眼球をぐるりと回した。口を固く結びながら彼は厳しく言った。

「その人形を袋から出した途端、うちで預かってる曰くのある者たちが騒いで仕方ない」







 二人無言で車に戻った。

 そんなに長い時間離れていたわけでもないのに、車内はもうぐっと冷え切っていた。もはや私は抜け殻だ、まさか住職さんに断られる案件だったとは夢にも思っていなかった。

 後部座席に乗せた紙袋は恐ろしくて振り返れない。一体これは何者だというのか。

 九条さんは運転席に座った瞬間、ポケットから携帯を取り出し電話を掛けた。相手はすぐに出たようで、彼は早口で説明を始める。

 どうやら伊藤さんのようだった。この寺で断られたこと、事務所にあるリストに片っ端から連絡してきいてみてくれ、という内容を手短に告げた。伊藤さんも短く返事を返すと、そのまま電話を切った。

 九条さんが大きなため息をつき、ハンドルに突っ伏す。私はそんな彼に恐る恐る声を掛けた。

「ど、どうしましょう……? 今の電話は?」

「私の知る力が確かな除霊師たちが数名います。そのリストに伊藤さんから連絡してもらうことにしました。この人形を見てもらえないか」

「あ、そうなんですか!」

 私はパッと笑顔になるが、反対に九条さんの顔は晴れない。真面目な顔をしたまま言う。

「……しかし、ですね。ここに断られた、という内容がつけば、断られる可能性は非常に高い。ここは除霊師たちも頼りにするそこそこ有名な寺ですから」

「え」

「そうでなくても力が本物の除霊師は多忙を極めてますから、麗香のように予定が合わないという問題も。
 誰かが受け入れてくれればいいのですが」

「も、もし誰も見つからなかったらどうするんですか!? 私この子と暮らさなきゃいけないんですか!?」

 悲痛な叫び声を上げた。誰にも祓えないとなった人形、一体どんな影響があるのか想像もつかない。

 九条さんは冷静に答えた。

「いいえ、麗香ならやってくれるでしょう。彼女が北海道から帰ってきてさえくれれば。問題はそれまでの間、あなたが耐えられるかです」

 言葉に詰まる。九条さんが言っている耐えられるか、は勿論ただの恐怖心のことじゃない。

 何が起こるか分からない相手。すぐに命の危機とかはなさそうだって麗香さんは言ってたけど、でも予測不可能なことが起こるかも。私の生命力や精神力が耐えられるかということだ。

 黙り込んだ私に、九条さんが言った。

「伊藤さんの交渉にかけましょう。とりあえず事務所に戻ります。あなたは入られないよう十分注意しててください」

「……はい」

「眠りたかったら眠ってても。体力が削られるのはよくないことですよ」

 九条さんはようやくエンジンを掛けた。私は俯いてとにかく心を落ち着ける。慌てるのはよくない、それにマイナス思考も。

 慣れた九条さんの運転に揺られながら心に宿る得体の知れない不安に気づいていた。今までとは違う自分に迫っている危機感を。



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