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家族の一員

落ち着け自分

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 お風呂上がりに脱衣所にあったこと。その後いなくなったが、怖くて九条さんに電話したが出なかったこと。次に麗香さんに電話をしたら彼女は北海道で、ここに直接行けばいいと住所を教えてもらったこと。

 そして家を出る時、またこの人形が現れたこと。

 九条さんは黙って話を聞きながら何かを考えていた。次に彼はテーブルの上に手を伸ばす。ポッキーの箱の下にはスマホがあって、それを取ると「充電切れてました」と言った。ちょっと殴りたくなった。

 充電切れてることにこれだけの時間気づかないなんて。スマホは現代人の友達なのに。あんなに必死に電話したのに。

 彼はとりあえずスマホを充電すると、改めて紙袋を私の手から受け取る。そしてじっと眺めると、中からついにそれを取り出した。

 昼間見た美しい市松人形だ。赤い着物を着て私たちをじっと見つめている。その表情はどこか嘲笑っているかのように感じた。

 それをテーブルの上に置くと、紙袋の方を観察し出した。私が何度か折り曲げたりしたのでぐちゃぐちゃになってきている。

「これ……光さんじゃないですよね?」

「え?」

「お札が真ん中で破れている件です」

 私は隣を覗き込む。その存在に怯えるあまりそこまでちゃんと見れていなかった。確かに、九条さんが今日しっかり貼ったお札は真っ二つになっていた。見た瞬間ぞぞっと恐怖心が襲う。

「私じゃないですよもちろん……!」

「なるほど。みくびっていました、相当強い力のようです。私の判断ミスでした、あのまますぐに寺に持っていくべきだった」

 彼ははあーと長いため息をつく。

「光さん」

「はい」

「最近モテますね」

「イヤミですか?」

 むっとして言い返した。そうですね、少し前にも随分熱心に気持ちを寄せてくる人もいましたね、結果とんでもないことになりましたけども。今回は人形に好かれちゃったってことですね。

 彼は困ったように頬を掻くと言った。

「麗香は北海道と言ってましたね」

「は、はい」

「ちょっと電話で見てもらいましょう、画面越しとは言えどもあの子の能力ならわかることもあるかもしれません」

 九条さんはそういうとスマホに手を伸ばしたが、まだ画面が真っ暗であることを思い出したようだった。私は無言で自分のスマホで麗香さんにビデオ通話を掛ける。充電ぐらいマメにしてください。

 しばらくコール音があった後、麗香さんが電話に出た。相変わらずはっきりした顔立ちの美人が画面に映り込む。こちらの暗い雰囲気も気にせず、麗香さんは明るい声で言った。

『はーい! こんばんは』

 ヒラヒラと手を振る。九条さんが言った。

「麗香。画面越しだけど見てもらいたい」

『挨拶もなしに本題ね。ま、だと思ってたけど。いいわよ見せて、私も見たいから! あ、ところで襲われてない?」

「おそ?」

「あーーっ! これです、麗香さんこれ!!」

 彼女が余計なことを言わないように私は言葉をかぶせた。スマホをずらして人形を映り込ませる。すると、それまでおどけた表情をしていた美女は急に表情を固くさせた。

 じっとこちらを見つめている。瞬きさえもしないので、その長い睫毛も揺れることがない。しばらく無言で人形を観察したあと、麗香さんは肩をすくめて言った。

『あーうんもういいわ』

「麗香さん、何かわかりました? これやばいもんですか!?」

 スマホを握り、九条さんと二人並んで麗香さんを覗き込んだ。彼女はポリポリ頭を掻きながら答える。

『まあ画面越しだから限界があるわ。ただ、確かにただの人形じゃないことは間違いなし。私から見て、その人形の顔がぼやけて見えないのよね』

「え……」

『でも詳しいことはさすがに。ほら、私って鼻で感じることが多いから、直接見れないことにはね。
 ただ、うーん、攻撃的な感じは見られないわ。勿論長いことそばに置いておくのは良くないものだけど、いますぐ持ち主をどうかしてやろうとかじゃない。むしろ遊んでほしいって感じよ、それ』

 私はちらりと人形を見た。勿論その顔ははっきりわかる。でも霊感の強い麗香さんからは、うまく見れないほど何かが覆っているのか。

 だが同時に、攻撃的ではないというのは少しだけ安心できる。持ってるだけで呪い殺される……なんてことがあれば命が危うい。

 黙っていた九条さんが尋ねた。

「法閣寺に持っていこうと思ってるんだが」

『ああ、うんそうね。あそこならいいんじゃない。明日朝にでも持っていきなさい』

「わかった、ありがとう」

 短くそう会話を交わすと、九条さんはあっさり電話を切った。私はほっと息を吐く。

「とりあえず本物だけど、命の危機はすぐには無さそうっていうのは安心しましたね……」

「ええ、麗香が言うんだから間違いないでしょう。明日朝、寺に持ち込みますか。今から持っていくには夜間の運転となり危険ですから」

「夜の運転ぐらい九条さんよくしてるじゃないですか」

「この人形は攻撃はしないが遊びたがってるんですよ。夜ハンドルで遊ばれでもしたら終わりです。せめて明るい時間の運転にしましょう」

 そう言われてゾッとする。遊びたがってる、ってそういう意味も含まれるの? だから麗香さんも朝って言ったのか……。

 九条さんは無言で人形を紙袋に仕舞い込んだ。それをソファの端にそっと置いておく。ううん、お札も効き目ないみたいだし、もう対処する方法がないんだなあ。

「さて、光さん」

「はい?」

「明日朝まで、どうしますか」

「どうしますかって?」

「泊まっていきますか」

 キョトンとしていた自分は、その言葉を聞いた途端脳みそが爆発した。勿論比喩だが。しかしそれくらいの衝撃を頭に喰らった感覚だったのだ。頭の中をジェットコースターが通り過ぎるように思考が回る。

 え? 泊まり??

 きゅ、急にどうしたんだろう九条さん! 泊まり!? 私泊まっていっていいの!? それって一体どういう意味で言ってい

「私がこれを預かってあなたが帰宅したとしても、光さんを好いている人形は再びあなたのアパートへ戻るかもしれませんよ。朝までこの人形と二人耐えられますか?」

「絶対耐えられません」

 すん、と冷静に私は答えた。そうか、確かにその通りだ。事務所から私の家まで着いてきてくれたんだ、私はこの子にどうやら気に入れられている。

 このまま自分の家に帰ったところでまた現れる可能性が高い。朝まで曰く付き市松人形と二人きり? 失神するってば。

 九条さんはだろうな、というような顔で頷く。そして言った。

「ではもううちで泊まっていってください。そして朝、ここから寺を目指しましょう」

「はい……ありがとうございます」

「入浴、は済んでるようですね」

「はい」

「じゃあこちらへ」

 九条さんが立ち上がる。私は何も考えず、それに釣られて立ち上がった。スタスタと進むその黒い背中を追っていくと、廊下のすぐ隣にある部屋にはいった。足を踏み入れた瞬間、倒れるかと思った。

 これまたベッド以外何も物がない寝室だった。紺色のシーツや掛け布団がやや乱れている。変態と呼ばれたとしても、今私の脳内は大興奮であることを隠せない。

 ついに寝室に入ってしまった……九条さんの……。

 ぐったり項垂れる。

 そうか、九条さん家ではちゃんとベッドでねてるんだ。ってそうじゃない。そういうことじゃないんだよ。落ち着いてよ私。


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