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家族の一員

お宅へ

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 夜道を走るタクシーを運よくすぐに捕まえ乗り込む。九条さんの住所を告げてお願いした。紙袋はできるだけ遠くに置いておく。結局人形と相乗りすることになってしまった。

 何も知らない運転手さんは中年男性で、よく喋るタイプだったのが今日は嬉しかった。誰かと会話するだけで気がまぎれるので、私は柄にもなく自分から話しかけたりして話題を振った。とにかく沈黙が嫌だったのだ。

 車を走らせおよそ十分ちょっと。見えてきたのはマンションだった。窓ガラスからそれを見上げる。結構新しくておしゃれな建物だ。九条さんがどんなとこに住んでるかって想像もつかなかったけど、結構いいとこにいるんだな。

 周りはそこそこ栄えた道だった。薬局やファミレス、弁当屋にコンビニなどがあって道は明るい。めんどくさがりの彼はもしかして、なるべく買い物なども時間をかけなくて済むよう、周りの環境を見てこのマンションを選んだのかもしれないと思った。

 到着したタクシーに料金を支払い、イヤイヤながら紙袋を手に取って降りた。走り去るタクシーの光景はなんとも心細さを誘う。私は憂鬱な気持ちを引きずってとりあえずエントランスへ入っていく。

 綺麗でかなり現代的なエントランスだった。なんだか面食らってしまう。本当に九条さんここにいるの? いや、彼の顔にはぴったりだけど、でも住むところとか特に拘らなそうなのに。

 オートロックが存在していたので、とりあえず部屋番号を押してインターホンを鳴らしてみる。ここまできて、家にいなかったらどうしよう、という不安が出てきた。

 麗香さんはああ言ってたけど、夕飯のために買い物行ってたり、ポッキーの買い出しだったり、何かあって外出してたら。右手にぶら下がっている人形と二人どうすればいいんだろう。

 祈る気持ちで返答を待つ。しばらくして、機械越しに驚いた九条さんの声が聞こえてきた。

『どうしましたこんな時間に』

 そんな彼の声を聞いてわっと泣きたくなる。よかった、九条さんいた!! 私は半泣き状態で縋り付く。

「く、九条さん~!!」

『ともかく上がってきてください、開けます』

 同時にドアの鍵が開く音がした。私はそそくさとそこを潜る。エレベーターを呼び出し、七階のボタンを押して上昇した。

 すぐに辿り着き足を踏み出すと、少し離れた部屋の前に九条さんが立っているのが見えた。それだけで安堵感がすごい。私は慌てて駆け寄る。

 彼は寝癖をつけていなかった。というか髪の毛が濡れていた。九条さんはドライヤーを持っていないのでいつも濡れた髪で出勤してくる。だがまあ、今日は私も濡れているので彼を笑うことはできない。

 全身真っ黒な格好をしていた。九条さんは駆け寄る私に気づくと同時に、この右手にある紙袋にも気づいたらしく、すぐに眉を顰めた。私は今にも泣きそうな声で彼に言う。

「九条さん……! いてよかった……!」

「……光さん、それは」

 私はゆっくり紙袋を差し出す。ちらりと中身を見た九条さんは、はあーと大きなため息をついた。恐らく大体の事情を察したらしい。

「……とにかく入ってください、詳しいことはそれから」

「はい……」

 そう頷くと同時に、九条さんが目の前のドアを開けた。その瞬間、はっと今の現状を再確認する。急に頭が冷静になったのだ。

 必死で忘れていたけれど九条さんの家じゃん! いやそれどころじゃないんだけど。でも九条さんの家!? いやほんと今そこどころじゃないのはわかってるけど。でもだって九条さんの家にあがるんだよ!?

「光さん? どうぞ」

「ひゃい!」

 裏返った声で返事を返し、慌てて中へ入った。

 これはあれだ。緊張と、恐ろしさと、好奇心と、嬉しさと。もう色々な気持ちが混ざっている。

 見てみたいのはもちろんあるし、そこに上がれるというのは嬉しい。だが、なんせこの人の部屋はゴミ屋敷なんじゃないかとも疑っている。これほど複雑な思いを抱いたまま好きな人の家に上がる女も他にいない。

 が、玄関を見て目を丸くした。靴が一足あるだけの、すっきりした場所だったのだ。

……綺麗だ。

 キョトンとしている私をよそに彼は適当に靴を脱ぎ捨てて上がる。私も慌ててそれに続いた。とりあえずしっかり靴を揃えて廊下を進むと、リビングへの扉が見える。ドキドキしながらその扉が開かれるのを見た。今のところゴミの匂いとかは大丈夫!

 と、見えたのは広めのリビングだった。

 他にも部屋があるらしく、ワンルームの私のアパートとはまた違う。スッキリしているその部屋を見て唖然とした。想像していた様子とだいぶ異なっていた。

 絶対散らかりまくった空間だと思い込んでいた。だが目の前のそこは散らかってるどころか清潔感を感じる。

 いや、清潔感っていうか、

 物が無っ!!!

 私は唖然とその部屋を見渡した。

 真っ黒な質の良さそうなソファ、その正面にはテレビが置いてある。意外にも隣に観葉植物。九条さんが植物置くとか意外すぎるのですが。

 ソファ前のガラス製のローテーブルには食べかけのポッキーの袋がいくつも乱雑に置いてあって、それだけが九条さんらしさを感じさせた。

 立派なキッチンも目に入るが、これまたびっくりするくらい物がない。冷蔵庫と電子レンジだけは確認できるが、置いてあるのは本当にそれだけ。そう、生活感。この部屋には圧倒的に生活感がない。

 時計も見当たらないしラグも敷かれていない。そこそこ広さはあるのにダイニングテーブルもないし、あれゴミ箱もなくない? 

「どうぞ適当に座ってください」

「九条さん引っ越してきたばっかなんですか?」

「いいえ、もう五年は住んでますかね」

 五年だと? 私は信じられない。自分自身そんなに物が多い方じゃないと思ってるのに、これに比べたら私の部屋って詰め込みすぎな気がしてきた。

 人の部屋をジロジロみるのも失礼なので(もう見たけど)私はお言葉に甘えてソファに座らせて頂く。すぐさま九条さんが隣に腰掛けて、こんな時だというのにどきりと胸が鳴った。真面目にやりなさい、自分。

「それで……なぜあなたがそれを?」

 私とは逆に九条さんは非常に厳しい顔をして聞いてきた。それを見てようやく自分も真面目モードになる。今日あったことを細かく説明した。


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