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家族の一員
背後から
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『朝比奈麗香』と書かれているその人は、以前調査で仕事を共にした凄腕の除霊師さんだ。外見は結構派手な美女だし、想像していた除霊道具も使わない奇想天外な人だが、腕は確か。ちなみに九条さんの元カノ(一ヶ月のみ)という肩書きつきなのだが。
私は必死に祈りながら麗香さんに電話する。どうか出てほしい、どうか!
私の祈りがとうとう神に伝わった。電話の向こうから、懐かしい声が聞こえてきたのだ。
『はーい? もしもし、どうしたの』
「れ、麗香さあああん!」
私は泣き出しそうな声で叫んだ。彼女はやや鬱陶しそうに返事をくれる。
『何よその情けない声。何が起こってるの? 用もないのに私に電話なんてかけてこないでしょ』
「理解が早い! 助けてください!」
すぐに今日の出来事を話した。依頼者の人が人形を持ってきて無断で置いていってしまったこと。お札を貼って置いてきたはずの人形をさっき見てしまったこと。九条さんには連絡がつかないこと。
麗香さんの声と繋がってるだけで安堵感がすごかった。ようやく私は冷静さを取り戻してきた。
私が全て説明を終えると、麗香さんは何とも楽しそうに返事をしてくれた。
『なあにそれ、面白いことになってるじゃない』
「面白くないですよ……」
『だってあなたとナオが本物だって感じた人形、お札まで貼ってきたのに家まで着いてきた? 結構な代物ね、直接お目にかかりたいわ』
「ぜひ! ぜひきてください!」
『でもねえ……残念。私今かなり厄介な除霊頼まれてて北海道なの。イクラとホッケが最高に美味しい』
最後のイクラの話は必要だっただろうか? 私は突っ込みたかったがそんな気力もなくただ項垂れる。麗香さんは来れないんだ、最後の希望だったのに。
麗香さんは続けた。
『ていうか。ナオなんてどうせ寝てるか風呂にでも入って携帯の電源落ちてるの気づいてないだけよ。あの男が夜に出かけるなんてまず有り得ないもの。家に直接行ってみなさいよ』
「家知らないんですもん……」
『あらそうなの? 仕方ないわね、住所教えてあげるからもう直接行きなさい』
「ちょく、直接ですか!??」
『そこで一人怯えているつもり? あなたに何かあっても私も責任感じちゃうし。入られやすいんだから』
「は、はあ……」
私はオロオロと慌てる。九条さんの家、って今日ちょうど話題になったやつ。でもそんなこと言ってる場合じゃないんだな。兎にも角にもこの状況をなんとかせねば。
九条さんならきっとどうにか対処を考えてくれるはずだ。私は頷く。
「分かりました、住所送っていただけますか?」
『襲わないでよ』
「おそ!? 襲わないですよ!!」
『ええ? 私なら襲うけどね。まああなたそんなタイプじゃないわよね。オーケー送っとく』
揶揄うように言ってくる麗香さんにやや呆れるが、もしかして私の恐怖心を軽くさせようとして言ってくれているんだろうか。……わからないな、この人元々奔放で自由人だからな。
私はお礼を言って電話を切ろうとしたが、最後に麗香さんがとめた。
『あ、ちょっと待って』
「はい?」
『そのまま黙っててくれる?』
私は言われた通り黙り込んだ。沈黙が流れると一気に緊張が張り詰める。麗香さんも何も言葉を発さず、二人で口を閉じたままでいた。
さっきまでの穏やかな空気はどこへ行ったのか、どこかざわざわと胸が騒ぎ出す。スマホを持ったまま後ろを振り返りたくなったが、私はあえて何もしなかった。ただ麗香さんの次の言葉を待つ。
しばらくしてようやく向こうから声が聞こえてきた。
『ふうん……そう、なるほどね』
「れ、麗香さん?」
『ううん。あーどうしようかしら、言っておこうかしら』
「なん、なんですか!? お願いします言ってください!」
縋り付くように言う。麗香さんはそのまま答えてくれた。
『そうね、女の子ね』
「女の子……?」
『今からナオの家に行くんでしょ? 多分、家を出るまでにまた出てくるわよ』
「ええ……」
彼女はいつも明るいトーンの声を少しだけ低くして、言った。
『あなたの後ろで連れてって、って言ってるわ』
とりあえず私は、なるべく部屋の壁沿いに動きながら着替えだけをなんとかこなした。はたからみればめちゃくちゃ怪しい動きだと思う。でもだって、あの人形をできれば見付けたくなかったのだ。
パジャマだけは着替えたい、となけなしの女心を何とか奮わせて出かける準備をささっと行った。もちろん化粧だとかそんなものまでは手が回らない。
そしてスマホには麗香さんからメッセージが届いていた。ある住所が記されている。みる限り、そこまで遠くはないが徒歩では辛そうだ。タクシーを捕まえようと決意する。
なんとか着替え終えた私はスマホをカバンに押し込んでいざ振り返る。なるべく周りを見ずに玄関へ急いだ。
そんなに広くないこのワンルーム。見つけない、見つけない。見つけずに置いていきたい。市松人形とタクシーの相乗りなんてごめんだよ。
部屋の電気を消す余裕もないまま駆け足で玄関へ向かう。置いてあった靴を急いで履き、決して振り返らないと決めてドアの鍵を開けた。
よかった、このまま出れる!
ほっと胸を撫で下ろしそのままドアを開いた。
もうすっかり暗くなった外は昼間よりさらにひんやりと冷たい空気が流れていた。まだ髪も乾かしておらず濡れているためか寒さが普段より厳しい。風に当てられぶるっと体を震わせたと同時に、足元にある白い紙袋に気がついた。
口は空いている。そこから美しい黒髪が覗いていた。
ドアを開けたまま停止した。まるで待ち構えていましたというように、人形はそこに存在していた。
「…………麗香さんってやっぱり本物だな……」
もはやははは、と渇いた笑いを浮かべてしまった。
完全に気に入られている。人形に。
ごくりと唾を嚥下し一歩近づいてみる。人形は袋に入れられたまま静かだ。決して声が聞こえるとか動いているとかそんなことはない。
(どうしよう……ここに放置じゃな……)
アパートの廊下は他の人だって通るんだし。じゃあ部屋に投げ込んで鍵かけて一気に走り去る?
でも、それをやって家まで着いてきたのがこの子なんだよな。事務所に置いてきたのに。
それに思えば、私一人で九条さんの家に行ったとしても、結局この人形を探しに二人でくる羽目になるよね? 二度手間だ。
私は深い深いため息をついた。そして恐る恐るその袋を手にする。中身が見えないように、口をしっかり折り曲げた。先ほど貼ったお札が見える。
「……行こう」
意を決して、そのままアパートから出た。
私は必死に祈りながら麗香さんに電話する。どうか出てほしい、どうか!
私の祈りがとうとう神に伝わった。電話の向こうから、懐かしい声が聞こえてきたのだ。
『はーい? もしもし、どうしたの』
「れ、麗香さあああん!」
私は泣き出しそうな声で叫んだ。彼女はやや鬱陶しそうに返事をくれる。
『何よその情けない声。何が起こってるの? 用もないのに私に電話なんてかけてこないでしょ』
「理解が早い! 助けてください!」
すぐに今日の出来事を話した。依頼者の人が人形を持ってきて無断で置いていってしまったこと。お札を貼って置いてきたはずの人形をさっき見てしまったこと。九条さんには連絡がつかないこと。
麗香さんの声と繋がってるだけで安堵感がすごかった。ようやく私は冷静さを取り戻してきた。
私が全て説明を終えると、麗香さんは何とも楽しそうに返事をしてくれた。
『なあにそれ、面白いことになってるじゃない』
「面白くないですよ……」
『だってあなたとナオが本物だって感じた人形、お札まで貼ってきたのに家まで着いてきた? 結構な代物ね、直接お目にかかりたいわ』
「ぜひ! ぜひきてください!」
『でもねえ……残念。私今かなり厄介な除霊頼まれてて北海道なの。イクラとホッケが最高に美味しい』
最後のイクラの話は必要だっただろうか? 私は突っ込みたかったがそんな気力もなくただ項垂れる。麗香さんは来れないんだ、最後の希望だったのに。
麗香さんは続けた。
『ていうか。ナオなんてどうせ寝てるか風呂にでも入って携帯の電源落ちてるの気づいてないだけよ。あの男が夜に出かけるなんてまず有り得ないもの。家に直接行ってみなさいよ』
「家知らないんですもん……」
『あらそうなの? 仕方ないわね、住所教えてあげるからもう直接行きなさい』
「ちょく、直接ですか!??」
『そこで一人怯えているつもり? あなたに何かあっても私も責任感じちゃうし。入られやすいんだから』
「は、はあ……」
私はオロオロと慌てる。九条さんの家、って今日ちょうど話題になったやつ。でもそんなこと言ってる場合じゃないんだな。兎にも角にもこの状況をなんとかせねば。
九条さんならきっとどうにか対処を考えてくれるはずだ。私は頷く。
「分かりました、住所送っていただけますか?」
『襲わないでよ』
「おそ!? 襲わないですよ!!」
『ええ? 私なら襲うけどね。まああなたそんなタイプじゃないわよね。オーケー送っとく』
揶揄うように言ってくる麗香さんにやや呆れるが、もしかして私の恐怖心を軽くさせようとして言ってくれているんだろうか。……わからないな、この人元々奔放で自由人だからな。
私はお礼を言って電話を切ろうとしたが、最後に麗香さんがとめた。
『あ、ちょっと待って』
「はい?」
『そのまま黙っててくれる?』
私は言われた通り黙り込んだ。沈黙が流れると一気に緊張が張り詰める。麗香さんも何も言葉を発さず、二人で口を閉じたままでいた。
さっきまでの穏やかな空気はどこへ行ったのか、どこかざわざわと胸が騒ぎ出す。スマホを持ったまま後ろを振り返りたくなったが、私はあえて何もしなかった。ただ麗香さんの次の言葉を待つ。
しばらくしてようやく向こうから声が聞こえてきた。
『ふうん……そう、なるほどね』
「れ、麗香さん?」
『ううん。あーどうしようかしら、言っておこうかしら』
「なん、なんですか!? お願いします言ってください!」
縋り付くように言う。麗香さんはそのまま答えてくれた。
『そうね、女の子ね』
「女の子……?」
『今からナオの家に行くんでしょ? 多分、家を出るまでにまた出てくるわよ』
「ええ……」
彼女はいつも明るいトーンの声を少しだけ低くして、言った。
『あなたの後ろで連れてって、って言ってるわ』
とりあえず私は、なるべく部屋の壁沿いに動きながら着替えだけをなんとかこなした。はたからみればめちゃくちゃ怪しい動きだと思う。でもだって、あの人形をできれば見付けたくなかったのだ。
パジャマだけは着替えたい、となけなしの女心を何とか奮わせて出かける準備をささっと行った。もちろん化粧だとかそんなものまでは手が回らない。
そしてスマホには麗香さんからメッセージが届いていた。ある住所が記されている。みる限り、そこまで遠くはないが徒歩では辛そうだ。タクシーを捕まえようと決意する。
なんとか着替え終えた私はスマホをカバンに押し込んでいざ振り返る。なるべく周りを見ずに玄関へ急いだ。
そんなに広くないこのワンルーム。見つけない、見つけない。見つけずに置いていきたい。市松人形とタクシーの相乗りなんてごめんだよ。
部屋の電気を消す余裕もないまま駆け足で玄関へ向かう。置いてあった靴を急いで履き、決して振り返らないと決めてドアの鍵を開けた。
よかった、このまま出れる!
ほっと胸を撫で下ろしそのままドアを開いた。
もうすっかり暗くなった外は昼間よりさらにひんやりと冷たい空気が流れていた。まだ髪も乾かしておらず濡れているためか寒さが普段より厳しい。風に当てられぶるっと体を震わせたと同時に、足元にある白い紙袋に気がついた。
口は空いている。そこから美しい黒髪が覗いていた。
ドアを開けたまま停止した。まるで待ち構えていましたというように、人形はそこに存在していた。
「…………麗香さんってやっぱり本物だな……」
もはやははは、と渇いた笑いを浮かべてしまった。
完全に気に入られている。人形に。
ごくりと唾を嚥下し一歩近づいてみる。人形は袋に入れられたまま静かだ。決して声が聞こえるとか動いているとかそんなことはない。
(どうしよう……ここに放置じゃな……)
アパートの廊下は他の人だって通るんだし。じゃあ部屋に投げ込んで鍵かけて一気に走り去る?
でも、それをやって家まで着いてきたのがこの子なんだよな。事務所に置いてきたのに。
それに思えば、私一人で九条さんの家に行ったとしても、結局この人形を探しに二人でくる羽目になるよね? 二度手間だ。
私は深い深いため息をついた。そして恐る恐るその袋を手にする。中身が見えないように、口をしっかり折り曲げた。先ほど貼ったお札が見える。
「……行こう」
意を決して、そのままアパートから出た。
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