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家族の一員

法閣寺

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 市松人形、という名だったろうか。形は日本の子供のようで、手足も長くなく輪郭は丸っこい。そこに真っ直ぐ切り揃えられた長い黒髪。それは乱れもなく美しい髪だった。

 赤い着物を身に纏っている。白い肌に、唇は赤い紅が塗られていた。怒っているとも、優しいとも見える不思議な表情をしている。焦茶色の瞳はじっとこちらを見つめている気がしてならなかった。

 傷ひとつなく、とても美しい状態だ。大事にされていることが一目でわかる。だが美しいからこその怖さがそこにはある。

 動き出しそうだ、と思った。腕のある職人が作ったからなのかそれとも思い込みなのか、そこにある人形は今にも話出しそうなリアルを感じる。

 手入れが行き届いているようで、汚れや傷も何も見当たらない美しい代物だった。

「…………人形、ですか」

 隣の九条さんが呟く。私は彼の様子を伺うようにそっと隣を見てみると、九条さんは眉を顰めて人形を見ていた。私が感じているのだから九条さんだって感じているはずだ。

 これがただの人形ではないことを。

 人形に関する怪異は王道とも言える。髪が伸びる、などは特に誰しもが聞いたことのあるエピソード。つい先日も、そういう内容の心霊番組がやっていた。人形を祀ったり供養することを得意としている寺などもあるとか。

 思えば調査をし始めて、人形絡みの依頼って初めてかもしれない。言いようのない不気味さを感じる。

 藤原さんが頷いた。

「ええ、この人形、うちで大事にしているものなんです。それがその、これが手元にあるとこう、不運が続いたり主人も体調を崩したり……とにかく何かがおかしいと思うんです」

「ええ、普通の人形ではないでしょうね」

 九条さんがキッパリ断言する。それに対しては私も同意だった。この人形から伝わる嫌な気は気のせいなんかじゃない。

 この人形には、『何か』ある。

 しかし九条さんは困ったように言った。

「申し訳ありません。うちでは無理です」

「ええ!?」

 藤原さんの悲痛な声が聞こえる。私も隣を見上げた。彼は淡々と説明する。

「よろしいですか。物に宿る、特に人形など、そういった霊とはかなり厄介なものが多いんです。よく髪の毛が伸びるだのなんだのありますが、ああいったものは霊障ではなく科学的な原因があったりすることも多いんですが」

(この前のテレビ九条さんも見たのかな……)

「本物は、とんでもない相手であることが非常に多い」

 九条さんが言い切ったのを聞いてどきりと自分の胸が鳴った。とんでもない相手、という言葉は非常に怖い。九条さんが言うのなら間違いないのだろう。

 もはや直視できない人形をそっと視界に入れてみる。私をじっと見つめているようで落ち着かない。

「霊と物が一体化してしまえば、我々の能力ではもはや会話も成立させられないでしょう。もっと力の強い相手に依頼せねばなりません」

「で、ですが、一体誰に」

「ここから車で一時間ほど先にある法閣寺という場所はご存じですか? 人形の供養、除霊にはあそこが一番です、力は保証します。伊藤さん住所や地図を」

 言われてすぐ、伊藤さんはメモを藤原さんに手渡した。会話の流れで既に調べて書いていてくれたんだろう。藤原さんは不安そうに受け取る。

 九条さんはじっと人形を見つめながら言った。

「力の強くなってしまった人形は……寺などで年月をかけて供養するのが一番です。保管もしっかりしてくれますしね。申しわけありませんがそちらに持っていってください」

 そう言い終えると、九条さんはすぐに立ち上がった。藤原さんは暗い顔をしたまま何も返事をしない。だが素直に立ち上がり、私たちに頭を下げた。

「急にお邪魔してすみませんでした……」

 私は慌てて返事をする。

「いえ、お力になれずすみません。でも九条さんが紹介する場所なら大丈夫ですよ。この後持っていってください。お気をつけて」

 微笑んで言ってみるも藤原さんは笑い返してはこなかった。力なくフラフラと出口に向かい、伊藤さんが開けてくれた出口に吸い込まれるようにくぐり抜けた。伊藤さんはそっと扉を閉じる。

 人形がなくなったことで、重苦しかった事務所の空気が一気に元に戻った気がした。私はふうとため息をつく。

「人形って、初めてのパターンでした。こういうこともあるんですね」

「ああいう物は我々の力では手に負えませんからね、いつも相応しい場所を紹介してるんです」

「あ、そういえば、法閣寺って、この前テレビに出てたとこじゃないですか? 人形の供養を得意としてるって……!」

 そう、思い出した。先日見ていた心霊番組でその寺が出ていたのだ。なんだか厳かな住職さんだった。何百体もの人形が保管してあるとか。


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