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家族の一員

惨敗

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 私は街中のベンチで項垂れていた。

 秋も深まり少し肌寒くなっている中、周りはみんな楽しそうに笑いながら道を歩いてる。そこそこ人通りの多い場所に私はただ一人、ぼんやりとしながら考え事をしていた。だいぶ履き古したネイビーの靴を見つめてため息を漏らす。

 黒島光。職業……あれ、なんだろう、会社員でいいのか?

 視えざるものが視える私の職業は、霊の浄霊をお手伝いすることだ。心霊調査事務所というところに勤め、そこそこ仕事にも慣れてきている。響きは怪しい事務所だが、健全であると胸を張って言える。

 責任者である九条尚久というスーパー変人に片想いをしつつ、全く脈なしで報われない毎日を送っている。いい加減諦めなければ、と思っているのに簡単にはできないのが最近の悩みだった。

 『無理に諦めることをしなくても、とりあえず他にいい人がいないか見てみれば』という助言をある人から頂き、そうしてみようと思い立ったが自分は思った以上に不器用だった。やっぱりすぐに他の人と付き合うなんてできなかったのだ。
 
 頑固で呆れる自分。ほんと、なんでこんなに不器用なの。深い深いため息をつく。

 実は先日九条さんとプライベートで映画に行く約束を取り付けた。彼は多分何も深く考えず、いいですよ別に、と返事をしてくれたのだ。デートぐらいして何か進展を……と意気込んでいたのだが、その場だけの勢いだった。

 いざいつ行こうか、という具体的な話になったらヘタレな自分登場。九条さんと二人きりなんて調査で散々慣れているというのに、デートなんてやっぱり無理だ! と慌ててしまったのだ。

 そこに来たのが、同じ事務所で働く伊藤陽太さん。とってもいい人で私の片想いも知っているのだが、私は彼に声を掛けた。『伊藤さんも一緒に行きませんか!?』と。

 あの時の伊藤さんの顔は忘れられない。ギョッとして、顔にはこう書いてあった。『なんでせっかく二人で出かけられるっていうのに僕を誘ってるの光ちゃん?』 ええ、私もそう思います。

 さりげなく断ってくる伊藤さんを強引に誘った。伊藤さんもあまりに必死な私にじゃあ、と参加を決意してくれた。その後ラインで『僕熱出そうか?』と送ってくる伊藤さん、本当にごめんなさい。

 丁重にお断りして三人で映画に参戦した。だが、当日は本当に楽しい一日になった。伊藤さんは持ち前の明るさで話題を途切れさせないし、プライベートの九条さんはどこか違って見えて新鮮だったし。

 楽しく映画を見てランチをとって帰った。普通に休日を謳歌しただけだった。

 ちなみに三人で出かけると非常に女子たちの視線が痛かった。そりゃ男二人、女一人だなんて目をひくし、その上九条さんは顔はとんでもない男前、伊藤さんは可愛らしい系でどちらも目立つのだ。

 さて、楽しく映画を終えた私は家に帰り自分を殴った。いや楽しかったけど、でもこれじゃあダメだろう、と。せっかく二人で出かけられるチャンスだったのに何をしていたんだ。自分の意気地の無さとコミュ障が辛い。

 私は一人反省会を開いた。まず自分自身人間としてもう少し積極的に、あと器用にならなければ。あまり人と関らず生きてきたことが今になって仇になっている。

 大きな声では言えないが私は友達もいない。今は家族もいないし、会話相手は九条さんと伊藤さん、あとはテレビだけなのだ。こりゃ不器用も加速する。

 そこで考え抜いたのが、何がどうなったか外に出て人と関わってみよう! 作戦である。ネットで探し、街コンなるものを参加する決意をしたのだ。

 お見合いパーティーよりは気軽かもしれない。人と話して慣れること、そして運が良ければ気になる人でもできて、ようやくこの報われない恋も終わらせられるかもしれない。そう意気込み、震える手で参加手続きをしたのだ。

 今日がその決戦の日。

 結果、惨敗。

 というか、途中でギブアップして抜けてきてしまった。まず第一に女性は友達同士で参加している人たちが多く一人だなんてあまりいなかった。どう振舞っていいかもわからずオロオロするばかり。

 気を使ったのか話しかけてくれる男性はいた。ありがたいことだ、私は何とか必死に愛想を振りまいて話してみた。

 だがここが一番の問題だ。

 はあーと再び大きなため息をついて頭を抱えた。その動きのせいで隣に置いてあった鞄がベンチから滑り落ちる。私は力なく手を伸ばしてそれを拾った。

 自分はこれまで、理想が高い人間ではないと思ってきた。面食いでもないし、人間欠点があるくらい普通だ、と。

 なのに今日話した人たちにはまるで心が開けなかった。振りまいていた愛想も在庫切れ。

 話途中に出てくる自慢話。『いい大学に出た』『いい企業に勤めてる』『女性にはモテてきたけど今たまたま相手がいないだけ』

 話が盛り上がっていると思ったのか勝手に馴れ馴れしく触れてくる手。誰が触っていいって言った?

 その一つ一つを見るたび頭の中で思ってしまう。伊藤さんや九条さんは絶対こんなことしない。あの変人だと思う九条さんだって、天然で生活力がないってだけで誰かを不快にさせたりすることはない。

 無理に笑うことで引き攣った頬の筋肉も限界を迎え、私はまだ会の途中だというのに去ってきてしまったのだ。もうここにはいられない、と思ってしまった。

(……私、いい人たちに囲まれてるんだなあ)

 わかっていた。二人とも優しいし仲間思いで最高の人たちだ。でもこれじゃあ私は普通の恋愛が遠ざかる一方な気がする。今日はたまたまそういう人たちに当たってしまっただけだろうとも思うが、残念ながらもうあんな場所へ行こうとは思えなくなってしまった。

 自分のコミュニケーション能力を上げるため、あとはいいご縁を見つけるため、という名目で行ったのに、ただ身近にいる二人の素晴らしさに気付かされただけだったのだ。

「お腹すいたな、参加費もったいなかったや。まあ勉強代かな」

 小声で呟く。仕方ない、こうなれば帰りに何か買って帰ってやけ食いだ。

 私は一度その場で伸びをした。もう外はすっかり暗い。こんなところで意気消沈していても仕方がないから帰宅しようと思い立ったときだった。



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