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聞こえない声
小話8 アルファポリス限定
しおりを挟むそれはある依頼の最中。いつも通り撮影機材を設置し、泊まり込みで霊の出現を待っていた。
与えられた控室で一旦休憩とばかりに二人で床に座り込み、私は先ほど一人コンビニで購入してきた夕食を取り出した。
この仕事になってから圧倒的にコンビニ食が増えた。仕方ないとはいえ、調査が落ち着いている時はきちんと自炊をしようと心に決めている。
今日も適当に買い込んだ食糧たちを床に並べた。調査中はこうして床で食事することも珍しくない。ま、もう慣れちゃったけど。
最後に、白いビニール袋からもう口に出すのも飽きたあのお菓子と、お水を取り出した。
「どうぞ九条さん」
「ありがとうございます」
彼は飽きるそぶりなんてまるで見せず相変わらず夢中らしい。
私はおにぎりの封を開けながらふと、九条さんに尋ねた。
「そういえば九条さんっていつも水ですよね。コーヒーは苦味が苦手で飲めないって知ってますけど、紅茶とかはどうなんですか?」
「ストレートでも飲もうと思えば飲めます、ですが好んでは飲みません。ミルクティーならたまには」
「日本茶は大丈夫ですよね?」
「はい、さすがにそこは飲めます。でも家でもほぼ水ですね」
ペットボトルのキャップを開けて一気に飲んでいく。まあ、ポッキーで糖分取りすぎだと思うから、お供は水でよかったと思うけど。
「いつからポッキー好きなんですか?」
「生まれた時から」
「ふざけないでください」
「まあ冗談です。正確にいえば高校生ぐらいの頃ですね」
「へえ! てっきり子供の頃から好きだと思ってました!」
まあ高校生から今までハマり続けているのは十分長いけれど、この執着は結構大きくなってからのことだったのか。感心しながらおにぎりを頬張る。
「それまではむしろあまりお菓子などは食べなかったんです」
「なんですって?」
「食に興味がなかったといいますか、腹を満たせばなんでもいい、という感覚で。ですがある日、学校にポッキーを持ってきたクラスメイトが無理矢理私に食べさせたんです」
封を開けたポッキー(本日はイチゴ味)をまじまじと見ながら、彼は懐かしむように目を細める。まるで自分の初恋を話すような雰囲気に、どう突っ込んでいいかもわからず黙っていた。
「衝撃でした。噛んだ時の食感、ちょうど良い甘み、手は汚さずに食べられるという利便さ、それがたった百円程度で買える驚き」
「は、はい」
「それまで存在は知っていたのに手に取らなかった自分を嘆きました」
「まあ、高校生までポッキー食べたことないっていうのは珍しいですよね」
「そうなんです。だからこそ、それまでの分まで食べようと心に誓ったわけです」
決意を再確認するように、イチゴの棒をポキっと齧った。うーん、これ恋愛話ならまだ分かる主張なんだけどなあ。「これまで出会えなかった二人の時間を埋めるようにたくさん一緒にいよう」……的な。違うんだよね、相手はお菓子なんだよね。
私は何も答えなかった。まあ、彼がどれほどあれが好きなのかはもう分かりきっている。そんなに愛されるポッキーが羨ましい限りですよ、ええ。
「じゃあ九条さん、ポッキー以外で好きな食べ物はなんですか?」
少し話題を逸らすように尋ねてみると、彼は首をかしげる。
「まあ、基本何でも食べますよ。美味しいものは好きです」
「ええ、じゃあお寿司は?」
「普通に好きですよ」
「焼き肉」
「はい」
「ハンバーグ」
「好きです」
「パスタ」
「いいですね」
「カレー」
「甘口を希望します」
本当に基本なんでも食べるんだ、私は頷いた。でもきっとポッキーの好きと比べたら、越えられない壁があるんだろうな。
確かにこうやって何度も食事をしているけど、何買ってきても九条さん食べてはいるもんな。まあ、栄養取るために仕方なく食べます感がすごいけど。
「ポッキーの次に好きな食べ物は?」
私が聞いてみると彼はどこか遠くを見たまま固まった。思いつかないらしい。結局こういうことね。
私は少し笑っておにぎりを食べ切る。お茶を飲もうとペットボトルを取った時、思い出したように九条さんが言った。
「あ」
「ん? 思い出しました?」
彼は私の方を見て、こう言った。
「光さんの作る薩摩芋ですかね」
「…………そ、うでしたか」
持っていたお茶を落としそうになり慌てる。まあ、前も好きだって言ってくれてたけど、まさか本当にそこまで? 誰にでも作れそうな簡単なものなんだけどな。
九条さんは少しだけ口角を上げて私に言った。
「ええ、そうですね。あれが入っていると喜びます」
「そ、それはよかったです」
私は赤くなる顔を隠すように俯いた。調査がない時に作ってくるお弁当、頑張っててよかったな、と思う。
その反面、こうして気を持たせるようなことを言うこの天然が非常にムカつく。計算なしにこんなことを言うこの人は罪深い。
いつもちょっと人とはズレてる九条さん。多分、おかず全品薩摩芋にしてやったとしても、普通の人ならうんざりするところをこの人は喜んで食べそう。次に作る弁当のおかずを心に決めた。
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