220 / 449
聞こえない声
小話8 アルファポリス限定
しおりを挟むそれはある依頼の最中。いつも通り撮影機材を設置し、泊まり込みで霊の出現を待っていた。
与えられた控室で一旦休憩とばかりに二人で床に座り込み、私は先ほど一人コンビニで購入してきた夕食を取り出した。
この仕事になってから圧倒的にコンビニ食が増えた。仕方ないとはいえ、調査が落ち着いている時はきちんと自炊をしようと心に決めている。
今日も適当に買い込んだ食糧たちを床に並べた。調査中はこうして床で食事することも珍しくない。ま、もう慣れちゃったけど。
最後に、白いビニール袋からもう口に出すのも飽きたあのお菓子と、お水を取り出した。
「どうぞ九条さん」
「ありがとうございます」
彼は飽きるそぶりなんてまるで見せず相変わらず夢中らしい。
私はおにぎりの封を開けながらふと、九条さんに尋ねた。
「そういえば九条さんっていつも水ですよね。コーヒーは苦味が苦手で飲めないって知ってますけど、紅茶とかはどうなんですか?」
「ストレートでも飲もうと思えば飲めます、ですが好んでは飲みません。ミルクティーならたまには」
「日本茶は大丈夫ですよね?」
「はい、さすがにそこは飲めます。でも家でもほぼ水ですね」
ペットボトルのキャップを開けて一気に飲んでいく。まあ、ポッキーで糖分取りすぎだと思うから、お供は水でよかったと思うけど。
「いつからポッキー好きなんですか?」
「生まれた時から」
「ふざけないでください」
「まあ冗談です。正確にいえば高校生ぐらいの頃ですね」
「へえ! てっきり子供の頃から好きだと思ってました!」
まあ高校生から今までハマり続けているのは十分長いけれど、この執着は結構大きくなってからのことだったのか。感心しながらおにぎりを頬張る。
「それまではむしろあまりお菓子などは食べなかったんです」
「なんですって?」
「食に興味がなかったといいますか、腹を満たせばなんでもいい、という感覚で。ですがある日、学校にポッキーを持ってきたクラスメイトが無理矢理私に食べさせたんです」
封を開けたポッキー(本日はイチゴ味)をまじまじと見ながら、彼は懐かしむように目を細める。まるで自分の初恋を話すような雰囲気に、どう突っ込んでいいかもわからず黙っていた。
「衝撃でした。噛んだ時の食感、ちょうど良い甘み、手は汚さずに食べられるという利便さ、それがたった百円程度で買える驚き」
「は、はい」
「それまで存在は知っていたのに手に取らなかった自分を嘆きました」
「まあ、高校生までポッキー食べたことないっていうのは珍しいですよね」
「そうなんです。だからこそ、それまでの分まで食べようと心に誓ったわけです」
決意を再確認するように、イチゴの棒をポキっと齧った。うーん、これ恋愛話ならまだ分かる主張なんだけどなあ。「これまで出会えなかった二人の時間を埋めるようにたくさん一緒にいよう」……的な。違うんだよね、相手はお菓子なんだよね。
私は何も答えなかった。まあ、彼がどれほどあれが好きなのかはもう分かりきっている。そんなに愛されるポッキーが羨ましい限りですよ、ええ。
「じゃあ九条さん、ポッキー以外で好きな食べ物はなんですか?」
少し話題を逸らすように尋ねてみると、彼は首をかしげる。
「まあ、基本何でも食べますよ。美味しいものは好きです」
「ええ、じゃあお寿司は?」
「普通に好きですよ」
「焼き肉」
「はい」
「ハンバーグ」
「好きです」
「パスタ」
「いいですね」
「カレー」
「甘口を希望します」
本当に基本なんでも食べるんだ、私は頷いた。でもきっとポッキーの好きと比べたら、越えられない壁があるんだろうな。
確かにこうやって何度も食事をしているけど、何買ってきても九条さん食べてはいるもんな。まあ、栄養取るために仕方なく食べます感がすごいけど。
「ポッキーの次に好きな食べ物は?」
私が聞いてみると彼はどこか遠くを見たまま固まった。思いつかないらしい。結局こういうことね。
私は少し笑っておにぎりを食べ切る。お茶を飲もうとペットボトルを取った時、思い出したように九条さんが言った。
「あ」
「ん? 思い出しました?」
彼は私の方を見て、こう言った。
「光さんの作る薩摩芋ですかね」
「…………そ、うでしたか」
持っていたお茶を落としそうになり慌てる。まあ、前も好きだって言ってくれてたけど、まさか本当にそこまで? 誰にでも作れそうな簡単なものなんだけどな。
九条さんは少しだけ口角を上げて私に言った。
「ええ、そうですね。あれが入っていると喜びます」
「そ、それはよかったです」
私は赤くなる顔を隠すように俯いた。調査がない時に作ってくるお弁当、頑張っててよかったな、と思う。
その反面、こうして気を持たせるようなことを言うこの天然が非常にムカつく。計算なしにこんなことを言うこの人は罪深い。
いつもちょっと人とはズレてる九条さん。多分、おかず全品薩摩芋にしてやったとしても、普通の人ならうんざりするところをこの人は喜んで食べそう。次に作る弁当のおかずを心に決めた。
48
お気に入りに追加
546
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。


キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

やってはいけない危険な遊びに手を出した少年のお話
山本 淳一
ホラー
あるところに「やってはいけない危険な儀式・遊び」に興味を持った少年がいました。
彼は好奇心のままに多くの儀式や遊びを試し、何が起こるかを検証していました。
その後彼はどのような人生を送っていくのか......
初投稿の長編小説になります。
登場人物
田中浩一:主人公
田中美恵子:主人公の母
西藤昭人:浩一の高校時代の友人
長岡雄二(ながおか ゆうじ):経営学部3年、オカルト研究会の部長
秋山逢(あきやま あい):人文学部2年、オカルト研究会の副部長
佐藤影夫(さとうかげお)社会学部2年、オカルト研究会の部員
鈴木幽也(すずきゆうや):人文学部1年、オカルト研究会の部員
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。