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聞こえない声

中ですか!?

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「あ、そうそう光ちゃん」

「え?」

「はい、これ見て」

 伊藤さんが手元にあったノートパソコンをくるりと回して私に差し出した。なんだなんだと覗き込んでみると、何やら画質の荒い映像が流れている。一定の場所から見下ろすように設置されているそれは、すぐにみてわかる、監視カメラの映像だった。

「い、伊藤さんこれは?」

「光ちゃんとストーカー女が接触したところは残念ながら監視カメラなかったんだけどね。その道に行くまでの監視カメラのどこかに映ってるはずだよねって思って。周辺の店から映像借りてきた」

「…………」

「マスクや帽子してても、やっぱり映像でこの人だって提示できるのは強いから。頑張って探し出してね」

 パンを齧りながら少年のように笑う彼に、なんだか末恐ろしいものを感じた。

 あれ、伊藤さんって元刑事とかだっけ? いやいや、普通の会社の営業さんだったんだよね。このフットワークの軽さっていうかなんていうか……やめておこう、これ以上は突っ込まない。伊藤さんって時々触れちゃいけない面がある気がする。

「はい、わかりました」

「たくさんあるから頑張って。僕は現場に行ってきます、九条さん光ちゃんを頼みましたよ!」

「はい、伊藤さんもくれぐれも気をつけて」

「わかってますって。行ってきまーす!」

 パンを最後口に頬張ると、伊藤さんはにこやかに私たちに手を振ってくれた。ああ伊藤さん、結局一番大変で危険なことを彼にさせてしまっている……頭が上がらない。

 私は心の中で拝み倒すと、とりあえずパソコンを睨みつけてさっき見たマスクの女性らしき人がいないか観察を始めた。






 夕方になった頃、九条さんはそろそろ帰りましょうと私に声をかけた。

 伊藤さんが用意してくれた映像何回か目を通し、近くの店で設置されていた監視カメラにそれらしき人を見つけた。伊藤さんに連絡し、指示されるがまま伊藤さんと警察にもその画像を送ってみた。ただ遠目からだしやっぱりマスクも帽子もしてるから顔は鮮明に分からないが。

 私は肩を回しながらふうと息を吐いた。

「ううん。これで何か進むといいんですけどねえ」

「伊藤さんも言ってましたが、口頭で人の特徴を伝えるより荒くても映像で示す方がぐっと具体性が増しますよ」

「まあ、そうですけど」

「それより、暗くなると危険が増しますから帰りましょう。今日はここまでです」

 九条さんはそういうと、勝手に私が見ていたパソコンの電源を落とした。申し訳なく思いながら置いてあった鞄を手に取る。時刻はまだ夕方、夏であるこの季節はまだ外も十分明るい。

「伊藤さんは働いてくれてるのに申し訳ないです……」

「あなたは今は自分の安全だけ考えてればいいんです。さあ行きます」

 言われるがまま事務所を後にする。そのまま駐車場に移動し、もう乗り慣れた九条さんの車に乗り込んだ。ムッとした夏の暑さに身を包まれ、九条さんがすぐにエンジンをかけエアコンをつける。

 私の家はこの事務所からすぐのところにある。通勤も徒歩だ。なのでこの距離を車でわざわざ送ってもらうことに申し訳なさでいっぱいだ。

「すみません、すぐそこだっていうのに」

「光さん謝るの趣味ですよね。あなたに非がないので気にすることはないと何度言わせるんです」

「……すみ、あ、はい」

「買い物など行きたいところはありませんか」

「とりあえずは……食料もなんとかなるし」

「そうですか。では行きましょう」

 九条さんは車をゆっくり発進させる。ううん、とはいえやっぱり申し訳ないんだけどなあ。

 やはり、車をほんの少し進めたところに私の住むアパートは見えてきた。まだまだ明るく周りに人もいる。普段となんら変わりない景色は安心感をもたらせた。

 九条さんが車を適当に停めてくれる。私はシートベルトを外し、改めてお礼を言おうと彼に向き直った。

「では、ありがとうございま」

「何を言ってるんですか」

「へ?」

 九条さんはそう言いながらエンジンを切り、自身もシートベルトを外した。私はキョトンとしてそれをみている。

「ここで別れるつもりですか、警戒心が足りないですね。どこに犯人が隠れているか分からないんですよ」

「え……じゃあ、部屋の前まで送ってくれるんですか」

 少しだけ胸が鳴った。普段はここでさよならをするのに、部屋の前まで一緒に来てくれるなんて。それってこう、付き合ってる感じっていうか。……今日フラれたっていうのに何を考えてるんだ私は。

 ちょっと嬉しさにモジモジしていると、九条さんが表情を変えないまま言った。

「というか家の中までみます」

「ああ、中まで、
……ん? な、中ですか!?」



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