視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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聞こえない声

告白されたんだっけ

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「いえ、いません」

「そうですか……やはり菊池さんの知り合いではないと」

「それがあの首なしのお名前なんですね? でもイニシャルでどうするんですか」

 菊池さんの知り合いではないのなら、やっぱりどこかで拾ってしまったことになる。でもイニシャルだけじゃなあ。

 九条さんが頷いて言う。

「せっかくあの霊がくれたヒントなのでなんとか繋げたいとは思いますが……。
 これまで頭部切断されて発見された被害者の方の中に、Y.Sがいないか調べましょう。もし当てはまればほぼ間違いなく身元は割れる」

 なるほど、と菊池さんが感心する。私は横から質問を投げかけた。

「当てはまらなかったら?」

「つまりは……まだ発見されていない方、ということです」

「……それって」

 この日本のどこかに、まだ発見されていない首と体を想像する。ぶるりと寒気がして震えた。

「そうなれば残念ながら今度こそお手上げです、せっかくのヒント、なんとかしたいのですがね」

 九条さんは真剣な目でそう呟いた。






 その後昨日と同じように、一旦私たちは撤収した。九条さんは私をアパートまで送ってくれ、また明日事務所出勤となった。

 日付はとっくに変わっていた。今日は遠出もしたし、首なしとも会ったしで疲労感がすごい。私はふらふらになりながら自室へと入った。

 とりあえずシャワーを浴びてゆっくりする。まあ、普段の調査はその間家に帰って来れないから今回はマシなんだけど。それでも、やっぱり疲れた。

 髪を乾かしてベッドにダイブする。

「う~愛しい布団……」

 一気に眠気が襲ってくる。寝転がったままぼんやりと自分の手を眺めながら、今日見たシルバーリングのことを思い出していた。

「うーん、解決してあげたいんだけどなあ」

 首なしが出してくれたヒント。九条さんもなんとかしたいって言ってたけど、その気持ちはわかる。でもイニシャルだけじゃあまりに心細いヒントだ。

 外見の特徴だって、顔がなけりゃ全然分からない。多分そこそこ若い人っていうのと、普通の身長、ぐらいの情報のみだ。

 しかも。もしうまくいって身元を特定できたとして、『一体なぜこの世に留まってるのか』という一番肝心な部分はまだまだ分からないのである。

「多分明日は伊藤さんが頑張る日だろうな。調べ物かあ。私も手伝えるといいんだけど」

 誰に言うでもなく独り言を発すると、そのままうとうとと夢の世界に入っていきそうになる。途端、枕元に置いておいたスマホが鳴り響いたので飛び上がった。

 私の連絡先は少ない人しか知らない。こんな時刻、伊藤さんは気を遣って連絡してこなさそうだし、九条さんからの業務連絡か、マイペースな麗香さんか……。

 そう思いながらスマホを覗き込む。そこで表示された文字を見てあっと思い出した。

「忘れてた」

 菊池さんからのメッセージだった。すっかり頭から抜けていたが、そういえば今日連絡先を交換していたのだ。首なしの指輪で全く忘れてた。

 すぐに内容を確認してみる。簡素な、でも菊池さんらしい文があった。


『遅くまでお疲れ様です。
 依頼してる僕が言うのも変ですが、無理はしないでください。
 おやすみなさい』




「……告白されたんだっけ」

 顔を枕に埋めた。

 それすら忘れたよ。なんかすみません菊池さん。

 予想外に彼から交際を申し込まれ、まだ返事を返していない。というか一度断ったのを断られた。

 ふうとため息をつきながら、数少ない連絡先を開いてみる。あまりに目を引く初期アイコン、九条尚久の名前がなんだか胸を苦しくさせた。

 九条さんと電話やメッセージのやりとりなんて、ほとんどしたことない。仕事に関する伝達事項ぐらいだ。短くて絵文字も丸もなくて、九条さんらしい文なんだけど。

 ぼんやり眺めながら考える。

 私の視える能力を知っていて、それでも付き合おうって言ってくれる人なんてまれだと思う。しかも菊池さんはなんかちょっと伊藤さんぽい、優しい人だし。私にとってはもったいない話なのだ。

 彼と付き合うことになれば、普通の恋愛ができる気がする。少なくともあのポッキー星人よりずっと。私に好きな人がいると知っていてそれでもいいと言ってくれてるなら、勇気を出してみるのもいいのかもしれない。

 ただ、どうしても。

 私は一歩を踏み出せない。

「……てゆうか。依頼人とそういう関係っていいのかな」

 ふと思ったことを呟いた。うちの事務所は普通とは違うし、もしかしたら依頼人と親しくなることで何か不利益などあるだろうか。

 そう考えてピンと閃く。いっそ九条さんに聞いてみようか。

 もし万が一、彼がほんの少しでも私を異性として意識してくれたなら、多少態度に現れるはず。何も思ってなくても、この話を聞くことで意識してくれる可能性もあるのでは?

 そんなちょっとずるい考えが浮かんで自分でも呆れたけど、実際依頼人の人と親密になっていいのか確認とった方がいいしなあ。九条さんは事務所の責任者なんだし。

 聞いてみようか、明日。それで、

「本当に何も感じてない様子なら、さすがに諦めがつくのかも」

 小さく呟いて、そのパターンになる確率がほとんどだろうなと思った。私の下着を見ても全く興味なさそうな人が、女としてみてくれてるわけないって。

 決めた。明日、それとなく聞いてみよう。

 そう決意した途端緊張で心臓がドキドキし始めた。ずっとなんの進展もなかった片想いが、形を変えるかもしれない。

 眠くてたまらなかった頭は冴えてしまった。私はベッドの上でゴロゴロと落ち着かないまま暴れ、ただ夜だけが更けていった。



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