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聞こえない声

Y.S

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 はっと視線を動かしてみると、彼女は片手をゆっくり挙上させた。力のない様子で手先がだらりとなっているそれに、私は初めて気がつくことがあった。

 中指に指輪があったのだ。

 首のインパクトが強すぎて全然気が付かなかった。右手の中指にシンプルなシルバーの指輪がある。あ、と思った時、彼女はもう片方の手でそれをするするとゆっくり抜いた。

「光さん? あれは」

「ゆ、指輪です、右手の中指に指輪があって、それを外しているんです」

 私は目を離さないまま九条さんに説明する。首なしは指輪を外し終えると、握っている手をゆっくりその場で開いた。同時に銀色が床に落下する。

 まるで本物が落ちたかのように、カツンっと音が響いた。

 私は唖然として落ちた指輪を見る。まず動いたのは大福だった。指輪に近づき、鼻を当ててクンクンと匂いを嗅いでいる。そして私たちの方をみると、笑うように舌を出して穏やかな表情を見せた。

「……ちょ、っと、見てみます」

 私は勇気を出して九条さんに告げた。私がするしかないのだ、大福もあんなに穏やかな顔をしているわけだし、近づいてみてみよう。

 そっと前に進んでいく。ちらりと首無しをみると、彼女は全く動かないまま立ち尽くしている。恐る恐る大福の前足に落ちている指輪までくると、それをじっと覗き込んだ。

(……なんか、裏に書いてある……?)

 年季の入ったシルバーリング。細かな傷がそれを物語っていた。そしてその裏には、文字が刻まれているように見える。

 少し迷ったが、そばにいる大福があまりに平和な顔をしているのでなんだか心が落ち着き、私は指輪を手に持ってみた。

 ひんやりとした感触、まるで本物みたい。私は指先でつまむと、少し上に掲げて内側を見た。


『Y.S』………………


「光さん?」

「イニシャルです、Y.Sって裏に彫ってある!」

「イニシャル?」

 私は首無しを見上げる。未だ微動だにしない彼女が、なんだか急に切なく見えた。

 彼女なりの叫びなんだ。きっとこの人も自分でどうにかしたいはず。誰かに助けを求めたくて仕方ない、でも声を奪われてしまってそれができない状況。

「あなたの名前?」

 頷くことすらできない彼女は無言のままだ。

 そしてその白い足が徐々に消え、背景の壁が透けて見えるようになってくる。

 気づいた九条さんが声をだした。

「あなたの名前なのですね。他にも、何かヒントはありませんか。イニシャルだけではとても」

 早口でそう言ったが、最後まで言い切ることはできなかった。首なしはまるで煙のようにその場から消えてしまったのだ。同時に私が持っていた指輪もいつのまにか手中から無くなっていた。しっかり持っていたはずなのに、今は跡形もない。

 残ったのは白い犬だけだった。大福はその場で何度かまたくるくると回転し、少しだが尻尾も振っていた。私は大福に話しかけてみる。

「ご主人様が心配で来たの? もしかして、首なしが部屋には入れず廊下で消えるのは、君がいるおかげなのかな?」

 大福は私をじっと見上げたかと思うと、その子もまたあっという間にその場から消失してしまったのだ。

 無音が流れる。私は自分の手のひらを見た。霊の所有物に触るなんて初めてかも、本物みたいな感覚だった。シルバーリング……。

「私たちの意思は伝わってはいるようですね」

 背後で九条さんが言ったので振り返る。彼は腕を組んで考え込んでいた。

「どう考えても、彼女なりに身元を示しているのだと思います。ですがイニシャルですか、フルネームならよかったのですがね……」

「右手の中指、なら結婚指輪じゃないですよね」

「そうなりますね。さてY.Sがどうなるか」

 私が声をかけようとしたとき、廊下にある扉が恐る恐る開かれた。控えめに顔を出してきたのは菊池さんだ、こちらが騒いでいるのが聞こえたのだろう。

「あの、どうでしたか?」

 心配そうに尋ねてくる。九条さんは今起こった現象をそのまま説明した。

「昨日と同じように大福と首のない女性が現れたんですが、会話の成立はやはりできませんでした。
 ですが、彼女は指輪をはめていた。それを外して我々に示したのです。裏側にはイニシャルが彫られていました」

「指輪……イニシャル?」

「菊池さん、お知り合いにY.Sの女性はいませんか」

 聞かれた菊池さんはううんと考え込む。

「Y……や、ゆ、よ。ようこ、は苗字が違うし、ユウナも……ううん」

 しばらく悩んでいた菊池さんだが、少しして首を振った。


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