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聞こえない声
動く
しおりを挟む夜になる。
窓のない廊下では外の様子は分からないが、とっくに真っ暗になっている頃だ。時刻は二十三時すぎ、そろそろ日付を跨ごうとしていた。
退屈で眠気マックスの私はうとうととしていた。普段起きている時間より睡眠時間の方が長いだろうこの男は、仕事中となると不思議なことにあまり眠くならないらしい。眠そうな素振りもせずじっと首無しを待ち続けていた。
多分もう少しで来るはず。だから起きなきゃと自分を戒めても眠くてたまらない。閉じそうになる瞼を何度も無理矢理開いていた。
ああベッドで寝たい、自分の部屋に帰りたいと心の底から願っていた頃だ、私たちが待っていたあの足音が遠くから聞こえてきた。
その瞬間、ずっと眠っていた自分の脳内は冷水を浴びたかのようにさめた。九条さんの方を見ると、彼も無言で一つ頷いた。
やはり足音は二つだった。裸足でぺたぺたと歩く音と、小さな速い音。間違いなかった、またあの二人がここを目指している。
多分大福は菊池さんが心配で。では、首なし女の方は? 一体何が目的で毎晩こうしてここを訪ねてくるんだろうか。
二人で玄関の方を見つめた。ごくりと飲み込む唾の音が大きく聞こえた気がする。
次第に近づいてくる足音に注目しながら、私は昨日よりはだいぶ自分が冷静でいることに気がついていた。首なしが現れたことでかなり驚いたけど、今日はまだ大丈夫、気持ちの準備が整っている。
そしてついに、まずは扉をすり抜けて飛び込んできたぬいぐるみのような子を目の当たりにした。
大福。真っ白なポメラニアン、大きな瞳に小さな口。細い手足とは逆に毛並みはふわふわ。
大福は私たちの前にとことこと歩み寄ると、昨日と同じように不思議そうにこちらを見上げてきた。
「だ、大福?」
私が声をかけてみる。すると、彼の耳がピクリと動いた。自分の名前を呼ばれて反応しているのだ、とわかる。
「大福、だよね? おいで」
私は優しく声をかけてみた。昨晩のように手を差し出してみる。大福はまた匂いを嗅ぐようにくんくんと私の手に鼻を近づけている。わずかに尻尾が揺れていた。
九条さんが声をかけた。
「呼び名に反応しましたね、やはり菊池さんが飼っていた犬で間違いないでしょう」
「はい可愛いです」
「返事がずれていることは突っ込まないことにします。
さて問題は、あっちですね」
九条さんが玄関を見つめた。私も気を引き締めてそちらをみる。
素足で地面を踏みつける音が目の前まできていた。もちろん怖いが、それでもやっぱりだいぶ昨日より冷静に待ち構えられている。
少しだけ風が吹いて頬を掠めた気がした、そして同時に、やっぱり紺色のワンピースがゆらゆらと揺れながら出現したのである。
(……やっぱり、悲しんでるなあ……トンネルの霊とは全然違うオーラだ……)
皮膚に感じるブルーなオーラ。紺色のワンピースの首から上はやっぱり存在しなかった。どす黒く汚れた襟は痛々しい。昨日はじっとみることができなかったが、切断部分の首はやはりグロテスクで、私はつい視線を下ろしてしまった。
「聞こえますか。あなたが眠る手伝いをしたい。あなたがなぜここにいるのか教えてはくれませんか」
九条さんがゆっくりとした口調で穏やかに尋ねた。目の前にいる大福はじっと私たちを見ている。
「あなたは今、顔が見えない。話せない。身元すら、私たちは分からないのです。何かヒントが欲しい。あなたは誰なのですか、なぜここに来るのですか」
首なしは何も動かなかった。両手をぶらりと垂らし、細い足で首のない体を支えている。こちらの声が聞こえているのかどうかすら分からない。やっぱり、耳もないわけだし聞くこともできないんだろうか。ううん、初めてのパターンでよくわからない。
九条さんが困ったように小さく息を吐いた。目の前にいる大福がその場でくるくると回転し、首なしや私たちを見上げている。
霊の姿をはっきり見ることができるのは私だけなので、少しでも何かサインを出していないか集中して観察した。でもピクリとも動かないんじゃ、やっぱり聞こえていないのかもと結論づけるしかない。
「……やっぱりだめですね」
私が小声でいう。九条さんも同意する。
「残念ですが、お手上げでしょうか。除霊をどこかにお願いして」
そう話ているときだった。突然、首無しが動いた。
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