視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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聞こえない声

トンネル

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 伊藤さんは眉を下げながら続けた。

「隣の県にある有名な出るトンネルでね。古いし噂もすごいしでほとんど人が通らないトンネルだけど、それでも封鎖されてるわけじゃないから通ることはできるんだって。まあ、完全に心霊スポット化してるらしいね」

 私はちらりと画像を見る。

 薄暗い中、石造りのトンネルがひっそりとそこにはあった。周りは木が生い茂っており、苔と汚れで黒ずんだ岩たちは不気味と呼ぶほかない。ぽっかりと空いた穴は、誰かを引き摺り込もうとしているようにも感じてしまう。

 黙っていた九条さんが言う。

「この周辺は田舎道で、人通りも少ない。トンネル自体には何もないかも知れませんが、あたりに遺体が破棄されている可能性も」

「!?」

「んー今のところまだ頭部発見、とか胴体発見、とかは事件ないんですよねえ。両方見つかってないんですかねえ」

「!??」

「波長が合って菊池さんは拾ってきたんでしょうか。我々が遺体の第一発見者になったら笑えませんね」

「も、もうやめてください……私のHPはゼロです……」

 がくりと項垂れる。こんな怖そうなトンネルに行くのだって嫌だし、周りに死体があるかもしれないっていうのも嫌だ! なんて散々な調査だろう。

 しかもここに訪問して万が一あの霊が誰か分かったとしても、そこからこの世に残した未練を見つけれるとは限らない。

 無謀すぎる。

 伊藤さんが申し訳なさそうにこちらを向く。

「ご、ごめんね光ちゃん……」

「い、いいえ事実ですし。じゃあとにかく、私と九条さんはここに行ってみるしかないってことですね」

 私は諦めたように九条さんに言った。すると彼は、腕を組んだままじっと何かを考え込んでいるようだった。その顔を覗き込むと、薄い唇が開く。

「昨日から何かが引っかかってるんですけど。その何かがわからなくてスッキリしないんです」

「そういえば、朝からずっとなんか考えてますね九条さん」

「まあ、今回の件は引っかかるというよりわからないことが多すぎるんですけどね」

「まあ、それは」

 彼はふうと一つ息を吐き出すと、仕方ないとばかりに首を小さく振った。

「解決する望みは非常に薄いですが、できることからやりましょう。光さん、トンネルに向かいましょう」

 私は小さな声で返事をした。最近慣れてきたと思っていた調査も、流石に今日ばかりは気合を入れることはできなかった。






 九条さんの車に揺られて目的地を目指す。今までの中で一番長いドライブかもしれなかった。高速に乗り、途中サービスエリアで食事をとりポッキーを買って旅を続けた。

 これが例えば旅行とか、遊びに行ってるとかだったら。素敵なデートになるだろうに、残念なことに目的は心霊スポットであるトンネルだなんて。あんまりだ、と私は心で嘆く。

 九条さんと二人でいるのも、特に会話が弾むような私たちではないのでほとんど沈黙を流している。ずっと運転してくれている彼に何か眠気覚ましに笑える話でも、と思っても、基本コミュ障なのでそんな話題なかった。

 時々思い出したようにどうでもいい話を少し。さっきのサービスエリアに売ってたソフトクリームが美味しそうだったとか、そんな程度。

 そんなドライブをなんとか乗り越え、私たちはようやく目的地に到着した。話に聞いていた通り、田舎道を進み続け、車通りもほぼないひっそりとしたところにあるトンネルだった。

 時刻はまだ昼過ぎ。十分明るいので安心していたが、現場についた途端寒気を感じた。

 明るいはずなのに暗い。そんなよくわからない表現がふさわしい場所だった。

 車を適当に道の端に駐車し、私たちは車を降りた。ふわりと吹いた風が腕をかすり、今が夏だと言うことを忘れてしまいそうな冷たさをどこからか感じる。

「ここがモデルになって作られた映画だったんですね。私は見てませんが、光さん見ましたか」

「映画館なんてもう何年も行ってません……」

「私もです」

「行く友達もいません……」

「では今度一緒に行きましょうか。さて近くまで寄ってみましょう」

「!? は、はい」

 なんかサラリとすごいことを言われた気がするけど、今はそれどころじゃなかった。社交辞令なんて気にかけている場合じゃない。

 スタスタと歩き出した九条さんに続く。なるべく距離ができないように、いつもより増して彼に近づいた。こんなところ、一体何が起こるかわからない。

 背後からぶわっと風が吹いてトンネルに吸い込まれていった。低い悲鳴のような音がわずかに響く。じめっとした湿気を感じた。

 入り口のすぐ手前まで進み、九条さんが一旦足を止める。彼は普段とまるで表情を変えずにしげしげとトンネルを眺める。

「さて……今のところ私は何も見えないんですが、光さんはどうですか」

「嫌な感じはしますけど、みえたりはないですね」

「ふむ……歩いて進むと途中何かあった時逃げるのに困るので、中は車で進みましょうか」

「な、何かあった時ってなんですか!!」

「さあ、何があるかわかりませんから」

 サラッと言ってくれるその綺麗な横顔を半泣きで見上げた。なんでこの人こんな場所に来てもこんな顔なの、表情筋死にすぎだよ。
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