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聞こえない声

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 しばらく呆然と目の前の霊を見つめていた私は、震える体を必死に抑えていた。

 これまで生きてきて多くの霊を目の当たりにしてきた。霊は人それぞれで、生きてる人と何ら変わりない姿だったり、一目で死んでいるとわかるものだったりとさまざまだ。

 それでも首のない霊は実は初めてお目にかかるのである。

 首を吊ったのであろう霊なら見たことはある。異様に首が伸びているとかロープが巻き付いているだとか、変な方向に首が曲がっているだとか。でも首全てが消失しているだなんて。

「あなたは何のためにここへいらっしゃったのですか」

 ただ驚いて停止していた私と違い、九条さんは冷静にそう声を出して尋ねた。そう、彼の特技は霊と会話をすること。会話が成立すれば相手の思い残したことを知ることができ、浄霊に大きく近づけるというわけだ。

 私はあまり霊の声が聞こえるタイプではないので、ただじっと黙ってその光景を見ていた。首なし霊はただ立っているだけで、なんせ顔もわからないので感情も表情も推測できない。

 ただ……非常に悲しい気だけは感じるのだが。

「教えてください、あなたがこの世に留まる理由を。できれば我々もあなたが眠ることに協力したい。どうか教えてくださいませんか」

 九条さんはゆっくり、丁寧に尋ねた。私はドキドキしながら二人を見比べる。足元にいるポメラニアンも私を真似するように二人を交互に見た。癒されている場合じゃない。

 しばらく沈黙が流れた。いや、私にとっては沈黙でも、九条さんには何か聞こえているのかもしれない。気まずいほどの無言をなんとか耐え抜く。

 そして長い静寂のあと、首なしが足元からすうっと消えていくのがわかった。あ、っと思った時、隣にいた九条さんが少し慌てたように声をあげた。

「待ってください、あなた」

 彼の問いかけに、彼女はなんと答えたのだろうか。紺色のワンピースの裾を靡かせながら、そのまま綺麗に消失してしまった。

 ちらりと下にいる犬を見てみる。ポメラニアンは私たちを可愛らしい表情で見上げた後、その場でぐるぐると何回か回転した。そしてこの子もまた、そのまま綺麗に消失してしまったのである。

 二体の消えてしまった霊に呆然とした。小型犬と、そして首がない霊だなんて。すごい組み合わせを見たものだ、と少し感心してしまった。

 今回恐怖心よりそれが大きかった。それに、首なしも見た目はかなりのインパクトだが、あの霊自体に悪意は感じないというか。どちらかといえば、悲しい気で満ちているのがわかった。

「九条さん、なんて言ってました?」

 私は横を向いて彼に問いかける。彼は腕を組んだままじっと考え込んでいる。

「流石の九条さんも犬の言葉は分かりませんからポメラニアンは無理でしたかね」

「ええ、犬どころか首のない人の声すら分かりません」

「やっぱり犬……え? 首なしの方もですか?」

 私は驚いて目を丸くした。九条さんは困ったように一つ息を吐く。

「私の問いかけにうんともすんとも返事を返してくれませんでした」

「ええ、め、珍しいですね……?」

 今まで霊が目の前にさえ現れてくれれば、大概九条さんは何かしら会話できた。相手が何を言ってるか分からないとかそういうことも多かったが、全く声が聞こえないということは初めてだと思う。

 彼は頭を掻いていう。

「まあ、霊とも相性がありますから。視える、視えないもそうですが」

「あ、そうか……」

「ですがもしかしたら今回の場合。言葉を出す『口が存在しなかった』というのも原因の一つかもしれません」

「あ……!」

 私は頷いた。そうか、首がないんだ、口だってない。だから相手は声を出すことができなかったんだろうか? 納得と同時に少し疑問も感じ首を傾げる。

「霊も口を使って喋るんですか? こう、心の声って感じかと思ってましたけど。そうなるとあの人目も見えないし耳も聞こえないってことになりません?」

「さあ、霊がどのように声を発しているかなんて気にしたことありませんでしたからよくわかりません。霊にも個性ありますし。他に原因があるかもしれませんが、こればかりは憶測でしかなくなります。今はっきりしていることは、今回私は霊の声を聞けない。それだけです」

 キッパリ言い放った九条さんの言葉に不安を覚えた。九条さんの会話できる能力はいつも調査の解決に大きく役立っている。それができないとなれば、一体どう彼女の目的を知ればいいんだろう。

 困っている時そばにある扉が遠慮がちに開かれた。そちらへ目を向けると、菊池さんが恐る恐るこちらに顔を出してきた。

「あの……? 何かありました?」

「菊池さん!」

「すみません、お二人の声は聞こえてしまったので……」

 狭いアパートで薄い扉一枚離れているだけじゃあ、そりゃ会話ぐらい聞こえてしまうか。九条さんがゆっくり立ち上がる。そしてポケットに手を入れたまま菊池さんに向き直った。

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