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聞こえない声

突然の来客が来るとクローゼットの中は山となる

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 しばらく時間が経った後、私たちは菊池さんのアパートへ向かった。九条さんはいつもとなんら変わりないテンションで運転していた。

 私も特に何も言うでもなく、普段通り時々言葉を交わしながら進むこと約二十分。目的のアパートが見えてきた。

 特になんの変哲もないアパートだ。新しそうなところで、白と茶色の作りがお洒落だった。駐車場や干してある洗濯物を見る限り他にも住民はいるようだ。まるで霊が出そうな感じはない。

 私たちは車から降りると、綺麗なアパートを見上げた。

「綺麗なところですね、新しそう。可愛いデザインだしいいなあ」

「今のところ変な感じはしませんね。まあ部屋を見てみないとなんともいえませんが。とりあえず見るだけ見て、許可が出たら撮影しましょう」

 九条さんはさっさと歩き出す。私もそれに続いた。

 二階建てのアパートの階段を登っていく。階段も掃除が行き届いていて、物件としては好感しかなかった。今自分が住んでいる場所は何も不満はないが、こういうところも住んでみたいなあ、と思う。

 教えてもらっていた部屋番号までたどり着き、九条さんがすぐにインターホンを鳴らした。すぐに中からバタバタという足音が聞こえてきて、玄関の扉が勢いよく開かれた。

「はい!」

 菊池さんが顔を出す。やけに慌てているようだ、部屋の片付けでも急いでいたんだろうか。

「早速ですが中へ入ってよろしいですか」

「え、ええ。どうぞ」

 菊池さんに許可を得て中へ足を踏み入れる。そこはスッキリした玄関で、さらにはアロマのようないい香りがした。

 短い廊下の途中にトイレやお風呂への扉。やはり内装も新しくお洒落だ。焦げ茶色をしたドアは綺麗でモダンな感じがする。

 九条さんが部屋へ足を踏み入れ私も続くと、中はスッキリした部屋で驚いた。偏見かもしれないが、男性の一人暮らしは生活感に溢れ、やや散らかっているぐらいの印象だったのだ。

 置かれたガラステーブルは指紋や埃もなく綺麗。小さなソファにこまめに洗濯されていそうなシーツのベッド。物も少なく、もしかしたら私の部屋より綺麗かもとすら思った。

 感心しているところに、九条さんは何も言わず当たりを見回す。おっと、いけない仕事をしなくてはと思い出し、私も同じように観察した。そんな嫌な感じは……

 ピリ、っと肌に痛みが刺した。

 それは静電気ほどでもなく、例えるなら痺れのようなものだ。わずかだがそんな痛みを覚えて、私はつい自分の腕を見た。

……なんだろう。なんか、悲しい気を感じる……。

 ものすごく強いわけではないけれど、それでもどこかから流れてくる悲しみのオーラ。九条さんも何か感じているのか、険しい顔をしてじっくり部屋を見渡している。

「菊池さん。申し訳ありませんが、クローゼットの中などもよろしいですか」

「え!? な。中ですか……は、はい」

 焦ったように言った菊池さんを特に気にもとめず九条さんは躊躇いなくそこを開けた。両開きの大きなクローゼットだったのだが、沢山洋服がかかっている下の方は、バスタオルやTシャツなどが山になってぎゅうぎゅうに詰められていた。ついそちらに目を奪われると、隣で菊池さんが恥ずかしそうに手で顔を覆う。

「す、すみません……急いで片付けたもので……こんなすぐに来てくださるとは思ってなくて」

 そう言った彼の耳はやや赤くなっていた。それを見てつい微笑んだ。なんだ、人間らしいな。むしろ好感度が上がってしまう。

「いえ、とっても綺麗なお部屋ですよ、清潔感がありますから。私の部屋より綺麗かもしれません」

「ふぉ、フォローありがとうございます」

 困ったようにして笑う菊池さんに微笑み返しながら、私もじっと中身を眺めてみた。だが、別に何かがいる様子は見られない。

「光さん、洗面室の方も」

「はい」

 一旦部屋を出てお風呂場へと向かう。よくあるタイプの風呂場で、そこにも不穏なものは何も見つけられなかった。

 私たちは再びリビングへ戻り、九条さんが菊池さんに言った。

「今のところ正体はわかりません」

「え」

「まあ、こういうパターンは非常に多いです。あちらも警戒しますからね。こういった霊たちは高機能なカメラに映ることも多いので、よろしければ部屋の撮影をしてもよろしいでしょうか。可能なら、お仕事の間も」

「は、はあ、それは構いませんが。あの、僕が夜寝ている間九条さんと黒島さんがずっと同じ部屋で観察する、ということですよね? なんていうかその、気まずい、んですが」

 言いにくそうに菊池さんが言った。それに関しては、私も同意せざるを得なかった。

 今までも就寝中の依頼者を観察していたことはあった。でも別室で画面越しにだったりがほとんどで、こんなワンルームで寝ている人の隣で一晩明かすなんてことは今までなかったのだ。

 そりゃ気まずい。寝にくいだろう。他人が声を潜めて同じ部屋にいるなんて。

 九条さんが頭をかいた。

「まあ、そうなりますね。もし何か出てきた時すぐに対応できるので。ですが菊池さんのいう気持ちも分かります。でしたら私と光さんは車で夜の映像を見守る形にしましょうか。何かあればすぐに駆けつけられますし」

 九条さんの提案に、菊池さんは口をつぐんだ。とうとう車の中で夜を過ごすようになってしまうのかとげんなりしたが、それが一番よい方法に思えた。
 
 考え込むように菊池さんが黙る。そしてチラリ、と私の方を見たかと思うと、小さく首を振った。

「いえ、やっぱり車の中で過ごすのはあまりに大変かと」

「では、我々は廊下で待機ということでどうですか。気が散るでしょうが、菊池さんがよければ」

「まあ、同室よりよっぽどいいと思います。それでお願いします」
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