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オフィスに潜む狂気

答え

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 いつものように忙しそうに動き回る営業部の扉を開けた。

 何人かの社員がこちらに気づき会釈してくれる。花田さんも立ち上がり、私たちの元へと近づいてきた。

 一番前で座っている長谷川さんはふんぞり返りながら電話をしつつ、私たちを見て嫌そうな顔をした。

 花田さんは暗い表情で言う。

「みなさんお疲れ様です。何かありましたでしょうか」

 その言葉に、私たちは頷いた。九条さんが言う。

「ええ。事件は解決しました」

「え! そ、それはつまり、のぞみさんの霊がもういなくなったと?」

「そう考えていいと思います」

 花田さんはほっとしたように表情を緩めた。だが、私たちの暗い雰囲気を悟りすぐに口元を引き締める。心配そうに尋ねてきた。

「あの、何かありましたか……」

「ええ。花田さん、調査の最終報告をしたいのですが、あなたと……もう一人聞いてほしい人が」

「え? もう一人って」

「長谷川さんに」

 九条さんが言った途端、花田さんは驚いた顔をした。それでも、意思が固い私たちの様子を見てすぐに頷く。やや不安げに、でもしっかりと。

「分かりました……依頼をしたのは僕です。最後までしっかり見届けます」

 そういうと花田さんはくるりと踵を返し、長谷川さんのデスクに向かってどんどん歩きだした。私たちはその背中を追うように続く。仕事をしている人たちもなんだなんだと不思議そうに私たちを見ていた。

 電話が終わった長谷川さんはこちらに気づいていた。どこか面白いものを見るような表情でこちらを見ている。それはショーを楽しみに待つ観客のようだった。

 その顔を見た瞬間、一瞬眩暈を覚えた。のぞみさんに入られた時の長谷川さんに対する恐怖心が抜けきれていない。体が重くて息苦しくなったあの感覚が蘇ってくる。

 自分を落ち着けるようにしっかり深呼吸した。私は私だ、長谷川さんにビビっている場合ではない。

 私たちは長谷川さんの前に並ぶ。花田さんが緊張した声色で言った。

「部長、すみません。九条さんたちが、全ての調査を終え報告したいとのことで。一緒に聞いてくださいませんか」

 時間の無駄、とか言い出すかとも思ったが、長谷川さんは素直に頷いた。恐らく私たちがどんな嘘を並べるのかみものだ、とも思っているんだろう。

 ニヤニヤしながら彼女は言う。

「へえ、どんなお話が聞けるのかしら? 私が納得できるような報告をしてくれるはずよねえ?」

 隣に立つ九条さんは一瞬目を細める。しかしすぐに、いつものトーンで淡々と話し始めた。

「ええ、全て解決しました。ここに出没していた霊が何者なのか、なぜここにいたのか。原因はなんなのか」

「いいわよ。面白そう、はいどーぞ」

「ここにずっととどまり長谷川さんに危害を及ぼそうとしていた霊は小島のぞみさんです」

 ピタリ、と長谷川さんの表情が止まった。きっと思ってもみない名前だったんだろう。小声で呟いた。

「小島、のぞみ……?」

「ご存知のはずですよ。ここで働き、あなたに毎日役立たずと罵倒されていた人ですから」

 それまでキーボードを叩く音や話し合う声が響いていたのに、営業部中が静まり返った。背中に多くの視線を感じる。

 長谷川さんは何も答えなかった。伊藤さんが引き継ぐように説明する。

「ここを退職した一ヶ月後、のぞみさんは電車に飛び降り自殺しています。ご存知ないですね?」

「……へえ、死んだの、あの子……」

 長谷川さんは小声で呟いた。しかしその後すぐ、思い出したように言う。

「でもここにいたのは男の霊じゃなかったの?」

 九条さんはまた答える。

「ここにいた霊は二体です。我々も目撃証言が中年男性ばかりだったので、二体いたことになかなか気がつけませんでした。
 もう一人は小島拓郎さん。のぞみさんのお父様です」

「親子?」

 長谷川さんが目を丸くする。

「親子揃ってここにいたってこと?」

「その通りです。のぞみさんが亡くなった後、お父様も後を追うように自殺されているので。
 のぞみさんは長谷川さんに危害を加えようと必死になっていました。拓郎さんはその行為をなんとか止めたくてここにとどまっていたのです」

「さっきも言ってたけど、私に危害って? 蛍光管とか、怪我のこと?」

「そうです。初めに怪我した斉木さんたちは狙われたわけではなく、霊を目撃した際驚いてたまたま怪我をしてしまっただけ。本当の狙いはあなただけですよ、長谷川さん」

 九条さんが鋭い視線で長谷川さんを見た。それは『理由はご存知ですよね』と訴えているようだった。

 そう、あれだけ日常的にのぞみさんを追い込み、最後は退職後だというのに電話で罵倒した。それがのぞみさんの死ぬきっかけでもあるのだ。長谷川さんが恨まれても仕方がないと思う。

 しかし彼女はさらに目を丸くさせた。

「ええ? なんで私なのよ」

 その言葉に、信じられない気持ちでいっぱいになった。

 ここで察して欲しかった。やりすぎだったのかもって。恨まれるくらい厳しくしてたのかって、反省してほしかった。

 私は拳を強く握る。この人は全然自覚がないんだ……のぞみさんを追い詰めた自覚が。

 一つため息をついてから九条さんが続けた。その声はやや怒りがこもっているようだった。

「のぞみさんが自殺したのはあなたのせいですよ、長谷川さん」

 その言葉を聞いて彼女は表情を厳しくした。そしてじろりと私たちを睨みつける。

「はあ?」

「のぞみさんの自殺の原因はあなただと言ったんです」

「遺書にそう書いてあったの?」

「残念ながら遺書は残されていません」

 長谷川さんは大きく笑った。そして再び私たちを睨んで言った。

「面白いこと言うわね、根拠もないのに私を人殺し呼ばわりすんの? ほんと恐ろしい人たちね!」

「日常的にのぞみさんに辛く当たっていたのでは」

「当然でしょ、あの子全然仕事できないんだもの、上司の私が指導すんのが筋ってもんでしょうが!」

「そうですか。ではそれはよしとします。よくありませんが。
 では、退職して一ヶ月も経ったのに彼女に罵倒する電話をかけたのはどう説明しますか」


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