164 / 449
オフィスに潜む狂気
答え
しおりを挟むいつものように忙しそうに動き回る営業部の扉を開けた。
何人かの社員がこちらに気づき会釈してくれる。花田さんも立ち上がり、私たちの元へと近づいてきた。
一番前で座っている長谷川さんはふんぞり返りながら電話をしつつ、私たちを見て嫌そうな顔をした。
花田さんは暗い表情で言う。
「みなさんお疲れ様です。何かありましたでしょうか」
その言葉に、私たちは頷いた。九条さんが言う。
「ええ。事件は解決しました」
「え! そ、それはつまり、のぞみさんの霊がもういなくなったと?」
「そう考えていいと思います」
花田さんはほっとしたように表情を緩めた。だが、私たちの暗い雰囲気を悟りすぐに口元を引き締める。心配そうに尋ねてきた。
「あの、何かありましたか……」
「ええ。花田さん、調査の最終報告をしたいのですが、あなたと……もう一人聞いてほしい人が」
「え? もう一人って」
「長谷川さんに」
九条さんが言った途端、花田さんは驚いた顔をした。それでも、意思が固い私たちの様子を見てすぐに頷く。やや不安げに、でもしっかりと。
「分かりました……依頼をしたのは僕です。最後までしっかり見届けます」
そういうと花田さんはくるりと踵を返し、長谷川さんのデスクに向かってどんどん歩きだした。私たちはその背中を追うように続く。仕事をしている人たちもなんだなんだと不思議そうに私たちを見ていた。
電話が終わった長谷川さんはこちらに気づいていた。どこか面白いものを見るような表情でこちらを見ている。それはショーを楽しみに待つ観客のようだった。
その顔を見た瞬間、一瞬眩暈を覚えた。のぞみさんに入られた時の長谷川さんに対する恐怖心が抜けきれていない。体が重くて息苦しくなったあの感覚が蘇ってくる。
自分を落ち着けるようにしっかり深呼吸した。私は私だ、長谷川さんにビビっている場合ではない。
私たちは長谷川さんの前に並ぶ。花田さんが緊張した声色で言った。
「部長、すみません。九条さんたちが、全ての調査を終え報告したいとのことで。一緒に聞いてくださいませんか」
時間の無駄、とか言い出すかとも思ったが、長谷川さんは素直に頷いた。恐らく私たちがどんな嘘を並べるのかみものだ、とも思っているんだろう。
ニヤニヤしながら彼女は言う。
「へえ、どんなお話が聞けるのかしら? 私が納得できるような報告をしてくれるはずよねえ?」
隣に立つ九条さんは一瞬目を細める。しかしすぐに、いつものトーンで淡々と話し始めた。
「ええ、全て解決しました。ここに出没していた霊が何者なのか、なぜここにいたのか。原因はなんなのか」
「いいわよ。面白そう、はいどーぞ」
「ここにずっととどまり長谷川さんに危害を及ぼそうとしていた霊は小島のぞみさんです」
ピタリ、と長谷川さんの表情が止まった。きっと思ってもみない名前だったんだろう。小声で呟いた。
「小島、のぞみ……?」
「ご存知のはずですよ。ここで働き、あなたに毎日役立たずと罵倒されていた人ですから」
それまでキーボードを叩く音や話し合う声が響いていたのに、営業部中が静まり返った。背中に多くの視線を感じる。
長谷川さんは何も答えなかった。伊藤さんが引き継ぐように説明する。
「ここを退職した一ヶ月後、のぞみさんは電車に飛び降り自殺しています。ご存知ないですね?」
「……へえ、死んだの、あの子……」
長谷川さんは小声で呟いた。しかしその後すぐ、思い出したように言う。
「でもここにいたのは男の霊じゃなかったの?」
九条さんはまた答える。
「ここにいた霊は二体です。我々も目撃証言が中年男性ばかりだったので、二体いたことになかなか気がつけませんでした。
もう一人は小島拓郎さん。のぞみさんのお父様です」
「親子?」
長谷川さんが目を丸くする。
「親子揃ってここにいたってこと?」
「その通りです。のぞみさんが亡くなった後、お父様も後を追うように自殺されているので。
のぞみさんは長谷川さんに危害を加えようと必死になっていました。拓郎さんはその行為をなんとか止めたくてここにとどまっていたのです」
「さっきも言ってたけど、私に危害って? 蛍光管とか、怪我のこと?」
「そうです。初めに怪我した斉木さんたちは狙われたわけではなく、霊を目撃した際驚いてたまたま怪我をしてしまっただけ。本当の狙いはあなただけですよ、長谷川さん」
九条さんが鋭い視線で長谷川さんを見た。それは『理由はご存知ですよね』と訴えているようだった。
そう、あれだけ日常的にのぞみさんを追い込み、最後は退職後だというのに電話で罵倒した。それがのぞみさんの死ぬきっかけでもあるのだ。長谷川さんが恨まれても仕方がないと思う。
しかし彼女はさらに目を丸くさせた。
「ええ? なんで私なのよ」
その言葉に、信じられない気持ちでいっぱいになった。
ここで察して欲しかった。やりすぎだったのかもって。恨まれるくらい厳しくしてたのかって、反省してほしかった。
私は拳を強く握る。この人は全然自覚がないんだ……のぞみさんを追い詰めた自覚が。
一つため息をついてから九条さんが続けた。その声はやや怒りがこもっているようだった。
「のぞみさんが自殺したのはあなたのせいですよ、長谷川さん」
その言葉を聞いて彼女は表情を厳しくした。そしてじろりと私たちを睨みつける。
「はあ?」
「のぞみさんの自殺の原因はあなただと言ったんです」
「遺書にそう書いてあったの?」
「残念ながら遺書は残されていません」
長谷川さんは大きく笑った。そして再び私たちを睨んで言った。
「面白いこと言うわね、根拠もないのに私を人殺し呼ばわりすんの? ほんと恐ろしい人たちね!」
「日常的にのぞみさんに辛く当たっていたのでは」
「当然でしょ、あの子全然仕事できないんだもの、上司の私が指導すんのが筋ってもんでしょうが!」
「そうですか。ではそれはよしとします。よくありませんが。
では、退職して一ヶ月も経ったのに彼女に罵倒する電話をかけたのはどう説明しますか」
37
お気に入りに追加
537
あなたにおすすめの小説
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
みえる彼らと浄化係
橘しづき
ホラー
井上遥は、勤めていた会社が倒産し、現在失職中。生まれつき幸運体質だったので、人生で初めて躓いている。
そんな遥の隣の部屋には男性が住んでいるようだが、ある日見かけた彼を、真っ黒なモヤが包んでいるのに気がついた。遥は幸運体質だけではなく、不思議なものを見る力もあったのだ。
驚き見て見ぬふりをしてしまった遥だが、後日、お隣さんが友人に抱えられ帰宅するのを発見し、ついに声をかけてしまう。
そこで「手を握って欲しい」とわけのわからないお願いをされて…?
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。