視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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オフィスに潜む狂気

ついに発見

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 そのまま朝を迎えた。机に突っ伏して眠ってしまった私は目を覚ました時、とりあえず慌ててヨダレを拭き取った。

 顔を上げると、未だパソコンを見ている伊藤さんとそれを離れたところから見守る九条さんがいた。二人とも夜通し起きていたらしい。

 私は急いで姿勢を正した。

「あ、おはよ光ちゃん」

「お、おはようございます。すみません私だけ寝ちゃって」

「ううん、お疲れだからね」

 いつも寝てばかりの九条さんはまるで眠そうな気配もなく座っていた。普段との落差が激しすぎる。私はとりあえず髪を手櫛で整えた。

 九条さんが口を開く。

「営業部の方々も多くの人が泊まり込みになったようです。あれ以降静かでしたがね」

「そうですか……」

 徹夜で仕事をせねばならないだなんて、大手はさすが違うと思った。なくなった資料とやらのフォローがうまくできているといいのだが。

 一旦起きて顔でも洗いに行こうかと思った時だ。すぐそばの伊藤さんが突然声を上げた。まるで眠っていないはずの彼は疲れた表情ひとつなく普段通りの可愛らしい顔だった。

「きた!!」

「きゃっ。ど、どうしました?」

 大きめの声に驚いて反応する。九条さんもこちらに注目した。伊藤さんは口角を上げてキーボードをやや強めに叩いた。

「きましたきました……腹部を刺して自害した中年男性……光ちゃん、この人!?」

 パソコンをくるりとかえされて差し出された。突然のことに驚きつつも、それに視線を下ろす。そこには一枚の画像があった。

 優しく笑っている男性は、紛れもなく何度も見かけたあの人だった。

 私は一瞬息をのむ。

「どう? 違う?」

「こ、こ、この人です!! 間違いないです、この人ですよ!」

「やったね!」

 嬉しそうに笑う彼に、とにかく感嘆のため息を漏らした。まさか本当に調べあげちゃうなんて。どうやったんだろう、伊藤さん。

 九条さんが視線を鋭くして尋ねた。

「さすがです伊藤さん。それで、その人は誰だったんですか」

 そう尋ねられた伊藤さんは、すぐに笑顔を消した。再びパソコンを操作しながらやや小さめの声で、あの男性の名前を告げた。

「この人は小島拓郎さん」

 小島さん。そう心の中で呟いた後、伊藤さんが話した内容が耳に入ってきて息をのんだ。

 彼は淡々と小島拓郎さんについて説明する。私と、そして九条さんはゆっくりと顔を見合わせた。きっと九条さんも同じことを考えたんだろう。

 そうか、そうだ。私が思っていた違和感はこれだ。むしろなぜすぐに気づかなかったんだろう。あまりに自分が愚かだと思った。ようやく引っかかっていたものがスルリと外れ、バラバラだった不思議な点が繋がったように思えた。

 九条さんはゆっくりと眉を顰める。

「思い込みはよくありませんね」








 目の下にうっすらクマを作った花田さんは、髪の毛に少し寝癖をつけたまま目を見開いた。

「小島のぞみさん、ですか?」

 私たち三人は頷く。花田さんは不思議そうにこちらを見ながら頷いた。

「勿論知ってますよ。ええと、二ヶ月くらい前に辞めた若い女の子でした。可愛らしい小柄な女の子でしたよ」

 九条さんがたずねる。

「退職した原因は」

「え、ええと……彼女どちらかといえばおっとりタイプで。真面目でいい子なんですけど、やっぱり長谷川さんが来た後のうちじゃ合わなかったみたいで。
 正直、長谷川さんもかなり小島さんには辛くあたってました。周りもフォローはしてましたけど、多分それが辛かったんじゃないかな、と」

 花田さんは悔しそうにそう言った。やはり、と私は心の中で思う。誰にでも当たりが強い長谷川さんが特に厳しくしたとなれば、想像するだけで嫌な気持ちになるほど辛い。

「でも、小島さんが何か?」

「小島のぞみさんが退職後自殺されたのはご存知でしたか」

 ストレートに言い放った九条さんの言葉を聞いて、花田さんは停止した。驚いたように目を丸くする。

「…………え、じ、さつ?」

 そばで聞いていた伊藤さんが引き継いで説明した。

「退職した一週間後、小島のぞみさんは電車に飛び降り自殺しています」

「嘘だ、ぜ、全然知らなかった……!」

 口を手で覆って花田さんは小さく首を振る。これも想定内の答えだった。おそらく彼女が自殺したということを、職場のみんなは知らないだろうと思っていたのだ。

 九条さんはさらに続けた。

「そしてもうひとつ付け加えるならば。
 
 彼女の唯一の家族である父親も後を追うように自殺しています」

 そう話した瞬間、花田さんはこちらの言いたいことがわかったのだろう。言葉を発するわけでもなく、ただ停止した。私たちはそれ以上何も言わず黙り込んだ。

 そう、私たちが見た中年男性は、のぞみさんのお父さんである拓郎さんだった。伊藤さんが必死に調べても中々出てこなかったはずだ、営業部にも長谷川さんにも直接は関係していないのだから。霊が中年男性ということで、伊藤さんも若い女性だったのぞみさんを調べるのを後回しにしていたのだ。

 少しして花田さんが声を絞り出す。それは僅かに震えていた。

「え、のぞみさんのお父さんがここにいる霊ということですか?」

「それは間違いありません。光さんが目撃しているので。なんなら顔を見た楠瀬さんに確認してもらってもいいでしょう」

「い、いえ疑っているわけではないのですが……なぜ? その、もしかしてのぞみさんの自殺の原因はこの職場なんでしょうか? そこまで彼女は追い詰められていた?」

 混乱するように頭を抱えた。九条さんは腕を組んで考える。

「おそらくですが、自殺した理由はやはり長谷川さんかと思います」

「じゃあ、のぞみさんのお父さんは部長を恨んでここにいるんですか! 昨晩の出来事も彼の仕業で……」

「いいえ、拓郎さんは長谷川さんを攻撃するためにここにいるわけではないです。
 攻撃しようとしているのぞみさんを止めたくてここにいるのですよ」

 花田さんはまたしても言葉を失った。


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