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オフィスに潜む狂気

意外と不器用

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 すぐに口を開いたのは伊藤さんだった。スマホの中の写真を見ながらいう。

「とりあえず何枚か写真も撮ったし現物も観察したけど、細工というのはわからなかったですね……蛍光管が落下してくるなんて確かにそうそうないと思いますが」

 九条さんが答える。

「ええ、人為的なものではないでしょう。先ほどあの人々の中に霊がいましたから……あの男性でしたか、光さん?」

「あ、はい。間違いないです。やっぱりあの男の人がこちらをみていました」

 九条さんは考え込むように腕を組み唸った。

「昨日階段から落ちて怪我をした、今日自動販売機で不可解な体験をしている、その上蛍光管が落ちたとなると……スムーズに考えれば霊の目的は長谷川さんではないかと思うのですが」

 確かに、あまりに偶然が重なっている気がした。だがしっくりこないこともある。伊藤さんがそれを口に出した。

「長谷川さんが恨まれているとかは別に不思議じゃないですけど、じゃあ今まで怪我した斉木さんや楠瀬さんはどういうことなんでしょう?」

「そこですね……」

「無差別に狙っていって、今のターゲットがたまたま長谷川さんってことですかね? でも長谷川さんだけやる方法がしつこいというか」

 そう、元々は斉木さんや楠瀬さんたちという被害者が別にいるのだ。男の霊を目撃しているし、あの二人も霊によるものだと思う。どうも疑問は残る。

 そして。私は個人的な印象で一つ疑問を抱いていた。

 初めてあの男の人を見た時も、入られて腹部を自分で刺す時も、今姿を見た時も。

 どれも……

「あの男の人、さっき見たとき、そんな悪いものには見えなかったんですけど……」

 ポツンとつぶやいた。同意したのは九条さんだ。

「確かに、悪しきものというオーラは感じませんね」

「でもトイレで会った時や自販機の時はすごい恨みを感じたんです。何かきっかけやタイミングがあるんでしょうか?」

 私は考えながら九条さんに尋ねた。

 そう。彼は悲しみに暮れている時と怒りに満ちている時がある。果たしてその感情が変わるタイミングはいつなのか。それが分かれば少し進める気がするのに……。

 黙って聞いていた伊藤さんが突然椅子に座り込んだ。そしてパソコンを再びいじりはじめる。その姿は今までより熱気が感じるような気がした。

 真剣な瞳で画面にかじりつきながらいう。

「僕はみえないし感じれないから。できることを頑張ります、腹部を刺して自殺した人を引き続きおいます。やっぱり長谷川さんに関わりのあった人間に絞りましょう」

 普段よりやや低い声でいう彼に、私たちは黙って頷いた。ここはやっぱり伊藤さんの調べ物の力は大きい。彼の腕に任せよう。

 先ほどあんなことがあったのでそのまま帰るわけにもいかず、九条さんとともに椅子に座り込んだ。伊藤さんと違い座ったままではできることが少ないので手持ちぶさたなのだが仕方ない。黙って隣でパソコンを操作する少し骨張った腕を見ていた。

 せめて伊藤さんに飲み物でも、(さっきの自販機以外で)と思い立ち上がろうとした時、パソコンから目を逸らさずに伊藤さんが口をひらいた。

「光ちゃん」

「あ、はい? 何かお手伝いできることありますか?」

 見れば九条さんは座ったまま考え事をしているのか、意識が飛んだようにどこかをじっと見つめている。そんな彼は無視して伊藤さんの方を向く。

「あ、ううん大丈夫なんだけど」

「では飲み物を。何がいいですか?」

「ううん今はいいよ。それよりちょっと謝りたくて」

 まさか神に謝られる時が来るとは思ってもおらず、私はつい伊藤さんを二度見した。まるで心当たりがなく首を傾げる。

「へ、へ?? 何をですか?」

「僕って何も見えないし感じないじゃない。現場もほとんど入らないしさ。
 でも今日事務所で初めて光ちゃんが入られたところ見て。すごく苦しそうで悲しそうだった。なんか、思っていた以上だったから。特に軽視してたわけじゃないけど、ようやく分かった気がしたんだよね。もしかして今までに無神経なこと言ったりしてたかも。ごめんねって言いたくて」

 やや悲しそうな声色でそう言った彼を、私はマヌケにも口を開いたまま見つめてしまった。

 いや、だって。待って。伊藤さん、そんなことを気にしてくれていたの?

 だって彼は見えないけど、いつだって私と九条さんを気にかけてくれてたし。無神経どころか気遣いだらけで感謝すべき存在なのだ。そもそも、自分は見えないのに私たちの力を信じてくれていることだけでだいぶ救われているというのに。

……もしかして、珍しく今日強引に現場に残ったのは、そういう気持ちがあったからだろうか。少しでも現場の様子を感じたいと思って?

 それに気づいた瞬間、私はつい少し笑ってしまった。もう、そんなのずるいよ伊藤さん。

 笑った私を、彼は不思議そうに見てきた。私は笑顔のままいう。

「伊藤さんって、案外不器用なところあるんですね」

「……え」

「気を使いすぎて不器用っていうか。気にしすぎです、謝られることなんて何一つありません」

「不器用って初めて言われた」

「あはは、でしょうね。器用すぎて不器用みたいな。あれ何言ってるんだろ。
 
 私は今まで家族にすら信じてもらえなかったこの力を、すぐに信じて受け入れてくれた伊藤さんに感謝してもしきれませんよ。色々気にかけてくれて、本当に嬉しいんです。気休めじゃなく、本当に伊藤さんは素敵な人だと思います」

 心の底から思っていることを言った。だって嘘偽りなんてひとつもない。

 優しさの塊みたいな人。謝られることなんて何ひとつない。

 黙っていた伊藤さんは、少したって笑った。そのまま再びパソコンを見つめ出す。

「光ちゃんはほんとに面白い子だね」

「今わかったけど、伊藤さんも結構面白いですよ」

「言うね。さすが」

 彼は頬の片方にエクボを浮かべて笑った。

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