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オフィスに潜む狂気
悲鳴
しおりを挟む伊藤さんはパソコンに夢中になり、私と九条さんはオフィスに入れないので特にやれることもなく、時々廊下や資料室などを覗いてみるだけだ。三人でポッキーを摘んでどうでもいい話をしたりした。事務所にいるときのようだ。
これは今日はなんの収穫もないかもしれない。やはりオフィスに入れないのは大きいのかな。時刻は零時を回ってきていた。襲ってきた眠気にうとうとしながら、何とか座っている頃。九条さんが諦めたように言った。
「今日はオフィスに入れませんし、やることにも限界があります。大人しく帰って休息をとったほうがよさそうですね」
時計を見つめる。確かに、このままでは何も収穫なく朝を迎えそうだ。伊藤さんもパソコンを見つめながら言った。
「うーん、そうですねー。まだまだ営業部内は人が多くいますしね。帰る気配なし」
「事務所に一旦戻りましょうか。光さんは自宅に帰りますか」
「いえ、自宅に霊を連れて帰るなんてごめんなので事務所に帰ります」
心安らげる自宅で霊を見てしまっては、本格的に私が休める場所がなくなる。それだけは断じて避けたい。九条さんも納得したように頷き立ち上がる。
「では今日はこれで」
そう言いかけた時だった。
少し離れた場所から何かが割れるような音と悲鳴がわき起こった。反射的に三人で立ち上がる。真っ先に素早く駆け出したのは九条さんだった。次に伊藤さんが続き、私も慌てて二人を追いかける。当然ながら、悲鳴は営業部から聞こえてきたのだ。
閉ざされていた扉を九条さんが開ける。中へ飛び込むと、騒然としたオフィス内があった。みんなが呆然としたように一箇所を見つめている。
私たちは無言でそこへ足を進めた。近づいてみると、床に倒れ込んでいる長谷川さんとそれを心配するように女性社員が蹲み込んでいた。
長谷川さんの近くに、粉々になった蛍光管があった。上を見上げると、ちょうど長谷川さんのデスク上だけ暗く電気が付いていない。
まさか、落下してきた?
震える声で女性社員が長谷川さんに声をかける。
「だい、だいじょうぶですか長谷川さん」
私も急いで彼女のところへ駆け寄る。周りはキラキラと光が反射するガラスたちが散らばっていた。長谷川さんの体を見てみると、足に小さな傷がいくつが出来ているのにきづく。
「長谷川さん?」
声をかけるとようやく顔を上げる。キッと目を釣り上げていた。思ってもみなかった表情に驚きつい差し出していた手を止めてしまった。
彼女は舌打ちをして起き上がる。顔を真っ赤にしていた。服についたガラスの破片を払うようにハンカチで擦ると、怒りの声を上げた。
「誰がやったのよ! こんなの……誰かが細工したんでしょ!」
唾を撒き散らしながら彼女は叫ぶ。周りは誰も何も言わずしんと静まり返っていた。九条さんが口を開く。
「細工とは?」
「だって蛍光管が突然落下するなんてありえる? ありえないでしょーよ! 書類隠すのもこれも誰かの仕業でしょ! 根が腐ってるわ、絶対犯人を突き止めて訴えてやるんだから……!」
伊藤さんは無言で床に無惨に散らばっている蛍光管を観察していた。じっと真剣な眼差しで見つめ、持っていたスマホでいくらか写真を撮る。長谷川さんは怒りで全身を震わせていた。
確かに、普通に生活していて突然蛍光灯が落下するだなんて考えにくい。細工されたと考えてしまう長谷川さんの気持ちも少しはわかるが、それでも仲間を疑うのは悲しすぎる。
私はゆっくり当たりを見回した。社員たちがみんなこちらを見ている。
普通に考えにくいのならば。
私たちが疑うは、怪奇だ。
ふと九条さんがある一点を見つめているのに気がついた。それは怒る長谷川さんではなく、壊れた蛍光管でもなかった。唖然とこちらをみる人々の、さらに後ろだった。
私もそちらへ視線を向ける。
あの人がいた。
一番後ろで人々に紛れるように立っているのはあの中年男性だった。彼はじっとこちらを見つめている。どこか悲しみと絶望にかられたような複雑な表情だった。
九条さんが彼の元へ歩み寄ろうとした瞬間、男はふっと姿を消した。呼び止める暇もなく、彼はいなくなってしまった。九条さんは悔しそうに足を止める。
「あんたたち片付けてよ。早くして仕事の続きをしないと間に合わないかもしれないんだから!」
金切り声が聞こえて振り返る。怒りの絶頂にいる長谷川さんの足元で、女性社員たちが床を掃除し出した。ずっと黙っていた伊藤さんが声をかける。
「長谷川さん、よくこれ避けられましたね。長谷川さんのデスクの真上じゃないですか」
「ほんとよ、直撃してたら死んでたかも! たまたまボールペンを落として拾おうとした時だったのよ。それがなかったかと思うと……ゾッとする! こんな忙しいときじゃなきゃ警察も呼ぶのに、今はそれどころじゃないわ、絶対に失敗できない商談が明日あるんだから!」
責任感が強いと褒めるべきなのかどうなのか、長谷川さんは苛立ったようにそう言った。その言葉を合図にするかのように、黙ってこちらを見ていた人たちもすぐさま仕事へと戻っていった。日付も跨ぐ時間帯だというのに、まだまだ終わりは見えていなさそうだった。
私たちはそこで何かできるはずもなく、掃除をできるだけ手伝った後素直にオフィスを後にした。帰宅ではなく、自然と先ほどまでいた自動販売機の前まで戻る。
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