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オフィスに潜む狂気
そんなコーヒー飲めるわけない
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中を覗き込むがもちろんもう何もいない。彼は立ち上がって私に差し出す。
「私コーヒー飲めないので光さんどうぞ」
「これ飲めるほど神経図太くなりたいものです」
私は首を振って答えた。だって、腕が出てきた自販機の中のコーヒーって。恐らく飲み物たちには何も影響はないのだが、気分の問題である。
九条さんはブラックコーヒーを眺める。
「じゃあ伊藤さんに」
「やめてあげてください」
「結局長谷川さんも持っていかなかったのですから、彼女も先程の摩訶不思議な現象を体感して信じているんですよ。光さんのようにそんなコーヒー飲めないと思ったんでしょう」
「まあ、そうでしょうね……あの腕ガッツリ掴んでましたし。ゾッとする」
身震いがして肩をさすった。九条さんは平然としていう。
「何がみえましたか」
「目です、あと一本の腕。かなり怒りの感情が伝わってきました」
「怒りの感情は私にも伝わりました。悲しみだったり怒りだったり、あの霊も忙しいですね」
九条さんは結局コーヒーを自販機に戻した。私はきっと二度とあの自動販売機は使わないだとうと思う。彼は困ったようにため息をついて考えた。
私は九条さんの言葉を聞きながらぼんやりとさっきの光景を思い出していた。
闇からじっと長谷川さんを睨み上げる二つの目に、力なく出てきた白い腕。体の一部分しか見えていないのに、猛烈な怒りを感じとることができた。すごく怒ってた。あの人が自殺した原因と何か関係あるのだろうか。
(…………あれ?)
私はふと思う。
何だろう、なんかモヤモヤしてるような気がする。喉に魚の骨が引っかかったような違和感。
一体何に……
「果たして何を思い残して彷徨っているのかいまだにさっぱりです。もう一度話してくれるのを待つか、あとは伊藤さんの情報にかけるか」
「お疲れさまです!」
そんな明るい声がして二人で振り返った。廊下の奥から伊藤さんが駆け寄ってきたのだ。私たちは驚いて彼を見る。
「い、伊藤さん!? こんな時間にどうしたんですか」
私は慌てて尋ねる。霊を引き寄せやすい伊藤さんは、基本夜は現場にやってくることはない。お守りを持っていても、だ。どんな危害が及ぶか分からないからだ。伊藤さんはニコニコ顔でいう。
「あ、もうちゃんと新しいお守りももらってきたんだ! たまには僕も現場を見なきゃって。ここで情報収集しようかと思って」
彼の発言にすぐに反応したのは九条さんだ。厳しい声でいう。
「伊藤さん、お守りは確かに強力であることは分かっていますが、それでもあなたの体質は凄まじいものがあります。夜は危険が増しますから、あなたは帰ってください。今回の霊がどれほど攻撃的なのかまだ分かりきってないんですよ」
「大丈夫ですよ。ちゃんとお守り持ってるんですから。これ持ってる時に寄られたことないですし」
伊藤さんは笑ってポケットをポンポンと叩いた。そして持っていたパソコンを机の上に乗せて座り込む。ここで働きます、と宣言しているようだ。さらに続けて伊藤さんは言った。
「ここは僕の元職場だし、たまにはこうして現場にいる九条さんや光ちゃんと話しながら情報を調べてみたいんです。ね? 危ないと思ったらすぐ退散しますし」
やけに意固地な伊藤さんから強い意志を感じた。珍しい気がする、いつもはこんなに現場にこだわることなんてないのに。
九条さんは困ったとばかりに眉をひそめたが、少ししてため息をつきながら答えた。
「まあ、今日は営業部の人達も大変なのであまり調査らしいことはできそうにないのでよしとしましょう」
「はーい。僕も見てきたけどトラブルで大変そうでしたね。あれじゃ中にも入れませんねー。こういう時こそ新しい情報を、っと。でも僕が送った中におじさんの霊はいなかったんだよね?」
伊藤さんに聞かれて頷いた。
「はい、あの中にはいませんでした。それにしても結構な人数が長谷川さんきてからいなくなってるんですね……」
「まあ、長谷川さんだけが原因じゃないだろうけど、中々の人数だよね。営業としてのノルマとかも厳しくなって耐えられず移動した人が多いみたい。でもあれ全員じゃないからね。中年男性をピックアップしたってだけで、他にも女の人とかいるから」
「あ、そっか……」
そう思うとさらにヤバくないか? ううん、あのパワハラじゃなあ。
伊藤さんはパソコンを操作しながら話す。
「でも空振りっぽいね。うーん誰なんだろう、おじさんの幽霊。もうちょっと調べる範囲を広げようか。困ったなー。お腹刺して自殺。結構目立ちそうな情報なんだけどなー」
三人で首をかしげた。この中であの人の顔を見ているのは私一人だ。九条さんはシルエットでしか見えないし。何か特徴とかあればいいんだけどなあ。
思い出してもなんの特徴もない普通のおじさんだった。格好もだし顔立ちもだし。似顔絵……私は絵心が壊滅なんだった。
「私コーヒー飲めないので光さんどうぞ」
「これ飲めるほど神経図太くなりたいものです」
私は首を振って答えた。だって、腕が出てきた自販機の中のコーヒーって。恐らく飲み物たちには何も影響はないのだが、気分の問題である。
九条さんはブラックコーヒーを眺める。
「じゃあ伊藤さんに」
「やめてあげてください」
「結局長谷川さんも持っていかなかったのですから、彼女も先程の摩訶不思議な現象を体感して信じているんですよ。光さんのようにそんなコーヒー飲めないと思ったんでしょう」
「まあ、そうでしょうね……あの腕ガッツリ掴んでましたし。ゾッとする」
身震いがして肩をさすった。九条さんは平然としていう。
「何がみえましたか」
「目です、あと一本の腕。かなり怒りの感情が伝わってきました」
「怒りの感情は私にも伝わりました。悲しみだったり怒りだったり、あの霊も忙しいですね」
九条さんは結局コーヒーを自販機に戻した。私はきっと二度とあの自動販売機は使わないだとうと思う。彼は困ったようにため息をついて考えた。
私は九条さんの言葉を聞きながらぼんやりとさっきの光景を思い出していた。
闇からじっと長谷川さんを睨み上げる二つの目に、力なく出てきた白い腕。体の一部分しか見えていないのに、猛烈な怒りを感じとることができた。すごく怒ってた。あの人が自殺した原因と何か関係あるのだろうか。
(…………あれ?)
私はふと思う。
何だろう、なんかモヤモヤしてるような気がする。喉に魚の骨が引っかかったような違和感。
一体何に……
「果たして何を思い残して彷徨っているのかいまだにさっぱりです。もう一度話してくれるのを待つか、あとは伊藤さんの情報にかけるか」
「お疲れさまです!」
そんな明るい声がして二人で振り返った。廊下の奥から伊藤さんが駆け寄ってきたのだ。私たちは驚いて彼を見る。
「い、伊藤さん!? こんな時間にどうしたんですか」
私は慌てて尋ねる。霊を引き寄せやすい伊藤さんは、基本夜は現場にやってくることはない。お守りを持っていても、だ。どんな危害が及ぶか分からないからだ。伊藤さんはニコニコ顔でいう。
「あ、もうちゃんと新しいお守りももらってきたんだ! たまには僕も現場を見なきゃって。ここで情報収集しようかと思って」
彼の発言にすぐに反応したのは九条さんだ。厳しい声でいう。
「伊藤さん、お守りは確かに強力であることは分かっていますが、それでもあなたの体質は凄まじいものがあります。夜は危険が増しますから、あなたは帰ってください。今回の霊がどれほど攻撃的なのかまだ分かりきってないんですよ」
「大丈夫ですよ。ちゃんとお守り持ってるんですから。これ持ってる時に寄られたことないですし」
伊藤さんは笑ってポケットをポンポンと叩いた。そして持っていたパソコンを机の上に乗せて座り込む。ここで働きます、と宣言しているようだ。さらに続けて伊藤さんは言った。
「ここは僕の元職場だし、たまにはこうして現場にいる九条さんや光ちゃんと話しながら情報を調べてみたいんです。ね? 危ないと思ったらすぐ退散しますし」
やけに意固地な伊藤さんから強い意志を感じた。珍しい気がする、いつもはこんなに現場にこだわることなんてないのに。
九条さんは困ったとばかりに眉をひそめたが、少ししてため息をつきながら答えた。
「まあ、今日は営業部の人達も大変なのであまり調査らしいことはできそうにないのでよしとしましょう」
「はーい。僕も見てきたけどトラブルで大変そうでしたね。あれじゃ中にも入れませんねー。こういう時こそ新しい情報を、っと。でも僕が送った中におじさんの霊はいなかったんだよね?」
伊藤さんに聞かれて頷いた。
「はい、あの中にはいませんでした。それにしても結構な人数が長谷川さんきてからいなくなってるんですね……」
「まあ、長谷川さんだけが原因じゃないだろうけど、中々の人数だよね。営業としてのノルマとかも厳しくなって耐えられず移動した人が多いみたい。でもあれ全員じゃないからね。中年男性をピックアップしたってだけで、他にも女の人とかいるから」
「あ、そっか……」
そう思うとさらにヤバくないか? ううん、あのパワハラじゃなあ。
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